はじめて見せた弱さ
俺の腕の中には難を逃れた一ノ瀬。
後ろで響く金属音と地鳴りを聞いて、現状を理解したのだろう。
俺のシャツの胸元をつかみながら、ガタガタと震えていて。
なんでこんなところに鉄骨が……?
そう思って辺りを見回す。
上には大きなクレーン。
横には、防音壁。
ここは……建設現場、か。
ん? 建設現場だと!?
学校での一ノ瀬の言葉が、頭の中を駆け巡っていく。
『私に思い出をくれませんか?』
『今日、一緒に帰ろう。そしたらわかるよ』
『建設現場は危険だよねぇ』
『あそこは今一番危険なんだ。まだ死にたくないから近づきたくない』
一ノ瀬の言葉と、今のこの状況。そして、校門前での黒沼ハヤトのイベント。
俺は信じられないような一つの仮説にたどり着いた。
「おい、一ノ瀬。お前、この世界から命を狙われてるのか?」
何も言わずに、こくり、と彼女は頷く。
やはりそうだ。
そうでなきゃ、あんなに連続して危険が襲ってくるはずがない。
「もしかして、イベントを拒絶したり、相手の好感度を下げたりすると、こうやって危険な目に遭うことがあるのか?」
そんな馬鹿な話はあるわけがない。
そう思いながらも、彼女に尋ねていく。
青い顔をしたまま、彼女はまた頷いた。
「何で!? 何でお前が命狙われなきゃいけねぇんだよ。乙女ゲームの世界じゃなかったのか!?」
ここは恋愛ゲームの世界。
ファンタジーゲームでもホラーゲームでもない。
命を狙われる理由がさっぱりだ。
俺の問いに対し、しゃくりあげながら途切れ途切れな言葉で、一ノ瀬は話していった。
言葉を続けていくごとに、彼女の恐怖が増しているのか、だんだんと体の震えが強くなっていく。
「あの……あのね、乙女ゲームのバッドエンドって、主人公がね……ひっく、死んじゃうのもあるんだよ……。事故だったり、殺っ、されちゃったり。いまだって、適当に走ってたはずなのに……気づいたら建設現場に来てた。私、きっとこの世界で……死んじゃ……っ」
死の恐怖に怯えて錯乱する一ノ瀬。
そんな彼女は途端に言葉を止める。
俺が、子猫のように震える一ノ瀬を、力いっぱい抱きしめたから。
彼女のその不安と恐怖がおさまるように。
お前は一人じゃないんだってことを伝えられるように。
一ノ瀬。お前、この世界に来てからたった一人で恐怖と闘ってたのか?
こんな状況に身を置いていたのに、あんなふうに笑って過ごしていたのか?
「大丈夫。もう大丈夫だから心配すんな」
さらさらとした彼女の黒髪に自分の頬を寄せ、なだめるようにそう言った。
俺の言葉を聞いて、腕の中でわんわんと声をあげて泣く一ノ瀬。
強い彼女がはじめて見せた弱さ。
孤独と死の恐怖に怯える目の前の女の子。
一ノ瀬をぐっと抱きしめた俺は、彼女と付き合う覚悟を決めた。
死んでしまうかもしれない一ノ瀬の思い出作り、なんて馬鹿げたことのためでは、もちろんない。
俺は……
決してこんなわけのわからない世界になんか屈したりしない。
こいつを絶対に傷つけさせたり、死なせたりなんかしない。
一ノ瀬、お前は俺が守ってみせるから。
二人で一緒に東雲高校に、いつもの日常に帰るんだ。




