98.名案
人間界の竹林にて。
琅青と二手に別れた凍夜と栞太は、金色に輝く満月の光を頼りに歩きながら淡雪筍を探していた。
太陽の光だけではなく、松明の類の炎の熱光もなるべくなら当てたくない。
琅青から血走らが濃く刻まれた目を向けられては、否とは言えない。
食が関わると性格が変わるんだよな。
凍夜は思った。
普段は温厚で何ものにも執着していません人畜無害ですという顔であり、のほほんとした雰囲気を発しているのだが、食が関わった途端、その温厚な顔はそのままだけれども、空気をひりつかせて、圧力を押し付けてくるのだ。
(まあ、月明かりが今日は強いから松明がなくてもいいけど………月の力が強い、か。妖怪に出くわしたら厄介だな。やっぱり、連れて帰った方がいいんだけど)
凍夜は地面の中に隠れている淡雪筍に意識を傾けながらも、常に視界の中に収めている栞太に話しかけた。
「君、異世界に帰りたいと思わないの?」
「凍夜殿を癒す事ができたら帰ります」
「癒す事ができなかったらどうするの?まさか一生死ぬまで仙界に居るわけじゃないよね?」
「大仙人様が長丁場になりそうだったら、俺の世界と仙界を行き来していいと言っていました」
(………あのくそじじい。どうしてもこの子を僕の相棒にしたいのか)
「時空を行き来させるのはとても力が要る事なんだよ。大仙人様はとても力のあるお方だけど、負担は相当ある。大仙人様の言葉を鵜呑みにして、簡単に君の世界とこの仙界とを行き来できるなんて考えちゃだめだよ。或る日ぽっくり、大仙人様が死ぬかもしれないんだから」
(まあ、それはないだろうけど。大仙人様が死ぬかもって脅しをかけるぐらいしないと、この子には響かないみたいだし)
「凍夜殿は俺をこの仙界に居させたくないんですね?」
「そうだね。君はこの世界の生物じゃない。元の世界に戻すのは道理でしょう?」
「そうですけど。凍夜殿をこの世界の生物が癒せないから、俺が呼ばれたんじゃないんですか?」
「いや。癒されているし。問題ないから。君は呪いが解けたらさっさと元の世界に帰りなさい」
「呪いが解けても帰りません。凍夜殿を癒せたら帰ります」
「現段階、ううん。未来永劫、君が僕を癒せる、なんて事はできないから」
「何でですか?」
「僕のすべてが君を拒絶しているから」
「………拒絶しているのに、守ってくれるんですね?」
「そりゃあ、そうだよ。好きとか嫌いとか気に食わないとかそんな感情は関係ない。君を守るのは、君を無事に君の世界に戻すのは、僕の義務、責任」
「………俺が傍に居るだけで、凍夜殿に精神的苦痛を味合わせているんですね?」
「まあね」
淡々と脱力感が入り混じった凍夜の物言いは、けれど確かに栞太を突き放しており、栞太も十分、それは感じ取っていた。
このまま傍に居続けても、負担になるだけなのだ。
重々。
それでも、
「俺は凍夜殿を癒す事ができます」
「………はは。断言?すごいなあ。どこからそんなに自信が湧いてくるの?大仙人様に釣り上げられたから?大仙人様は絶対に間違えないって思っているの?」
「はい!」
「………そう」
(何を言っても無駄、か。眼が曇っているって言うか、潰されているって言うか)
揺らがない。
どちらも。
(このまま言葉の応酬をしても、平行線を辿るだけ。僕の精神的苦痛が増すだけ、か。しょうがない。説得は無理だ。さっさと呪いを解く方法を見つけ出して………いや、もう、呪いを解く事も諦めて、大仙人様を一緒に異世界に送る、か。この子がポメラニアンになっても、大仙人様が居れば、人間に戻す事ができるんだし。大仙人様はこの子の寿命が尽きてから帰ってくればいいわけだし。大仙人様が釣り上げたんだからそのぐらいの代償………っていうほどの代償じゃないけど。どうせ百年かそこらなんて、僕たち仙界に住む者からすれば、すごく短い時間なわけだし)
よしそうしよう。
(2024.4.12)




