☆甘いひととき
「おしるこ……だけど、飲み物に変わりはないよ!」
「飲み物っつったって、何でこんな夏日に熱くて甘ったるいのを飲まなきゃなんねぇんだよ」
「あ、でも星倉、自販機についてるルーレットが回ってるよ。当たればコーラが飲めるかもしれない!」
俺たちはすがるようにルーレットの数字を見つめた。
自販機は釣り銭切れで、財布の中には小銭もない。
もう頼れるのはルーレットしかないんだ。
頼むぞ。
最初の数字は7。
次の数字は……7。
「ほら見て! 7が続いてる。あと一つだけだよ」
一ノ瀬は飛び跳ねてルーレットの数字を指差した。
「いや、こういうのはあえて最後に6とか8をもってこさせるんだ。気は抜けないぞ」
この自販機で、何度も俺はそれを経験している。
次々に数字を変えて赤く光る文字。
最後に出た数字は……
『「7だ!!」』
たかが自販機のルーレットだが、俺たちは手を取り合って喜んだ。
そんなおめでたい俺たちを嘲笑うかのように自販機の電子音が響いていく。
「オメデトウ! アタリガデタカラ モウイッポン」
――ウィーン、ガラガラン
何……だと。
恐る恐る一ノ瀬は取り出し口に手を伸ばし、それを取り出した。
「おめでとう! 当たりが出たからもう一本。甘くておいしいおしるこだよっ!」
見たことないくらい爽やかな笑顔。
一ノ瀬は俺の左手におしるこを押し付けて、ゆっくりと後退して行った。
俺の右手には先ほどのおしるこ。左手には今押し付けられたばかりのおしるこ。
目の前には、この事態を笑ってごまかし逃げようとする一ノ瀬。
俺の両手に収まるおしるこ缶は熱いが、やけどするような熱さでは……ない。
バスケで鍛えたダッシュで、じりじり後退する一ノ瀬に無言のまま飛びかかる。
「ひぃ!」
一ノ瀬は小さく声をあげ、逃げようとするがもうすでに遅い。
「逃げんな、当たり分はお前のだ! 責任もって飲めや!!」
「むぎゅう!」
一ノ瀬の左右の頬を、同時におしるこ缶でプレスしてやった。
☆゜*・。.。・*゜*・。.。・*゜*・。.。・*゜*・。.。・*☆
「はー、星倉って本当に乱暴だよね。そんなんじゃモテないよ。あつつ」
「むしろ今は、モテない方がいいくらいだよ。それに元はと言えば、一ノ瀬がおしるこのボタン押したからそうなったんだろ。間違ってるか? あぁ甘ったりぃ」
「うぅ、おっしゃる通りです……」
おしるこを飲むなら少しでも涼しいところに行こう、と俺たちは場所を変えた。
それがこの、誰もいない二年A組の教室。
貧乏高校なのか、教室にはクーラーもなく天井に設置された扇風機のみで、それを強風で回しても、生温かい風がやってくるだけ。
しかも、飲み物は甘ったるくて温かいおしるこ。
この状態で涼しくなれって方が無理な相談だ。
一ノ瀬は下敷きでぱたぱたと顔をあおぎながら、黙々とおしるこを飲んでいる。
額には汗がにじみ、前髪をぺたっと張り付かせていて。
こんな暑い日に、こんな温かくて甘い飲み物を飲んでいるなんて不思議な光景だ。
まぁそれは俺も同じなんだけど。
「やっぱおかしいなぁ、こんなはずじゃなかったんだけど」
そんな一ノ瀬はぽつりとつぶやいて行く。
「おかしいって何が?」
おしるこを飲み終わり、すぐさま、もともと持っていたお茶を飲みなおした。
「帰宅部の霧平雪雛と月光さん、涼月さん、それと瀬戸君って知ってる?」
一ノ瀬は指を折り曲げ一人ひとりカウントしながら名前をあげていく。
帰宅部か。東雲高校にまだいた頃、めちゃめちゃな体育祭で優勝した部活。
今年になって出来た部活だと聞いてはいたが、何をやっているかは知らない。
クラスメイトにも瀬戸雪哉という帰宅部の部員がいるけれど、担任の西内と瀬戸がやたらバトルを繰り広げているのを、俺は横目で通り過ぎる……という関係だから、ほとんど面識はない。
「帰宅部は瀬戸しか知らない。あの体育祭めちゃめちゃだったから、メンバーを覚えるどころじゃなかったし……んで、その帰宅部がどうしたんだ?」
「あのね、帰宅部は女の子の方が強いんだよ」
真顔でそう言ってくるが、意味がわからない。
「は?」
「だーかーらー、帰宅部は女の子が強くて、いつも瀬戸君に勝ってるの!」
どういうことだ? 何が言いたい?
例えばね、と一ノ瀬は続けていく。
「雪雛と月光さんは瀬戸君の脛を蹴るのが上手なの。それで、涼月さんは肩の関節はずしが得意。瀬戸君の関節を鮮やかに外すの遠目から見たけど、すごかったよ! だから私も帰宅部の女子みたいに星倉に蹴りの一つでも食らわせて、こっちのペースに巻き込みたいって思ってたんだけど……なかなかうまくいかないもんだね」
目の前の一ノ瀬は困ったように笑う。
おいおい……まじかよ。
一ノ瀬の話を聞いた俺は、頭を抱えていった。
瀬戸、お前帰宅部で女子にいじめられてんのか?
全然そんな素振り見せてなかったのに。
担任教師、西内とバトルしていたのも、もしかして気を引きたいがためにやっていたことなのか……?
よし。東雲高校に帰ったら、瀬戸を連れて皆と遊びに行こう。
いじめに屈しちゃならねぇぞ、瀬戸!
そして……
一ノ瀬は一体何を目指しているんだ。
蹴られるんじゃないかと、自分の足をひっ込めてしまう。
「お前、暴力女にでもなりたいわけ? 自分のペースに巻き込みたいって……もう十分巻き込んでるじゃねぇか。これ以上巻き込まれたら俺の身がもたねぇよ」
げんなりしながらそう答えると「そっか、巻き込めてるか」と一ノ瀬は笑った。
それはこの世界で久しぶりに見た、とても自然な笑顔で。
こっちまで不思議と嬉しくなってしまったのは、内緒にしておこう。




