55.やおら
九尾の妖狐によって栞太少年にかけられた呪いの探知には時間を要するので出て行ってくれ。
ついでに体力回復処置もできるようならしておくよ。
仙界の弩九の岩の、いくつもある研究室の一室にて。
九尾の妖狐の呪いによってポメラニアン化した栞太を、ここまで連れて来た凍夜から受け取った弩九はさっさと背を向けるや、すげなくそう言った。
凍夜はお願いと言うと、素直に研究室から出て行った。
「どうしてそこまであの少年に心を砕くのですか?」
研究室の外で待っていた震霆は凍夜に尋ねた。
凍夜はげんなりした表情を向けた。
「だから言ったでしょ。責任を感じているからだって」
「ですからどうしてそこまで責任を感じるかを尋ねているのです」
「だって、的外れとは言え、大仙人様が僕を想って、わざわざ異世界からあの子を釣り出したわけでしょ。的外れとは言え。だったら、僕にも責任があるでしょ。あの子を元の姿に戻して異世界に帰す必要があるでしょ」
「大仙人様が勝手にしでかした事に対して、責任を感じる必要は皆無だと言っているのです」
「震霆はそう思っていても、僕はそう思わないの。これ以上、僕にそう思わせないように言葉を尽くしても無駄だから。僕はあの子を無事に異世界に帰すから。どれだけ僕らしくなくても、面倒でも、もう決めたから」
震霆は凍夜の眠気眼と死んだ魚の目の中間に位置する目を黙視してのち、瞳を逸らさないまま、重たくなった口を開いた。
「………わかりました。もう理由は問いませんし、あなたがあの少年を異世界に戻す為に行動する事に反対はしません。危険だと判断した場合、口は挟みますが」
「うん。わかった」
「無茶はしないでください」
「うん」
「………理由は問わないと言ったばかりですが、もう一つだけ、尋ねていいですか?」
「うん。いいよ」
一層重たくなる口を円滑に動かせるように努めながら、震霆は凍夜に尋ねた。
今まで、触れてはこなかったその名前を口にしたのだ。
「大仙人様は元より、九尾の妖狐が関わっているのも、あの少年に拘る要因の一つですか?」
凍夜はやおら瞼を一度下ろしてのち、同じくやおら瞼を上げて、震霆を直視した。
「………うん。そうかもね」
(2024.3.31)




