あの時の理由
「そういやさ、『この世界容赦ない』って自販機の前で言ってたけど、あれどういう意味だったんだ?」
そう聞いてはみたものの、返答は大体想像つく。
休む間もなくフラグが立ってうんざりしてるとか、思いもよらぬ人からアプローチを受けてる……とかだろ?
俺で言う、白鳥先生や早乙女みたいなさ。
「そうそう! よくぞ聞いてくれました!」
一ノ瀬は身を乗り出して、嬉しそうに声をあげた。
あのね、と彼女は語り出す。
「私、前に麻雀について星倉に聞いたことあったじゃない?」
あぁ、と思い出して返事をした。
確か、屋上で麻雀の役について聞かれたあれだ。
「私、麻雀のこと好きなふりしてたけど、実はここに来るまでは、麻雀のこと何も知らなかったの。それに、髪だってロングだったんだ」
「ん? それがどうしたっていうんだ?」
一ノ瀬はいつも話が飛び飛びだから、付いていくのが難しい。
「麻雀好きを装ったのも、髪も男の子みたいに短くしたのも、フラグ回避のためにしてた、ってこと」
こくこくとおしるこを飲みながら、彼女は自分のことについて語っていった。
「なるほどレオナルド事件の時みたいに、男っぽくなればイケメンに絡まれないと思ったってことか。それに、麻雀に夢中になる女が乙女ゲームの主人公なんて、聞いたことがないもんな。んで、効果のほどはどうだったんだ?」
にこりと得意気に一ノ瀬は笑う。
「効果はあったよ! 髪の方はどうだかわかんないけど、麻雀の方は確実にあった。イケメンが迫ってきても、『麻雀クイズに正解できないヤツに話すことはない!』って言えば、強引なヤツ以外は追い返せたんだ」
はじめて出会った時の、今より男っぽい髪型、『俺』『僕』が定まらない口調と安定しないキャラ付け、不思議な質問。
それも、全てフラグ回避のためだったのか。
おしゃれな趣味を持っていたり、スポーツに詳しいイケメンは、乙女ゲームにたくさんいるだろうけど、麻雀に詳しいイケメンってのはそうそういないだろう。
だからって、興味もない麻雀を覚えようとするのが、凄いと思う。
役覚えるのにも一苦労なのに。
「だけどさ」
目の前に座る一ノ瀬はぽつりと呟いて、得意気な顔が一転、苦々しいものに変わっていく。
「予想外のことがさっき起きたの。ビックリしちゃって、動転してた時に星倉の姿を見かけたもんだから、聞いて欲しくて駆け寄って、自販機に向かって飛び込んじゃったんだ」
「さっき、すごい勢いで飛び込んできたもんな……。予想外のこと? ……まさか」
一ノ瀬は静かにうなずく。
「たぶんそのまさか。さっき廊下で、麻雀同好会の麻倉雀っていうイケメンが声かけてきた。……麻雀同好会って何なのさ! 麻倉雀って名前からして意味わかんないよ! だって、略したら麻雀だよ! 親はいったい何考えてんのさ! 雀鬼にでもならせるつもりなの!?」
ツッコミに全力を費やしたのか、ぜぃぜぃと荒く息をしている。
苦労して覚えたであろう麻雀のルールと役。
ある程度マスターしたところで、麻雀に完全対応のキャラクターを出すなんて、この世界は本当にえげつない。
「そりゃ、イラつきもするな。もうこれに懲りたら麻雀覚えるも髪切るのも、いかくんでオヤジ系を装うのもやめとけ。この世界は予想のナナメ上を行くから」
「そうだね、髪はまた伸ばすことにしたよ。麻雀はバレないようにナイショですることにする。それと、麻雀で追い返すのはもう無理だから、次はイケメン対策にゲートボールに挑戦してやる! さすがに、ゲートボール系男子はいないはずだからね!」
ぐっとこぶしを固く握り、そう決意している一ノ瀬。
前からちょっと思っていたが、もしかしてこいつ、どこかずれてる……?
まさか……麻雀、はまっちゃったのか?
そして一度で懲りずになぜそこで、果敢に挑戦するんだ。
一ノ瀬、お前はこの世界に勝てると確信してるようだが……
ゲートボールのスティック担いだイケメンが、デートに誘ってくる姿。それを俺は容易に想像できるぞ。
俺が心の中でいろいろ突っ込んでいると、一ノ瀬は俺の言葉を思い出したのか、続きを話し出した。
「あれ? いかくんでオヤジ系? そんなの狙ってないよ。好きだから食べてるだけだよ。だけど、そろそろ飽きてきたから次はジャーキーにでもしようかな! あっ、柿ピーもいいよね」
ウキウキとしながら放たれたこの一言で、俺の疑惑は確信に変わった。
黙っていれば美人なのに、中学時代『女の子にしかモテなかった』のはおかしいと思っていたが、たった今その理由がわかった。
やっぱりこいつ、ずいぶんと……人と感覚ずれてるんだ。




