第八話 三人で出る
三人になって最初にやったことは。
SNSの文章を考えることだった。
「『この度、ボーカルのレンが脱退することになりました』」
俺が読む。
「硬くない?」
シズク。
「じゃあどうする」
「『レンが脱退しました』」
「短」
ヒロキ。
「そのくらいでよくない?」
「ファンに説明いるだろ」
「別れたことまで書く?」
「書くわけないだろ!」
シズクが笑う。
「それは絶対嫌」
「当たり前」
結局。
レンが脱退したこと。
雨音クラブは活動を続けること。
当面は三人でライブを行うこと。
それだけを書いた。
「これでいい?」
俺が聞く。
「いいんじゃない?」
シズク。
「俺も」
ヒロキ。
投稿ボタンの上で指が止まる。
「三人でライブ」
口に出す。
「ほんとにやる?」
「今さら?」
シズク。
「アキ歌うって決めたでしょ」
「一回だけ」
「ライブ一回?」
「そう」
「そのあとどうするの」
「そのあと考える」
「絶対続くやつ」
「決めつけるなよ」
ヒロキ。
「俺はどっちでもいい」
「お前はもう少し興味持て」
「ライブできるならいい」
「それ結構興味ある方じゃない?」
「そう?」
投稿。
雨音クラブ。
三人で続けます。
文字になった瞬間。
少しだけ現実になった。
◇
投稿して数分。
通知が一つ来た。
『レン脱退するんだ』
その次。
『雨音クラブ続くならよかった』
もう一つ。
『三人でどうなるんだろ』
指が止まる。
どうなるんだろ。
それは。
俺が一番知りたい。
「アキ」
「何」
「見すぎ」
シズクが言った。
「まだ三件しか来てないよ」
「三件でも気になるだろ」
「ライブで見せればいいじゃん」
「簡単に言うな」
「でも、それしかなくない?」
「……まあ」
スマホを伏せる。
レンが辞めたことも。
三人で続けることも。
もう。
俺たちだけの話じゃなくなった。
◇
その夜。
レンから個人メッセージが来た。
『次、アキ歌うの?』
「何で知ってんだよ」
『シズクに聞いた』
「口軽くない?」
『SNS見て気になって聞いた』
「なるほど」
少しだけ。
返信に迷う。
『一応』
送る。
『聞きたい』
『笑うなよ』
『笑わない』
『ほんとに?』
『曲残るならちょっと安心した』
その一文で。
返事が止まった。
レンも。
雨音クラブを嫌いになって辞めたわけじゃない。
分かっていたはずなのに。
少しだけ。
初めて分かった気がした。
自分が歌わなくても。
曲が残ることは。
レンにとっても。
少しだけ大事だったのかもしれない。
『ちゃんとやる』
送る。
『うん』
それだけ。
前みたいに長く話すことはなかった。
◇
ライブまで一週間。
スタジオ。
「アキ」
ミョンが言う。
「何」
「ずっと下を見ておる」
「ギター弾いてるから」
「客は床におるのか?」
「いない」
「では前を見よ」
「簡単に言うな」
「首を上げるだけじゃ」
「そういう意味じゃない」
シズクが演奏を止める。
「ミョン何て?」
「前見ろって」
「それは正しい」
「お前まで」
ヒロキも。
「マイクしか見てない」
「歌うので精一杯なんだよ」
「でも客いるし」
「分かってる」
「じゃあ練習しよう」
三対一。
いや。
ミョンを入れたら三人じゃないけど。
「もう一回」
ヒロキがスティックを上げる。
カウント。
イントロ。
今度は。
少しだけ前を見る。
最初の一行。
客席を想像する。
何人いるかも分からない。
レンの声を期待している人もいる。
違うと思われるかもしれない。
それでも。
歌うしかない。
途中。
また下を向きそうになる。
ギターを見る。
マイクを見る。
そのたび。
「前」
ミョン。
「分かってる」
小さく返す。
最後まで。
止めずに歌う。
「今の方がいい」
シズク。
「前よりは」
ヒロキ。
「前よりって何」
「前より」
「そのままじゃん」
ミョンが笑う。
「少し聞こえるようになった」
「何が」
「お前の音」
「またそれ?」
「うむ」
「じゃあもっと聞こえるようにしろよ」
「それはお前がやることじゃ」
「結局そこか」
「当然じゃ」
◇
練習後。
壁のステッカーを見ながら、ミョンが言った。
「雨音クラブ」
「また何」
「やはりダサいのう」
「変える?」
俺は半分冗談で言った。
ミョンは意外にもすぐ答えなかった。
「……いや」
「え」
「お前らの音には合っておる」
「ダサいのに?」
「ダサい」
「どっちだよ」
「変えるほどではない」
「何その評価」
ミョンが壁のステッカーを見る。
「雨の音みたいじゃ」
「俺らが?」
「うむ」
「どこが」
「同じように聞こえて」
少し間。
「毎回、少し違う」
急にまともなことを言う。
「……それ褒めてる?」
「知らぬ」
「最後まで責任持てよ」
「でも」
ミョンは続ける。
「三人でも、同じ名でよい」
「……」
「音が変われば、名まで変えねばならぬのか?」
「別に」
「なら、そのままでよい」
「ダサいのに?」
「ダサい」
「そこは絶対譲らないんだな」
ミョンが笑う。
俺も。
少しだけ笑った。
バンド名を変えようとは。
もう思わなかった。
三人でも。
レンがいなくても。
雨音クラブで出る。
次のライブは。
三人になって最初のライブだ。
俺が歌う。
シズクが弾く。
ヒロキが叩く。
それで。
どんな音になるのか。
まだ。
誰にも分からなかった。




