十三話 太陽は笑わない
僕が差し伸ばした手を、君、黒崎亜矢は両手で握った。
「弓弦くん?幸せにって?」
君は瞳を潤わせ、そう言った。
声は少し震えて、顔は赤く染まっている。
「うん、ただ、亜矢さんを幸せにしたいって思っただけ。」
僕は余命1ヶ月の事を胸にそっと閉まって、亜矢さんにそう言った。
何故言わなかったのか分からない。
あと1ヶ月。
そう思って欲しくなかったのか?
それとも1ヶ月間死に怯えて暮らすくらいならいっそ、その時を気付かずに迎えた方がいい。
そう思ったのか?
どれも違う。
きっと、僕は亜矢さんに笑って欲しかったんだ。
亜矢さんを失うかもしれない恐怖とそこから来る不安を亜矢さんの笑顔で安心したかったんだ。
「そっか…。嬉しい…。」
亜矢さんはそう言って微笑んだ。
その顔はいつもとは違くて、ガラスの破片の様な美しさを感じた。
僕が君の顔に見とれていると、看護師の人が病室に入ってきた。
「黒霧様の、彼氏さんですよね。今、黒霧様の御家族の方がいらっしゃいましたので、黒霧亜矢様を含め、入院の説明を行うのですが、一緒に受けられますか?」
淡々と話す看護師とそれに頷く僕。
そこに、黒霧福音が入室してきた。
「亜矢お姉ちゃん…と、弓弦くん。やっぱり2人は…。」
福音はそう言って下を向いた。
両手には握りこぶしを作っている。
「それでは、説明を始めます。こちらどうぞ。」
看護師はそう言って、僕の隣に福音ちゃんを座らせた。
「まず、黒霧亜矢様の入院期間ですが、1~3ヶ月を予定しています。
今の状態は正直言って、よろしくないです。
ので、緊急時いつでも対応出来るよう、その期間、安静に闘病生活を送って頂きたいと思っています。
感染等のリスクも考えられますので、御家族の方も含む面会時間を1日30分以内としていますので、守っていただけるよう、よろしくお願い致します。
尚、経過の情報や、黒霧亜矢様の要望等は看護師がお伝え致しますので、何かございましたら看護師に聞いていただけるとお答えできると思います。
その他、何かご質問ありますでしょうか?」
「え…。30分ですか…?」
そう言った看護師に対して、僕が言った一言だった。
亜矢さんに会える時間が1日30分と言うことに純粋に驚き、そして絶望したのだ。
「だ、大丈夫だよ!すぐに元気になるから!」
きっと僕は最悪な表情で落ち込んでいたのだろう、そんな僕を亜矢さんはボロボロの体で無理に笑顔を作って、僕を励ました。
僕はなんて情けないんだ。
その思いが心臓から血液が全身を巡るように、僕を取り巻き、そして台風の様に体の中で暴れた。
「ッ…………!!」
その台風の雨雫は僕の目から溢れ出る。
風音は僕の声となり零れる。
「弓弦くん、大丈夫だよ。」
亜矢さんのその一言で、もうどうでも良くなった。
「亜矢さん…。」
きっと僕はずっと、不安だったんだ、どうしようもなくて、君を失う事が怖くて、でも、どうすればいいか分からなくて。
でも、僕が何とかしなければ、というプライドが混じった使命感に駆られ、僕の感情は塞き止められていた。
でも、度重なる不安の種に僕は耐えれず、涙を零した。
それを亜矢さんは優しく受け止めてくれた。
それは塞き止めていた僕の心の壁を壊し、ただ、ひたすらに泣くことしか出来なかった。
「亜矢さん…っ!!亜矢さん…っ!!」
病室の中、看護師も居る。妹の福音ちゃんも居る。
でも、弓弦以外、誰一人声を発する者はいなかった。
静寂な病室に結弦の亜矢を呼ぶ声だけが響いた。
僕はどれくらい泣いていただろうか、
亜矢さんのベッドサイドでひたすら泣いて、そして、泣き止んだ。
顔をあげると、亜矢さんは僕に微笑みかけていた。
ーーあぁ。なんてこの人はーー
亜矢さんと出会ってまだ1回しかデートをしていない。
幼少期に仲が良かっただけだ。
その後散々傷付けたはずなのに、
なんでこんなにも優しい笑顔を僕に向けれるのだろうか?
やっぱりこの人は美しい。
「落ち着いた?」
「うん。」
「良かった。」
落ち着いた声で話しかけてくるから、また泣きそうになったけど、涙は零れなかった。
「ちょっとお二人さんいい所悪いんだけど、何イチャイチャしてるのかな?弓弦くんの運命の人は私なんだけど。」
そんな僕らの中に福音ちゃんの声が入ってきた。
「大体、何なんだよ。なんで僕と亜矢さんの邪魔するんだよ。」
僕は怒っているのか?
少し荒い声でそう言った。
「邪魔じゃないよ。ただ、意味が分からないだけ、お姉ちゃんもなんで私の男の人に手を出すの?お願いだからもう…さ?近付かないで?弓弦くんもせっかくお姉ちゃんが闘病生活を送るんだよ?邪魔しに来たりはしないよね?」
そう言った福音ちゃんの目は冷ややかでとても鋭かった。
姿は似てるのに、どうしてこうも性格が違うのか疑う。
「福音ちゃん。僕は君の運命の人でもない。
僕は毎日来るよ。お見舞いに。」
「責任とってよ。」
「え?」
「私の初めてのキス。ファーストキスの責任とってよ!!」
福音ちゃんは冷たい目を僕に向け、そう言ってきた。
でもどうしてだろう。
彼女から、とても寂しさを感じた。




