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神様はバンド名がダサいと言った  作者: 山吹 ことり


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10/22

第十話 三人で鳴らす

 ライブ当日。


 楽屋でスマホを見ていたら。


 シズクに取り上げられた。


「返して」


「ダメ」


「何で」


「コメント見てるでしょ」


「見てない」


「今見てた」


「一個だけ」


「何て?」


「……レンじゃない雨音クラブって想像つかないって」


「だから見ない」


「でも」


「今日終わってから」


「分かった」


 シズクがスマホを自分の鞄の横に置く。


「そこ俺届くけど」


「取ったらまた預かる」


「何そのシステム」


 ヒロキが横で欠伸をする。


「緊張しないの?」


 俺が聞く。


「するよ」


「見えない」


「顔に出ないから」


「羨ましい」


「アキは出すぎ」


「みんな言うな」


「さっきから足動いてるし」


「動いてない」


「動いてる」


 見る。


 動いていた。


「……止めた」


「そういう問題?」


 ミョンが壁際にいる。


 いつも通り。


 ライブハウスの楽屋なのに。


 一人だけ何も変わらない。


「アキ」


「何」


「他人の声を聞きすぎじゃ」


「今スマホ取られた」


「そういう声ではない」


「何」


「レンだったら、とか。客がどう思う、とか」


「……」


「それを聞くほど、お前の音が小さくなる」


「じゃあ何聞けばいいんだよ」


 ミョンはステージの方を指した。


「今から鳴る音」


「まだ鳴ってないけど」


「だから聞くのじゃ」


「意味分かんない」


「分からぬままでよい」


「お前それ便利だな」


 シズクがこっちを見る。


「ミョン?」


「うん」


「何て?」


「余計なこと考えるなって」


「正しい」


「お前らほんと同じこと言うな」


「じゃあ正しいんじゃない?」


「……」


 反論できなかった。


     ◇


 出番直前。


 ステージ袖から客席を見る。


 人は。


 思ったよりいた。


 満員じゃない。


 でも。


 空いていると思っていたところまで、人がいる。


 前に来ている人。


 後ろで腕を組んでいる人。


 雨音クラブを前から知っている人も。


 今日初めて見る人も。


 たぶんいる。


 その中に。


「……え」


 見つけた。


 レン。


 後ろの方。


 帽子をかぶって。


 壁際に立っている。


 普通に客として。


「レン来てる」


 シズクが気づく。


「聞いてない」


「私も」


「何で来るんだよ」


「見たかったんじゃない?」


「よりによって今日?」


「今日だからでしょ」


 急に。


 さっきまでより緊張した。


 喉。


 手。


 心臓。


 全部が一気に気になる。


 最初の歌詞。


 飛ばないか。


 声。


 震えないか。


 ギター。


 間違えないか。


 レンに。


 どう聞こえるか。


「アキ」


 ミョン。


「何」


「あれ一人に歌うのか?」


「違う」


「では見るな」


「分かってる」


「今のは分かっておらぬ声じゃ」


「うるさい」


「レンは客の一人じゃ」


「分かってるって」


「なら前を見よ」


 スタッフの合図。


「雨音クラブさん、お願いします」


 ヒロキが先に出る。


 シズク。


 俺。


 ステージに出た瞬間。


 照明が眩しい。


 客席が。


 さっきより見えなくなる。


 少しだけ。


 助かった。


 マイクの前。


 ギターを構える。


 息を吸う。


「雨音クラブです」


 自分の声。


 客席に出る。


 思っていたより。


 ちゃんと聞こえた。


 それだけで。


 少しだけ腹が決まった。


     ◇


 ヒロキがカウントを出す。


 一曲目。


 イントロ。


 ギター。


 シズクのベース。


 いつものところで。


 歌が入る。


 俺の声。


 最初の一行。


 少し震えた。


 分かった。


 たぶん客にも。


 分かったと思う。


 それでも。


 止まらない。


 二行目。


 三行目。


 歌う。


 ふと。


 頭の奥に。


 レンの声が出てくる。


 ここは。


 レンなら少し遅らせる。


 この語尾は。


 レンなら抜く。


 何度も聞いた。


 何度も合わせた。


 身体が覚えている。


 一瞬。


 そっちへ寄りそうになる。


 レンの歌い方。


 レンの間。


 レンの声。


 違う。


 そう思った時。


 ヒロキのスネアが鳴った。


 横から。


 シズクのベース。


 今。


 鳴っている音。


 俺は一度息を吸う。


 次の歌詞。


 レンじゃなく。


 自分の声で出す。


 少し低い。


 少し粗い。


 きれいじゃない。


 でも。


 今は。


 これでいい。


 サビ。


 前を見る。


 客席。


 最初は。


 少し静かだった。


 知っている曲。


 でも。


 知っている声じゃない。


 たぶん。


 そんな顔をしている。


 分かる。


 気がする。


 それでも。


 歌う。


 終わる。


 拍手。


 大きいのか。


 小さいのか。


 よく分からない。


 でも。


 ちゃんと返ってきた。


「……」


 息を吐く。


 一曲終わった。


 逃げなかった。


「次」


 シズクが小さく言う。


「うん」


 二曲目。


 今度は。


 最初から。


 レンを探さない。


 歌詞。


 ギター。


 ヒロキ。


 シズク。


 それだけを見る。


 一番。


 二番。


