新たな場所で目覚めて3
ヴェルトは、4歳児の体にはキツイであろう鍛錬を毎日こなし過ごしている。転生してから1ヶ月が経っていた。組手は週に3回。未だに手も足も出ない。今日ゼインはギルドにクエストを受けに行っているので村の少し外れで鍛錬をしている。この世界にテーピングはないので、手の甲に布を巻き付ける。しっかり地に足をつけ腰を落とす。引き手と突き手を同時に動かして拳の小指側を締め木に正拳突きをして拳を鍛えていた。
「エイ!エイ!エイ!」
元気いっぱいの空手の掛け声が聞こえてくる。
木の葉が微かに揺れていて、木の樹皮が剥がれボロボロになってきている。
正拳突きをした手を下ろしてから拳を見つめる。
――やっと成果が出てきたし拳も痛くなくなってきた。
そのまま拳を見つめながらギュッと握り森の中を見つめていると、村の方から誰かが呼んでいるのが聞こえた。
「おーい! ヴェルトー!」
声の方を見ると誰だか分からない。
男はすごい勢いで手を振りながら猪突猛進に突き進んでくる。
――すげえ勢いだな。誰だろう。
ヴェルトはあまりの勢いに逃げ出したくなったが、動かずに見つめている。
背丈はゼインと同じくらいの大きさ。体は筋肉質でがっしりとしている。いつでも元気そうな顔つきをしていて、髪色は黒く少し長めのスポーツ刈り。顎髭が生えていて瞳は青色をしている。おっさんだ。上半身は半袖で腰には草摺を身につけている。おっさんはニコニコしている。
「ヴェルト久しぶりだなあ!会いたかったぞぉ!!」
脇の下に手を入れヴェルトを自分の笑い声と一緒に頭上に高く放りあげる。いわゆる、高い高いだ。
――やめろやめろ!見た目は子供でも中身は同じくらいだぞ!てか、誰だよ!
ヴェルトは誰だかわからないおっさんに子供扱いを受けて、恥ずかしくなり頬が赤くなっている。
おっさんはそんなこと気にしていない。
ヴェルトを地面に下ろしてすぐに喋り出した。
「しかし、少し見ない間におっきくなったなあ!
今さっき帰ってきてセレンにお前の居場所聞いてすっ飛んできたんだ!」
この騒がしいおっさんの名はガウン・グレース。
村で1番強いAランク冒険者で久々に帰ってきたヴェルトの父親だ。
「ギルドに頼まれて王都の依頼を受けに行っていて帰りが遅くなっちまった!誕生日祝えなくてすまなかったな!」
ガハハと力強く笑っている。
――落ち着きがない人だな。
と、ヴェルトはお手上げ状態に肩をすくめる。
ガウンはヴェルトを見てからあちこちを見回す。
「一体こんな所で何をしていたんだ?」
ヴェルトは樹皮の剥がれた木を指さす。
ガウンがその木を、まじまじと見つめる。その横顔を見て、どうだと言わんばかりの表情で、ニコッと笑い
「僕も冒険者になりたいから鍛錬していたんだ!」
そう言うとガウンは木を触り、驚いた顔をしている。
「大したもんだな!その歳から頑張ってるなんてすごいぞ!」
息子の努力と本気が伝わり気色満面で、大きなゴツゴツした手でヴェルトの頭を撫でる。
―ガウンと一緒なら森の中連れてってもらえるかも!
ここでヴェルトは勇気を出してガウンに頼み事をしてみることにした。ガウンを下から見上げて上目遣いを使うように見つめて、両手を胸の前に合わせる。
「僕、父さんと森の中入ってみたい……」
ガウンは顎に手を当て、口元をすぼめる。眉が八の字になり視線が泳いでいる。
戸惑っているのがすごくわかりやすい。
ヴェルトはニヤけそうな顔を必死に奥歯を噛み締めて抑える。
――もう一押しでいけそうだぞ?
「誕生日母さんと兄さんはお祝いしてくれたけど、父さんはいなくて悲しかったな〜。」
ガウンはそう言われると、口が開く。冷や汗をかき、頭を掻きながら、参ったよ。と言わんばかりのため息を漏らす。
「わかったから。セレンには内緒にしてくれよ?」
ヴェルトは大喜びでその場でバンザイしながら飛び跳ねて喜んだ。その様子をみたガウンも久々にあった息子の喜ぶ姿に自然と笑顔になっていた。
ガウンは笑顔だが本気の目で人差し指を唇に近づけもう一度同じことを言ってきた。
「絶対セレンには内緒だぞ」
ガウンはバレたらセレンに怒られることが余程怖いらしい。ヴェルトは逆に気になってしまった。
――そんなに怖いならみてみたいな。
村の方に目を向けると、セレンが歩いてきているのが見える。噂をすれば影が差す。とはこのことだろう。片手にはボートバスケットを持ちセレンは久々のガウンの帰りにご機嫌な表情をしている。
「お昼にしましょ〜」
「ぐぐぅ〜!」
「ぐぅ〜」
セレンの声に釣られてヴェルトとガウンのお腹から音が鳴ったが、ガウンのお腹の音が大きすぎてかき消されてしまうのであった。ガウンは目を輝かせて口からよだれを垂らしている。
「待ってましたあ!ずっとセレンのご飯が食べたくて仕方なかったんだ!」
ヴェルトは横から喜んでるガウンを見ている。
――1ヶ月以上ぶりの母さんの飯を食べれなくて恋しかったんだろうな。にしても、犬よりすごいよだれ。
3人で輪になるように地面に座り込み、ヴェルトとガウンはセレンの作ってくれたサンドウィッチを、片手に一個ずつ持ち、豪快に大きな一口で頬張る。
「やっぱ、セレンの作った飯は生きててよかったって思えるくらい美味しいなあ!なあ?ヴェルト!」
「本当にすごく美味しい!三つ星取れるよ!」
ガウンは休む暇もなく、口にサンドウィッチを運びながら言う。
「ヴェルト何を言っているんだ?」
――あ、油断した。前世の言葉が出ちゃった。
ヴェルトは焦って、喉に詰まりそうになり水で流し込むが、ガウンは何も疑っていなかったようで
「カシオペアだ!!!」
その一言でヴェルトは不意を突かれ咽せてしまった。
――は?カシオペア聞いた事ねーよ!
