いい国といい箱
「いい国作ろう鎌倉幕府、数年前まで先生も鎌倉幕府は1192年に作られたもんだと、そう思い込んでいた」
――一ノ瀬はこの世界のキャラクターだと、そう思い込んでいた。
「だが、ある日衝撃の事実が飛び込んできたんだ。1192年ではなく1185年。いい国ではなくいい箱だったんだ!」
――だけど、飛び込んできたのはあいつも東雲高校の生徒だという事実
――男だと思っていたら、女。
――アホなやつだと思っていたら、実は生徒会のハルカ女史だった。
そんなあいつからさらに驚くようなことを告げられて……
「それから教科書改訂まで俺の葛藤はすさまじかった。教科書通りなら1192年、だが真実に近いものは1185年。いい加減にするわけにはいかないし、俺は悩みに悩みぬいたのさ」
五時限目の授業で、とにかく鎌倉幕府について熱く語る歴史教師。
だが、俺の耳と頭には、その話が自分のことのように変換され、先ほどの屋上での場面を思い出してしまう。
――俺はいったいどうすればいい?
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暖かい日差しが俺たちを優しく照らし、やわらかな風が俺たちを包んでいく。
「あのさ、星倉……」
一ノ瀬はふと言葉を止める。
物憂げにうつむくその様子に、思わずどきりとした。
艶やかな黒髪に、きらきらと輝く深い漆黒の瞳。透き通るような肌の色。
認めたくはないが、確かにこいつは綺麗だ。
へらへらと笑わず、黙ってさえいれば……だけど。
そして、顔を上げた一ノ瀬は俺の目を見つめて、真剣な声でこう言った。
「私と付き合ってください」
自分の耳を疑った。
俺と一ノ瀬は出会ってまだ日が浅いし、こいつが俺を好きになるようなエピソードだって一つもない。
「付き合ってって……どういう意味でだよ」
「そのまんまの意味で」
「彼氏彼女的な意味で……か?」
「そうだね。でも、正確に言うと、付き合うふり……かな」
一ノ瀬は困ったように笑う。
「それどういうことだ? 何企んでやがる」
「人聞き悪いなぁ、もう。企んでなんかないよ、ただ提案してるだけ。星倉は美少女ゲームの世界に入り込んでて、私は乙女ゲームの世界に入り込んでる。共に存在するはずのない世界が、偶然合わさって私たちは今ここにいる。これを利用しない手はないよね?」
あぁ、やっぱりコイツはハルカ女史だ。
アホなようでいて、案外頭の回転がいい。
「なるほど。だからさっき俺のことを枠外って言ったのか…枠外ってのは、ルート設定のされてない人ってことだったんだろ?」
「うん。何回好感度を確認しても、星倉の名前はなかった。君とのルートに入ることはないし、もちろんハッピーエンドもバッドエンドもない」
「恋愛対象外の俺たちが付き合うふりをすることで、対象キャラクターとの恋愛フラグを回避して、ルートに入るのをお互いが防げるってことか」
俺の言葉に一ノ瀬はこくりと頷いた。
確かにこの方法をとれば、フラグ回避も容易いだろう。
何があっても『付き合ってる人がいるから』その一言で片付けられる。
だけど。
「その提案、俺は大歓迎だけどさ……一ノ瀬、お前はそれでいいのか? 好きでもない男のそばにいて、手を繋いだり、一緒に下校したりするんだぞ。フリとは言っても、男と付き合うのはじめてなんじゃないのか? 女の子ってはじめてのデートだとか記念日だとか、そういうの大事にするんだろ? 俺は男だしよくわかんねぇけど……」
そう伝えると、一ノ瀬は目を丸くして驚いていて。
「へぇ、星倉って案外優しいんだね。さすがタキシードをすすめられるだけあるなぁ」
いつまでそのネタ引っ張るんだよ、と突っ込もうとしたら……彼女は俺を見て、静かに笑った。
明るく楽しそうに話す様子から一変、彼女の醸し出す雰囲気は疲弊しているようで。
様子の変わった彼女に驚きを隠せなくなる。
「はじめてのデートだとか、好きな人と手を繋いで帰るだとか、そういうのに憧れた時期も確かにあった。あったけど……もういいの。だって、こんなふうな毎日は、しんどすぎるから」
「お前、どうし……」
「私のことは、どうでもいいんだ。星倉の答えを聞かせてよ。君はどうする? どうしたい?」
真剣な目で彼女は俺の目を見つめた。
へらへらした笑みも、ふざけた様子も一切ない。今までの一ノ瀬とは何かが違う。
「俺は……」