 サビ。


 少しずつ。


 客席の反応が変わる。


 前の方で。


 リズムを取る人。


 頭を揺らす人。


 知っている歌詞を。


 口だけでなぞっている人。


 いる。


 俺の声でも。


 曲は。


 ちゃんと届いている。


 そう思った瞬間。


 少しだけ楽になった。


「……」


 三曲目。


 今度は。


 客席を見る余裕があった。


 ステージの端。


 後ろ。


 真ん中。


 レンがどこにいるか。


 一瞬だけ探しそうになる。


 でも。


 やめた。


 今は。


 レンに聞かせるために歌ってるわけじゃない。


 ここにいる人に。


 この曲を。


 今の雨音クラブで鳴らす。


 それだけ。


 ヒロキを見る。


 目が合う。


 いつも通り。


 何も言わない顔。


 シズクを見る。


 少しだけ笑っている。


 俺も。


 たぶん笑った。


 気づいたら。


 歌うことより。


 三人で鳴らすことの方が。


 頭の中で大きくなっていた。


 最後の曲。


 イントロ。


 もう。


 声は震えなかった。


 ギターを弾く。


 歌う。


 ヒロキが押す。


 シズクが支える。


 俺が前に出る。


 三人。


 それだけ。


 最後のサビ。


 客席から手が上がる。


 少しだけ。


 胸の奥が熱くなる。


 これ。


 悪くない。


 そう思った。


 最後の音。


 止まる。


 余韻。


 一瞬。


 静かになって。


 次に。


 拍手。


 さっきより。


 大きく聞こえた。


「ありがとうございました」


 ちゃんと声が出た。


 三人で。


 最後までやった。


 レンがいなくても。


 途中で止まらなかった。


 雨音クラブとして。


 最後まで。


 その事実だけで。


 足元が少し軽くなった。


     ◇


 終演後。


 楽屋に戻って。


 水を一気に飲む。


「疲れた」


「顔すごい」


 シズク。


「どんな」


「全部終わった顔」


「終わったからな」


「ライブはね」


 ヒロキが椅子に座る。


「歌えるじゃん」


「今さら?」


「本番で途中で帰るかと思った」


「帰るのはお前だろ」


「今日は帰ってない」


「偉そうに言うな」


 少し笑う。


 さっきまでの緊張が。


 やっと身体から抜けていく。


 その時。


 楽屋のドアが開いた。


「おつかれ」


 レン。


「……」


 来た。


 客席にいたんだから。


 来てもおかしくない。


 でも。


 顔を見た瞬間。


 また少し緊張した。


「……どうだった」


 聞くつもりはなかったのに。


 すぐ聞いた。


「早」


「いいから」


 レンが笑う。


「いいじゃん」


「ほんと?」


「うん」


「ほんとに?」


「何回聞くんだよ」


「だってお前」


「俺より合ってる曲あった」


「……それ褒めてる?」


「かなり」


「ヒロキみたい」


「何それ」


「さっき似たようなこと言われた」


「俺そんな雑じゃないけど」


「俺も雑じゃない」


 ヒロキが言う。


「お前は黙ってて」


「何で」


 少し笑う。


 レンがステージの方を見る。


「ちゃんと雨音クラブだったよ」


「……」


 その一言で。


 肩の力が抜けた。


 たぶん。


 今日。


 一番聞きたかった言葉だった。


 レンの声じゃなくても。


 四人じゃなくても。


 雨音クラブ。


「……そっか」


「うん」


「戻る?」


 半分冗談で言った。


 レンも笑う。


「戻らない」


「知ってる」


 言えた。


 前なら。


 冗談でも。


 たぶん言えなかった。


「でもまた見に来て」


「気が向いたら」


「そこは来るって言えよ」


「客としてな」


「分かってる」


「じゃあ」


 レンが手を上げる。


「また」


「うん」


 レンが帰っていく。


 背中を見る。


 でも。


 今度は。


 追いかけたいとは思わなかった。


 それでよかった。


     ◇


 帰り道。


 ミョンが隣を歩いている。


「どうじゃった」


「疲れた」


「それだけか」


「怖かった」


「うむ」


「最初、声震えた」


「聞こえた」


「言うな」


「事実じゃ」


「途中レンの真似しそうになった」


「それも聞こえた」


「何でも聞くなよ」


「わしは音を聞くものじゃ」


「便利だな」


「便利ではない」


「でも」


 少し考える。


「途中から」


「うむ」


「レンのこと、どうでもよくなった」


「ひどいのう」


「そういう意味じゃなくて」


「分かっておる」


「客とか」


「うむ」


「シズクとヒロキとか」


「うむ」


「そっち聞いてたら」


 言葉を探す。


「歌ってるの忘れた」


「それは忘れるな」


「違うって」


「冗談じゃ」


「お前冗談言うの?」


「言う」


「知らなかった」


 ミョンが笑う。


「で」


「何」


「また歌うのか?」


「……」


 一回だけ。


 そう言っていた。


 ライブ一回。


 それでダメなら。


 新しいボーカルを探す。


 そのつもりだった。


「またやってもいい」


「一回だけではなかったのか?」


「……うるさい」


「ボーカルを探すのでは?」


「まだ保留」


「ほう」


「何その顔」


「別に」


「お前が別にって言うな」


 ミョンが笑う。


 三人の雨音クラブ。


 レンはいない。


 俺が歌う。


 シズクが弾く。


 ヒロキが叩く。


 今日。


 初めて。


 それが客の前で鳴った。


 まだ。


 始まったばかりだった。

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