前世の記憶があるが、飯を食べてカシオペアは聞いたことがなく、本当に意味がわからなかったけど、
この世界でも星座の名前は一緒なんだということがわかった。
「ヴェルト大丈夫?」
と言いセレンが心配そうにもう一杯水を差し出した。
「大丈夫だよ、ありがとう母さん」
差し出された水を飲み干して、気を取り直して食べ始める。
2人がすごい勢いで、美味しそうに食べているのを見ると、セレンは、幸せそうな目を細めた笑顔で見つめている。
ヴェルトとガウンは食べ終わり笑顔で手のひらを合わせる。
「ご馳走様でした!」
「お粗末さまでした」
セレンは嬉しそうにそう言うと、持ってきたボートバスケットを持ち村の方へ歩いて家に帰っていくのだった。
セレンに手を振り見送ってからヴェルトはガウンに森の中に入る話をした。
「いつ一緒に森に入れる?」
ガウンは顎に手を当てて思案顔している。
数秒経ってから
「早くても来月になっちゃうな」
――がーん。すぐにでも入りたいのに。
明らかに落ち込んだ顔をしているのを見ると
「すまない。俺も色々と忙しいんだ」
そう聞くとヴェルトは少し考えてから
いいことを思いついたようでガウンを人差し指で突っつき
「じゃあ、今から組み手しようよ!」
ニッと笑みを浮かべながら見つめている。
ガウンは思ったよりもすごく乗り気だった。
指をポキポキと鳴らし自分の胸を叩いた。
「いいぞ!胸を貸してやる!森の中に入る前にどんなものか見てやろう!」
ヴェルトは少し距離を取り、手の甲に布を巻き直し、準備体操をしてから深呼吸をして構える。
「いつでもかかってこい!!」
と言われたその瞬間踏み込んで距離を詰めたが、ガウンの反応は早い。頭上から手刀が振り下ろされる。
――すごい重さだが、まだ耐えられる。
ガードし上に弾き返す。脇が空いたところに正拳突きをするが、そこに打って来るのをわかっていたかのように片手で受け止められた。
――チッ、誘われたか。さすがAランク冒険者。
攻防戦はすぐに止まり、防戦一方になってしまった。
――まずい。一旦距離を取ろう。
距離を取った時ガウンが動きを止めた
「今1番強い一撃を打ってこい!」
そう言われるとヴェルトは助走をつけ、頭上に飛び上がり一回転して踵落としをする。
片手で塞がれたが手応えがあった。
―よし。少しは効いたろ。
そう思ったが、防いでいる反対の手で足を掴まれ木に投げつけられた。
「ドコッ」
背中からぶつかり木にもたれかかった。
「いい一撃だったぞ!まだまだだがな!」
「もっと鍛錬しなくちゃ」
ヴェルトは起き上がろうとしたが、身体が思うように動かない。
「体が動かしずらいだろう。無理はするな。動けるだけですごいぞ!」
ガハハとガウンは笑いながら、お腹がガウンの肩に面し、脳天が地面の方を向く体制にヴェルトを担ぎ上げる。
「父さんには完敗だよ。参りました」
「お前ならすぐに強くなれるからこれからも頑張れ!身体はセレンのご飯を食べて体を休めればすぐ治る!」
担ぎ上げたまま村の方へ歩き始めた。
――今日はもう動けそうにないや。今日は大人しく帰るか。
「明日からまた頑張るよ」
「そうだその調子だ!」
ガハハと笑うのであった。
担ぎ上げられているせいか村人の視線が集まり
微笑んでくる。
――なんか恥ずかしいな。
家に着くと体が動きやすくになっていたため
入念にストレッチを始めて、その後うつ伏せで前腕とつま先で体を支え体幹トレーニングをして時間を潰す。
ご飯を食べてからお風呂に入った。
湯船に浸かって「ふぅー」と息を吐き出した。
――風呂はやっぱり気持ちよすぎるな。
鼻から吸い、口から細く長く吐き出す。腹式呼吸をしていた。
ヴェルトは、お風呂でもインナーマッスルを強化する。
しばらく繰り返してから、顔を上げて窓の方を向き
――ガウンのペースに持ってかれるし、木に投げつけられたから今日は疲れたな。いつかガウンに1発喰らわせてやろう。
そう思いながら外を眺めていた。
お風呂から上がりヴェルトは寝る前に瞑想をする。
あぐらをかき、背筋を伸ばし、身体の力を抜いて、安定して座る。
片方の手はOKポーズをして、もう片方の手は輪を作る。親指が上になるように両の手をあわせて、おへその前に置き、目と口を軽く閉じる。
その状態を1時間保つ。
瞑想が終わり、布団に入るとすぐに眠りについた。
そして、数時間後。いきなり警鐘が鳴り響く。




