72.ついと
人間界の森林にて。
凍夜が凛矢と対峙する、数時間前。
仙界の弩九の岩にて。
弩九、小人のままの燧乎、震霆の前で、凍夜が言った。
もしかしたら、凛矢は僕と闘いたくて、あの子を攫ったのかも。
「あの子を人質に取って、こいつに傷を負わせたくなかったら俺と闘え、みたいな事を考えているのかもしれない」
「そんな事を考えてあまつさえ実行するなど、あっしには甚だ理解できない。が」
言葉を発した燧乎は一度口を閉ざしてのち、あり得るなと言った。
「何度挑んでも凍夜と闘えず、精神的苦痛が溜まった結果、大暴走した、というわけか?」
「く、くく。理由などどうでもいい。我の研究室を破壊した罪は、仙界追放如きでは収まらないよ。く、くくくくく」
「落ち着け、弩九」
「くくくくくくく。落ち着いているよ至って冷静だ」
確かに声音は落ち着いていたが、瞳孔が広がっては縮んでを忙しなく繰り返していてとても怖い。
これは人間界に下ろさない方がいい。
燧乎は思った。
人間界で弩九が凛矢と相対したが最後、凛矢の宝貝、雪だるまの破壊は免れないのは確定だ。
「凛矢が大暴走しているならば、とても厄介ですね。もしも、凛矢の妖力、仙力を抑えている宝貝、雪だるまが破壊でもしたら、人間界は元より、仙界、妖怪界も、無事ではすみません。もしかしたら、人間界は消滅するかもしれません」
「まったく。九尾の妖狐と大仙人様だけでも、厄介事をどっさり持ち込むっていうのに、これ以上増やさないでほしいよね」
「凍夜、行くのですか?」
研究材料に使ってやると物騒な事を言う弩九と、警備宝貝の上に乗って弩九を宥める燧乎を真正面に迎えながら、震霆は隣に居る凍夜に問いかけた。
「うん。面倒だけど。嫌だけど。行くよ」
「でしたら、私も行きます」
「ううん。震霆は弩九の暴走を抑えていて。燧乎は姜芳の捜索に行かないといけないし。今から弩九の事を他の誰かに頼むのも面倒だし。はあ。本当に面倒だよ、もう」
「ですが。あなた一人で人間界に行くのは賛成できません」
「あっしが一緒について行くから安心しろ」
「燧乎は姜芳の捜索があるでしょ?」
「栞太の事も気がかりだったからな。栞太を無事に仙界に連れ帰ったら、姜芳の捜索にかかろうと考えていたから、大丈夫だ。あっしだけじゃあ、不満だろうが」
ついと、燧乎は震霆を見た。
いえ。震霆は言葉を紡いだ。
「確かに、今の弩九を放っておくのも不安なので、私が責任を持って見ておきます。人間界には絶対に行かせないので安心してください」
震霆は燧乎に深々と頭を下げてのち、隣に居た凍夜に向かい合った。
「無理と無茶はしないでください」
「うん。行ってくる。震霆も無理と無茶はしないようにね」
「はい」
(2024.4.5)




