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神様はバンド名がダサいと言った  作者: 山吹 ことり


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第九話 三人の前の日

 三人で出るライブの前日。


 スタジオは、いつもより長く取った。


「もう一回」


 俺が言う。


「今ので四回目」


 ヒロキ。


「あと一回」


「五回目」


「数えるな」


「数えなくても五回目」


「細かいな」


 ヒロキがスティックを置く。


「喉大丈夫?」


 シズクが聞く。


「大丈夫」


「さっきから水ばっか飲んでるけど」


「歌うからだろ」


「ライブ前に潰したら意味ないよ」


「分かってる」


「分かってる人は五回も通さない」


「まだ四回」


「今から五回目やろうとしてたじゃん」


「……」


「休憩」


 勝手に決められた。


 俺はギターを下ろす。


 喉に手を当てる。


 別に痛くはない。


 声も出る。


 でも。


 少し気になるだけで。


 何度も水を飲んでしまう。


 レンがいた頃。


 俺は歌の心配なんてしたことがなかった。


 声が出るか。


 高いところが届くか。


 歌詞を間違えないか。


 そんなことは全部。


 レンの仕事だった。


 俺はギターだけ考えていればよかった。


 弦。


 音。


 アンプ。


 足元。


 それでよかったのに。


 今は。


 ギターより喉の方が気になる。


「変なの」


「何が?」


 シズクが聞く。


「いや」


 自分で笑う。


「今までレンが普通にやってたこと、結構大変だったんだなって」


「今さら?」


「今さら」


 ヒロキが言う。


「歌いながらギター弾くのも大変そう」


「大変だよ」


「じゃあギターやめる?」


「それはもっと嫌」


「即答」


「俺ギターだから」


 言ってから。


 少し止まる。


「……ボーカルでもあるけど」


 シズクが笑った。


「慣れてきたじゃん」


「まだ仮」


「明日ライブ出るのに?」


「明日終わったら考える」


「まだ言ってる」


「悪い?」


「別に」


 ミョンはアンプの上に座っていた。


「いつまで同じところを回っておる」


「何が」


「お前じゃ」


「俺?」


「歌うのか。歌わぬのか。続けるのか。考えるのか」


「考えるのは普通だろ」


「考えすぎじゃ」


「誰のせいでこうなってると思ってんだよ」


「わしではない」


「最初に歌えって言っただろ」


「言っただけじゃ」


「一番面倒なやつ」


「歌うと決めたのはお前じゃろ」


「……はいはい」


 またそれだ。


 最後は必ず。


 俺に戻ってくる。


「休憩終わり」


 立つ。


 ヒロキが時計を見る。


「早くない?」


「もう一回だけ」


「本当に一回?」


「本当に」


「信用ないなあ」


「やるぞ」


 マイクの前に立つ。


 ギターを構える。


 明日。


 ここじゃない。


 ライブハウス。


 照明。


 客。


 その前で。


 俺が歌う。


「アキ」


「何」


 シズク。


「顔固い」


「今から?」


「今から」


「演奏前なんだけど」


「明日も演奏前からその顔?」


「うるさいな」


 ヒロキがカウントを始める。


 イントロ。


 ギター。


 少しだけ。


 前を見る。


 前よりは。


 できるようになった。


 マイクだけじゃなく。


 シズクを見る。


 ヒロキを見る。


 誰もレンの代わりをしていない。


 シズクはベースを弾く。


 ヒロキはドラムを叩く。


 俺は。


 ギターを弾いて。


 歌う。


 一曲終わる。


「どう?」


 息を整えながら聞く。


「今のいい」


 シズク。


「止まらなかったし」


 ヒロキ。


「基準低くない?」


「最初よりはかなり」


「最初の話やめろ」


「レンの真似してたやつ?」


「やめろって」


 ミョンが笑っている。


「何」


「いや」


「言えよ」


「少しはお前になったのう」


「少し?」


「うむ」


「明日本番なんだけど」


「明日また変わるじゃろ」


「それ困るんだけど」


「なぜじゃ」


「完成してから出たいだろ」


 ミョンが首を傾げる。


「音が完成することなどあるのか?」


「……」


「昨日と今日でも違う」


「まあ」


「なら明日も違う」


「それはそうだけど」


「明日の音を鳴らせばよい」


「簡単に言うな」


「簡単じゃ」


 いつもの答えだった。


     ◇


 休憩中。


 俺は床に座ってセットリストを見る。


 一曲目。


 二曲目。


 三曲目。


 全部。


 レンが歌っていた曲だ。


 歌詞も変えていない。


 キーも。


 ほとんどそのまま。


「やっぱ一曲目変えた方がいいかな」


「何で?」


 シズク。


「最初からあれきつい」


「昨日それで決めたじゃん」


「昨日は昨日」


「明日は明日?」


「ミョンみたいなこと言うな」


「影響されてる」


「されてない」


 ヒロキがセットリストを見る。


「俺はこのままでいい」


「理由は」


「覚え直すの面倒」


「お前に聞いた俺が悪かった」


「でも」


 ヒロキが続ける。


「一曲目でアキ歌うって分かった方がよくない?」


「……」


「後ろに持っていってもどうせ歌うし」


「まあ」


「最初からやれば」


 ヒロキにしては。


