13
晴天の下、豊かな牧草地が広がっている。
街道を抜けてしばらく、家屋がまばらになってきた頃に目的の小さな家を見つけた。
ルディガーはその扉の前で一度大きく息を吐いてから、ノックした。
中からは女性が出てくる。
「お久しぶりです。アルマ」
「はい、お久しぶりです。ルディガー様」
顔色も良く、以前と変わらず穏やかな笑みを浮かべている。
ルディガーはまるで自分が少年に戻ったかのような錯覚を覚えた。
家の中に招き入れられると小さく赤ん坊の声が聞こえた。
ゆりかごを覗き込むと、トパーズの瞳がこちらを見る。
「小さい」
「ふふ。まだ生まれて三月ですから」
父がアルマへの面会を打診すると、間も無く産み月なのですぐには難しいとの返答があった。
既に他家に嫁いでいること、更に懐妊していることには衝撃を受けたが、彼女ならおかしくはないと思い直した。
それから体調が落ち着いたと手紙が来るまでの間、ルディガーはただその無事を祈った。
「今年はご卒業の年でしょう。お忙しいのにこのようなところまで申し訳ありません」
「いや、もう大学への進学は決まりました。あとは卒業試験だけです」
「おめでとうございます。試験だけなら、あなたに心配は要りませんね」
話しながらも手際よくお茶の用意を整えていく。
慣れたその様子に、時間の流れを感じる。
「さて、お待たせしました」
「ありがとうございます」
やっと椅子に座ったアルマは一瞬呆気にとられたような顔をしたあと、以前と変わらない様子で笑う。
「まぁ、うふふ。さて、お話を伺いましょうか」
ルディガーは居住いを正してから彼女を見た。
絶えず微笑んでいるその小さな口元。
優しげに少し垂れた目元。
流れるような黒髪、そして輝くトパーズの瞳。
そうだ。やっと思い出した。
この人は、こういう顔だった。
「あなたに謝らなくてはいけません」
「まぁ。そのようなことはなにもありませんよ」
「あなたは間違いなく、俺には過ぎた、完璧な婚約者でした。なのに、あなたを大切にできなかった」
「いいえ。あなたは婚約者として、きちんとするべきことをしてくださっていましたよ」
「そうです。でもそれだけでした。あなたの誕生日のお祝いすら、自分で選ばなかった」
アルマもさすがに思うところがあるのか、困ったような顔をした。
それでも彼女の口角は上がったまま。
それがあまりに痛々しく、ルディガーは泣きたくなった。
「今更と思われるでしょう。それでも謝りたかった。あのときあなたに贈られたのは、トパーズではなかったんですね」
アルマは絶句した。
みるみる内にその目には涙が溜まり、そして次々に頬を濡らした。
「あなたを傷つけた。あなたの気持ちを踏み躙った。俺は本当に最低な婚約者でした」
アルマを見ながら、この人は声を上げずに泣くのだな、と思った。
そして彼女が涙を流すところを、今ここに至って初めて見る情けなさを受け入れた。
「ご、ごめんなさい。私、あのとき、本当にうれしかったのです」
「はい」
「いつだって皆、私の瞳はトパーズだといって褒めてくれて。それは嬉しいけれど、でも私の宝石箱はトパーズばかりで」
「はい」
「でも、あなたがくれたのはイエローダイヤモンドでした。だからあなたが、あなただけが、私の瞳はそうじゃないと言ってくれたのだと思い込んで」
アルマはあのとき十九歳だった。
今のエルシャと同じ年。
エルシャは未だに、ことあるごとにあのアクアマリンのネックレスを着けている。
それがどんな意味を持つのか、どんな感情が込められているのか。
ルディガーはもう、知っている。
「本当に申し訳なかった。どんなに詫びても足りません」
「ご、ごめ、なさ……こんな……」
「いいのです。あなたは俺を許さなくていい。どんなに罵ったって構いません」
アルマが顔を上げる。
ぐしゃぐしゃに泣いていても、この人はこんなにも美しい。
周囲がその瞳を輝くトパーズだと称え、あんなにもルディガーを責めた理由が分かる。
この人は愛される人だった。
誰よりも大切にされ、慈しまれるべき人だったのだ。
それを自分だけが分かっていなかった。
「本当に、本当に、どんなに謝っても足りません。アルマ」
「私がもう少しだけ、あと少しだけ耐えるべきでした。だってあなたは、あんなにも子供だったのに。私が我慢しなくはいけなかったのに」
慟哭に近くなってきたそれに、もはや胸が張り裂けそうだった。
そうだ。アルマだって子供だった。
あんなにも大人びて見えていたけれど、彼女だって今の自分と同じ、学校も卒業していない子供だったのだ。
「違います。あなたは耐える必要など無かった。私に怒りをぶつけてよかったんです」
「そんなこと、っ」
「それをさせなかったのは俺です。俺があなたを無理に大人にさせてしまった」
「いいえ、いいえ! 私は嘘をつきました。あなたから逃げたくて、心を病んだと嘘をついたんです!」
とうとう堪えきれないように、アルマは下を向いてしゃくるように嗚咽を漏らした。
震える肩に触れるわけにもいかず、ルディガーは彼女の呼吸が落ち着くのをひたすら待った。
今はただ、思い切り泣いて欲しかった。
あのとき泣けなかった少女の分も、今。




