第12話:くノ一対月の女神
スコアは4-3。荒武者ジャパンが1点を勝ち越し、なおも1死満塁の絶好機。
東京ドームのボルテージが最高潮に達する中、右打席へゆっくりと歩み寄る小さな影があった。
「さあ、ここからが本当の忍びの技ってやつを見せてやるよ!」
9番・ショート、猿飛英恵。
右投両打である彼女は、マウンド上で冷徹な闘志を燃やす左のサブマリン、ダイアナ・ムーンストーンを見据え、あえて右打席を選択した。左投手であるダイアナの軌道を最も捉えやすい、計算し尽くされた立ち位置だ。
「ふん、日本のちっぽけな忍者崩れが……私の『ムーンライトボール』を打てるものなら打ってみなさい!」
ダイアナの美貌が冷ややかな笑みに歪む。
投球モーションに入ったダイアナの左下手から、一筋の白球が放たれた。
それは一度ふわりと浮き上がり、手元で急激に揺れながら沈み込む魔球――「ムーンライトボール」!
「っ……!」
驚異的な軌道に英恵の体がわずかにのけぞりかけるが、そこは流石は猿飛佐助の末裔。一瞬で体勢を持ち直し、ギリギリのところでバットを合わせた。
――コツンッ!
「ファウル!」
ここから、球界が息を呑むほどの壮絶な「粘りの芸術」が始まった。
ダイアナが投じる外角低めのムーンライトボール、内角をえぐる高速サブマリン特有の直球。英恵は驚異的な反射神経と類まれなバットコントロールで、どんな悪球をもすべてファウルにし、執念深く食らいついていく。
「またファウル……! なんてしぶといんだ、あの小柄なバッターは!」
DWAの捕手であるアポロ・ムーンストーンが、マスクの下で思わず舌を巻く。
投球数はすでに10球を超え、ダイアナの額にはうっすらと汗がにじみ始めていた。完璧に制圧してきたはずの魔球をこれほどまでに粘られ、ダイアナの瞳にわずかな動揺の色が走る。
(……あたしの球を、ここまで……!)
(もらったぁっ!)
14球目。ダイアナが投じた勝負の真ん中低め、わずかに甘く入ったムーンライトボール。
その一瞬の隙を、英恵の研ぎ澄まされた野生の勘が逃さなかった。
――ガキィィィンッッ!!
甲高い、しかし芯を捉えた澄んだ快音が東京ドーム全体に響き渡る!
英恵のフルスイングから放たれた白球は、前進守備のショートの頭上を越え、野手の誰もいない左中間を鋭く真っ二つに切り裂いた!
『抜けたぁーっ!! 打球はフェンスに到達だ!!』
「走れ走れぇーっ!!」
三塁から達摩豪、二塁の鈴江誠也、そして一塁の若武健矢が、次々とホームベースへと駆け込み、さらにバッターランナーの猿飛英恵も持ち前の俊足を飛ばして頭からホームへ!セーフだ!!
『 猿飛英恵、見事な満塁ランニングホームラン!!土壇場で大仕事です!! スコアは8対3! 荒武者ジャパンがリードを5点に広げました!!』
ホームを滑り込んだ後、英恵は大きなガッツポーズを作り、勝ち誇ったように微笑んだ。
一方のマウンド。ダイアナ・ムーンストーンは両膝をつき、信じられないという表情で自分の両手を見つめていた。精神力と球数を極限まで削られ、完全に打ち砕かれたその姿に、DWAベンチから監督のトロイ・フルマンが慌てて飛び出してくる。
「タイム! ピッチャー交代だ……!」
魔球を操る月の女神ダイアナは、まさしく「くノ一」の執念の前に完全KO降板を告げられたのだった!
(第13話へ続く)