 まともだった。


「じゃあこのまま」


「うん」


「明日逃げるなよ」


 シズク。


「逃げない」


「本当に?」


「ここまでやって逃げたら俺が一番恥ずかしいだろ」


 そう言いながら。


 少しだけ。


 逃げたい気持ちはあった。


 ライブが終わるまで。


 誰にも見つからない場所に。


 でも。


 たぶん。


 それをやったら。


 雨音クラブも。


 そこで止まる。


     ◇


 ミョンが急に黙った。


 さっきまでアンプの横にいたのに。


 床を見ている。


「何」


 返事がない。


「ミョン」


「……音がする」


「音?」


「うむ」


「下のスタジオじゃない?」


「下?」


 シズクが聞く。


「ミョンが何か聞こえるって」


「このビル、地下あったっけ」


「ないはず」


 ヒロキ。


「一階までしか知らない」


「ここ二階だぞ」


「じゃあ下は一階でしょ」


「そうだけど」


 ミョンはまだ床を見ている。


 いつもの。


 菓子を見ている時とも。


 演奏を聞いている時とも違う顔だった。


「もっと下じゃ」


「地下ないって」


「音はある」


「どんな」


 ミョンは少し考える。


「古い音」


「何それ」


「知らぬ」


「歌?」


「違う」


「楽器?」


「それも違う」


「じゃあ何」


 ミョンは答えない。


 床へ手を伸ばす。


 触れるわけでもなく。


 少しだけ近づけて。


「前にも聞いたことある?」


「……」


「ミョン?」


「分からぬ」


 珍しかった。


 ミョンが。


 分からないことを気にしている。


「気になるなら見に行く?」


 俺が言う。


「どこへ」


「一階」


「そこではない」


「じゃあ無理だろ」


 地下がないなら。


 行きようがない。


「明日ライブだし」


「うむ」


「今日はもう終わろう」


 ミョンは少しだけ床を見ていた。


 でも。


「そうじゃな」


 それ以上は何も言わなかった。


 俺も。


 明日のことで頭がいっぱいだったから。


 その話は。


 そこで終わった。


     ◇


 練習後。


 家に帰る。


 ギターを置いて。


 風呂に入って。


 飯を食って。


 それでも。


 まだ寝るには早かった。


 スマホを開く。


 ライブの告知。


 反応が増えている。


『三人になるんだ』


『アキ歌うの?』


『どんな感じになるんだろ』


『レンじゃない雨音クラブって想像つかない』


 最後の一つで。


 指が止まる。


「……俺もだよ」


「何がじゃ」


「うわ」


 ベッドの横からミョンが覗いている。


「急に出てくるなよ」


「ずっとおった」


「それもっと怖い」


「何を見ておる」


「明日の反応」


「まだ明日になっておらぬ」


「告知の」


「ふむ」


 画面を閉じる。


 見ても。


 仕方ない。


 分かってる。


 でも。


 また開く。


「アキ」


「何」


「何度見ても増えるだけじゃ」


「分かってる」


「では閉じよ」


「簡単に言うな」


「指を動かすだけじゃ」


「そういう意味じゃない」


 前にも。


 似たようなことを言われた気がする。


「怖いのか」


 ミョンが聞く。


「……怖い」


 言った。


 思ったより。


 すぐ出た。


「何が」


「失敗する」


「うむ」


「歌詞飛ぶ」


「あるかもしれぬ」


「声出なくなる」


「あるかもしれぬ」


「客減る」


「うむ」


「レンと比べられる」


「うむ」


「レンの方がよかったって言われる」


「あるかもしれぬ」


「三人じゃ雨音クラブじゃないって言われる」


「うむ」


「否定してくれない?」


「なぜじゃ」


「こういう時は大丈夫って言うだろ普通」


「何が大丈夫なのか分からぬ」


「ひど」


「起こるかもしれぬものを、起こらぬとは言えぬ」


「神様っぽいくせに夢ないな」


「神とは言っておらぬ」


「まだ言う?」


「じゃが」


 ミョンが俺を見る。


「前より音はよい」


「……ほんと?」


「うむ」


「三人なのに?」


「三人だから悪いとは限らぬ」


「四人より?」


「比べる必要があるのか?」


「……」


「四人の音は四人の音じゃ」


「うん」


「三人の音は三人の音じゃ」


「でも同じ曲だよ」


「同じ曲でも」


 ミョンが言う。


「同じ音にはならぬ」


 黙る。


「明日は明日の音じゃ」


「……」


「それを鳴らせばよい」


「簡単に言うな」


「簡単じゃ」


「相変わらずだな」


「難しくしておるのはお前じゃ」


「それはあるかも」


 少し笑った。


 スマホを伏せる。


 明日のセットリストを。


 頭の中でもう一度確認する。


 一曲目。


 二曲目。


 三曲目。


 歌詞。


 コード。


 入り。


 終わり。


「アキ」


「何」


「まだ考えておる」


「寝る準備」


「嘘じゃ」


「……寝るよ」


 電気を消す。


 暗くなる。


 目を閉じる。


 明日。


 レンはいない。


 俺が歌う。


 三人で。


 雨音クラブとして。


 怖い。


 それは。


 たぶん朝になっても変わらない。


 でも。


 少なくとも。


 逃げるつもりはなかった。


 初めての三人のライブまで。


 あと一日。

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