表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/18

夏日

――どうしたらいいのか、決めかねてる。返事は少し待ってくれないか?



 結局、俺は『一ノ瀬と付き合うふりをするべきか』という問題を先送りにした。

 だが、お互いの現状を考えると、付き合うふりをするのがベストだとは思っている。




 だってもしも、うっかり誰かのルートに入って、この世界のキャラクターと付き合うことになったら……


 運良くハッピーエンドを迎えて、元の世界に戻れるならそれはまだいい。

 だけど最悪の場合、元の世界にも帰れず、高校卒業と同時に結婚だとか、行きたくもないのに、ここでできた彼女と海外へ留学だとかもありうるから。


 誰かと付き合ってみて、進退できぬハッピーエンドを目指すのはリスクが高すぎる。

 美少女ゲームで、付き合った後の世界が細かく描かれているものなんて、そうそうない……だろ?


 ここから出る方法を探すための時間稼ぎをするためにも、一ノ瀬と付き合うふりをするのが上策だ。



 そう思う一方で、待ったをかける自分もいて。


 付き合った経験のない一ノ瀬。

 紛れもなく女なのに、女らしくあることに憧れを抱く不思議なやつ。

 そして、あの疲れたような妙な笑顔……



 周りを欺くための嘘だとはいえ、どこか純粋なあいつの、はじめての彼氏が好きでもない俺でいいのか?




 いくら考えてみても、正解は見つからなくて。

 一ノ瀬がコンタクトをとってこないことをいいことに、俺は問題を先送りにし続けたのだった。




☆゜*・。.。・*゜*・。.。・*゜*・。.。・*゜*・。.。・*☆



「ったく、今日はあちいな。これぞ夏日ってやつか」


 下駄箱の前で、(ひたい)から垂れてくる汗を右腕でぬぐう。


 校舎の外にはギラギラ輝く太陽と、ゆらゆらとゆらめく蜃気楼のような大気が広がっている。

 けたたましく鳴きだした蝉の声と、夏独特の湿ったにおい、肌のべたつき。


 疑いようもなく……夏。



 靴紐を結び直して、深くため息をついた。

 こんな炎天下では下校するだけで、ずいぶんと体力が削られるだろう。

 家にたどり着くまでの距離と時間を思うと、気持ちが萎える。 


 さっき、後輩でラクロス部の犬飼りんが立ててきたフラグをへし折るのも相当キツかったしな。



 頑張り屋なちびすけ、犬飼りん。

 子犬のようなうるうるした目で「先輩! わたし、はじめて試合に出してもらえるんです! 見ていってくれませんか?」とすがりついてきて。


 うっかり「よかったな、試合どこでやんの?」と言ってしまいそうになり、ハッとした。


 

 ここは美少女ゲームの世界。

 女の子に思わせ振りな態度をとっただけで好感度は上がる。

 友達なんてものは存在しない。

 付き合うか、付き合わないか、ただそれだけ。


「悪いけど今日は用事あるから」

 ゲームの世界のキャラに罪悪感を持つ必要はないと知りつつも、真顔で断るのはやはり心苦しい。


「そうですか、じゃあまた誘いますね!」

 そんな俺の苦しさも知らず、犬飼はにこにこと笑い、手を振りながら去っていった。




 早いもんで、もう七月。

 こんな世界に来てから二ヶ月近くもたった。

 図書館やネットで、この世界について調べたりしてはいるが、有力な情報は一切なし。


 そういや、最近一ノ瀬を見かけていない。

 あいつも、ふりかかるフラグを壊しまくる日々を送っているのだろうか。



 まぁ、いいや。

 一ノ瀬のことだから、探しに行かなくてもきっと、嫌なタイミングでひょっこり現れだろうし、こんな暑い日は何も考えたくない。

 冷えた炭酸でも飲みながら、帰るとしよう。


 財布から小銭を取りだし、下駄箱のすみに置かれた自販機に入れていく。


 コーラにしようか、サイダーにしようか……


 真剣に悩んで決めた。

 今日の帰り道の(とも)は、コーラだ。


 コーラの下で赤く光るボタンに手を伸ばす。



――ばんっ


 真横から勢い良く、物を叩く音がした。


「星倉ぁ、この世界容赦ないよぉ」

 自販機に両手をつき、へなへなと崩れ落ちていくのは、一ノ瀬。

 しばらく見ない間に少しだけ髪がのびている。


――ウィーン……


 何だこの音……?

 まさか!


――ガラガラン


 やっぱり……。


「一ノ瀬! お前が最悪なタイミングで自販機に手をついたせいで、コーラじゃないのが出てきたじゃねぇか!」


「へ? あっ、ごめん! だけど、コーラじゃないにしろ、お茶かジュースでしょ。男なら細かいことにはこだわらないの」


 慌てた一ノ瀬は、自販機の取り出し口のふたを開けていく。



 確かに一ノ瀬の言うように、飲みたいものが飲めないからと怒るのは小さい男のような気がするな。

 お茶かジュースでも仕方ないか。



「残念ながらコーラじゃないけど、きっと星倉も気にいるよ」

そう言って、彼女は取り出し口の中に手を伸ばした。



 お茶かジュースなら、ジュースの方がいい。

 一ノ瀬の動きを見つめながらそんなことを思う。



「ほら、夏にぴったり。甘くて、おいしい飲み物だよ……あちち」


 あちち?


「はいこれ。正解はジュースでした!」


 手渡された飲み物。それを受け取った右手が熱い。

 恋愛の表現とかじゃない。実際に熱い。



「これのどこがジュース……? おしることジュースは別物だろうが!」 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