罠
「くそっ……あいつ、ローファー履いてるくせして足速すぎなんだよ!」
息を切らし、汗を滴らせながら走る。
出遅れたとは言え、一ノ瀬が走っているのはだいぶ先。
彼女は遠くに見える丁字路にさしかかっていて。
「生徒会やめて陸上部入った方がいいんじゃねぇの、って……おい! ウソだろ!?」
キキキ、と響きわたる車のブレーキ音。
横断歩道を渡る一ノ瀬に、左折の車が突っ込んだのだ。
一気に顔面から血の気が引いていく。
声も出ず、目を見開き、俺は一瞬立ちつくしたが、すぐさま我に返った。
「あぁ、無事だ」
ホッと胸をなでおろす。
すんでのところで一ノ瀬は車をかわしていたのだ。
「おいおい、まだ走るのか!?」
車にひかれそうになったのにも関わらず、一ノ瀬は走り続けていく。
「あいつこのままじゃ、また危ない目にあうぞ」
そう言って俺はまた彼女を追いかけていった。
注意散漫な一ノ瀬が心配でぽつりとこぼれたこの言葉。
それが的中することになるだなんて、思ってもみなかったんだ。
☆゜*・。.。・*゜*・。.。・*゜*・。.。・*゜*・。.。・*☆
徐々に距離を詰めていく一ノ瀬と俺。
丁字路を越え、坂道を下り、すぐに商店街の近くに差し掛かった。
丁字路では車にひかれそうになり、坂道ではブレーキが効かなくなった自転車に背後から突進されかけていて。
木の剪定をしているおっさんが落としたハサミも降ってきていたし、さっきはサッカーボールがあいつの頭をかすめていた。
これが、ここまで一ノ瀬に降りかかった危険。
たった数分の間に、だ。
「このままじゃ、あいついつか死ぬぞ」
危険を自ら引き寄せているかのような一ノ瀬が怖くなり、俺は走るスピードをあげた。
一ノ瀬は、疲れてきたのかだいぶ速度が落ちている。
これなら、追いつける。
「おい! 一ノ瀬、止まれ!」
ぜぃぜぃと息をしながら、精一杯の大声で叫んだ。
あいつはぴたりと止まり、崩れ落ちるようにその場に座り込んでいく。
肩で荒く息をしながら、ふるふると小さく震えていて。
運動部でもないのに、あの距離を全速力で駆け抜けたのだから、そりゃこうなるだろう。
そう思って、一ノ瀬の背中に近づき、ぽんと肩に手を置いた。
「まぁ、いきなりあんなことされたらそりゃ驚くよな」
なんて言ったらいいのか分からず、そう声をかけると一ノ瀬は震える声で俺の名前を呼んでいく。
「星倉ぁ……」
あぁ、泣いている……。
ずきりと胸が痛んだ。
女の子が泣いている姿なんて、気持ちのいいものじゃない。
振り返った一ノ瀬は涙で目を潤ませていて。
しゃくりあげながら、自分の口元に手を当てて、親にすがる子どものようにこう言った。
「もうこんなの嫌だよ、助けて……」
俺の知っている一ノ瀬から程遠い姿。
何かがおかしい。
頬にキスされたことでここまでなるものなのか……?
こいつの表情からは怒りは見えない。
むしろ、不安に押しつぶされ、何かを恐れているような……
――ガタン。ガラガラ……ガシャーン!!
突然、けたたましい金属音が頭の上の方から響いていく。
見上げると、鉄骨が宙にあった。
否。俺たちめがけ、鉄骨が降ってきているのだ。
どうして、鉄骨が? 落ちてこねぇだろ、普通はよ!!
って、そんなこと考えてる場合じゃない!
「危ねぇっ!」
「えっ……!」
俺は一ノ瀬の手を引き、自分の方に強く抱き寄せていった。
――ガシャーン!!
鉄骨は地面にぶつかり、爆音を響かせながら地面を揺らしていく。
鉄骨が激突したところのアスファルトは深くえぐれていて。
それは、落下の衝撃の強さを示す証拠としては十分すぎた。
ガタガタと身震いが止まらなかった。
アスファルトがえぐれている場所。そこは、先ほどまでこいつが座り込んでいた場所。
もし、気づくのがほんの少しでも遅れていたら……そんなことは考えたくもない。




