70.指名
人間界の森林にて。
「人間界に下りてくるなんて。よっぽど、あの栞太という少年が大事なんだな」
凛矢は口の端を釣り上げたまま、やおら振り返り、声の主である凍夜を見下ろした。
ギンギラギンに目のみに関わらず、すべてを狂喜と狂気に染め上げながら。
「大事だからじゃなくて、責任があるからだよ」
凍夜は眠気眼と死んだ魚の目の中間に位置する、いつもの目を凛矢へと向けた。
「別に、あの栞太という少年がうぬにとって何であるかなどどうでもいい。うぬと闘えるのならば何でもよ」
「闘わないよ。僕は栞太を仙界に連れ戻す為に来たんだから」
「闘うまで俺は何度でもあの栞太という少年を人質に取るぞ」
「できないでしょ。凛矢、弩九の研究室を破壊したから。確実に謹慎処分が下されるだろうし。弩九、すっごく怒ってたからね。覚悟した方がいいよ」
「だろうね。弩九には仙界に戻ったら、謝り倒す。だが、俺は、謹慎処分を破っても。何度でも、あの栞太という少年を攫うぞ。仙界を追放される事になったとしても。仙界を敵に回しても。うぬと闘えるのならば。構わない」
「闘いを挑むなら、九尾の妖狐だけにしてよ」
「嫌だ」
「僕だって嫌だよ。闘うの、好きじゃないし」
「好きではなくても、闘う事はできる」
「………」
のらりくらりと躱し続けた代償だろうか。
闘争心を発散できない凛矢の我慢も限界に来ているのだろう。
(すっごく怖いし。すっごく圧が強いし。すっごく近いし)
実際に距離は近くない。
けれど、とっても距離が近く感じられた。
(本当にもう。九尾の妖狐に振り回されてばっかりだよ。諦めていたけど………僕に関しては。諦めていた。けど)
ああ、面倒だ。
ポメラニアンになりそうだ。
いや、いっそ、ポメラニアンになれば。
ずっと、ポメラニアンになっていれば。
こんな九尾の妖狐に関わる面倒事から解放される。
同時に、自分自身も居なくなってしまうけれど。
(でも、今は投げ出すわけにはいかないよね。だって、このまま凛矢を放置したら、多分、宝貝、雪だるまが壊れて、妖力と仙力が一気に放出される。凛矢はまだ自分の力を抑えられない。下手をすれば、三界が凍りついちゃう。まあ、凍りついても)
どこからだろう。
一体どこからこんな考えが湧いてくるのだろう。
やはり。
(九尾の妖狐に後継者に指名されたから、かな)
負ける気が全然しないだなんて。
(2024.4.4)




