第2話:神田の風と、必勝の銭の音
冬の澄んだ空気が心地よく肌を刺す、ある晴れた日の午後。
神田の街並みを颯爽と歩く人影がふたつあった。
「いいかおはな、勝負の神様ってのはな、日頃から信心深く足繁く通ってる男に味方するもんなんだよ!」
「はいはい。普段は『おみくじで大吉引いた時しか信じない』って言ってるくせによく言うわね、豹馬」
威勢よく胸を張る銭形豹馬の横で、猿飛英恵がジト目で軽快なツッコミを入れる。
二人が目指しているのは、江戸の総鎮守として知られる「神田明神(神田神社)」だ。神田育ちの豹馬にとって、ここは幼少期から慣れ親しんだ地元の氏神様であり、銭形平次の碑が建つゆかりの聖地でもある。
立派な鳥居をくぐり、朱塗りの鮮やかな隨神門を抜けると、境内には清廉な気が満ちていた。
手水舎で清めを済ませ、本殿の前へと進む。
「……よしっ」
豹馬は黒いナイキのバックパックを肩から降ろし、腰のスマホポーチを軽く整えると、賽銭箱の前で姿勢を正した。
ポケットから取り出したのは、ぴかぴかに磨かれた五円玉――ではなく、ずっしりと重みのある「寛永通宝」を模した特注のキーホルダーだ。もちろん、そこには「銭形」の誇りが込められている。
――ガチャン!!
威勢よく賽銭箱へ投じると、パンパン!と力強く二手打を打ち、深々と頭を下げた。
(神様、見ててくれよ! 来年の三月はいよいよ『ドリームチャンピオンシリーズ』だ! 相手はメジャーのバケモノやらサイ・ヤンガー賞投手やらがゴロゴロいるDWAだが……この銭形豹馬のジャガーボールと銭形ツーシームで、絶対に荒武者ジャパンを世界一にしてみせるぜ! ついでに、俺の完封勝利も頼む!!)
「……ねえ豹馬、お願い長すぎない? 神様も欲望のてんこ盛りで困ってるんじゃない?」
隣で早々にお参りを終えていた英恵が、可憐な顔をほころばせながら苦笑する。
「バカ言え! 勝負師が遠慮してどうすんだ! 気合を入れてお願いすんのが礼義ってもんだろ!」
本殿を背にし、境内の「銭形平次の碑」を横目に境内を歩き出す二人。
ふと、英恵が真面目な面持ちで口を開いた。
「でも、相手は本当にすごいメンツよ。26歳の若さでDWAの抑えを務めるダイアナ・ムーンストーンの『ムーンライトボール』に、兄のアポロの怪物的なパワー……。それに、メジャーの本塁打王アール・ジャージでしょ? 簡単なお願いじゃ届かない相手なのは確かね」
「ふん、26歳の双子バッテリーか。苦労人だか何だか知らねえが、マウンドに立ったら年齢もキャリアも関係ねえんだよ!」
豹馬は角刈りの頭をガリガリと掻きながら、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「あの『DWA』の超豪華打線を相手に、俺のジャガーボールがどこまで通じるか……考えただけでゾクゾクしてくるぜ! それに、お前だって荒武者ジャパンのショートとして、あの神速の守備で打球をことごとく拾い集めてくれるんだろ?」
「当然じゃない! くノ一の守備をナメてもらっちゃ困るわ! どんな打球だって一歩も動かさずに捌いて見せるんだから!」
自信満々に胸を張る英恵の姿に、豹馬も大きく頷いた。
「おうよ! 江戸っ子の意地と誇り、そして銭形の魂を見せてやろうじゃねえか!」
冬の透き通った神田の空に、二人の威勢の良い声が響き渡る。
江戸の神様に見守られながら、昭和気質の異端サイドスローと神速のくノ一ショートの決意は、よりいっそう強固なものへと変わっていくのだった。
(第3話へ続く)




