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しばらくすると、アルマの呼吸が整い始めた。
そして小さく、恥ずかしいわと呟きながら目元を拭った。
「謝ることしかできず、申し訳ありません」
「いいえ。もう十分です。私も嘘をついてまで逃げたのですから」
「そこまで追い込んだのは俺です」
「では、お互い様ですね。だって私、先に幸せになってしまいましたから」
そういって、赤くなった目をゆりかごへと向ける。
つられてルディガーもそちらに意識を向けると、小さく寝息が聞こえる。
この状況で眠れるとは、三月にしてなかなかの大物らしい。
視線を感じてその先に目線を動かすと、静かにこちらを見る瞳とぶつかる。
それは慈愛のこもった、母の瞳だった。
「あなたはやっと、愛を知ったのですね」
「え?」
「もう縁も遠い私のことを忘れず、まして謝るためだけにこんなところまで来てくださった」
思わぬ言葉に間抜けな返事をしたルディガーを見て、アルマは小さく吹き出した。
そして紅茶を一口飲んでから、懐かしむように話し出す。
「私といたときのあなたは、愛というものを知らなくて。誰でも平気で傷つけていらした。自分自身でさえも」
「あなたは俺をそのように見ていたんですね」
「私はまず、この方を愛さなくては。誰かに愛されるということを教えて差し上げなくては。ずっと、そう思っていました」
アルマは躊躇うように言葉を止め、そして一瞬の間が生まれた。
「今だから言えますが、それは、憐れみでした」
「憐れみ?」
「そうです。未完成で不完全な少年を、哀れに思いました。その傲慢さを諌めてくれる人も、不必要な自尊心を正してくれる人も周りにいないのだと」
そこまで見透かされていたとは。
自分はよほど思い上がった子供だったらしいと、ルディガーは己の過去を恥じた。
そんな彼を微笑ましく見て、アルマはまた口角を上げた。
「でも、私は弱かった。あなたの成長を待ってあげられなかった」
「あなたは本当に、真実、素晴らしい婚約者でした。ただただ、俺が甘えていただけです」
改めて伝えると、アルマの瞳からはまた一つ涙が溢れた。
「あら、やだ。止まったと思ったのに」
「これを」
ルディガーはハンカチを差し出した。
もう婚約者ではないが、これくらいは許されるだろう。
「まぁ、うふふ。あなたが私にハンカチを? ふふふ。おかしい」
「……笑わないでください」
「ごめんなさい、でも、ふふ。よかった。私、どこかであなたを見捨ててしまったような気がしていました」
何かを区切るように、そしてどこか眩しいものを見るように、アルマはルディガーの顔を見た。
ルディガーもまた、改めて彼女の顔を見た。
「杞憂でしたね。どうかお元気で。あなたを変えてくれた人を、大切になさってください」
お茶を飲み切ってから、ルディガーは帰路についた。
最後に自分の指を掴んだ小さな手の感触を、きっと忘れることはないだろう。




