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神様はバンド名がダサいと言った  作者: 山吹 ことり


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7/20

第七話 歌えって言ったのはそっちだろ

「無理」


 マイクの前に立って三十秒。


 俺は言った。


「まだ歌ってない」


 シズク。


「立っただけで無理」


「帰っていい?」


 ヒロキ。


「お前は待て」


「じゃあ早くやって」


「プレッシャーかけるなよ」


「かけてない」


「その言い方がもう圧なんだよ」


 ミョンは壁際で笑っていた。


「面白いのう」


「お前が言い出したんだからな」


「歌うのはお前じゃ」


「知ってるよ!」


「今ミョン?」


 シズクが聞く。


「そう」


「応援してる?」


「笑ってる」


「ひど」


「だろ」


「緊張しておる顔が面白いだけじゃ」


「もっとひどい」


 マイクを見る。


 今まで。


 この前に立っていたのはレンだった。


 俺は少し後ろ。


 ギターを持って。


 レンの声を聞きながら弾く側。


 マイクの高さも。


 立つ位置も。


 目の前にある景色も。


 全部違う。


「アキ」


 シズク。


「何」


「ほんとに嫌ならやめる?」


「……」


「一回試すだけだから」


「分かってる」


 ここでやめたら。


 新しいボーカルを探すだけだ。


 それでもいい。


 昨日までは。


 そう思っていた。


「やる」


「じゃあ何やる?」


 とりあえず。


 レンが歌っていた曲を一つ選ぶ。


 何度もやった曲。


 歌詞も。


 コードも。


 全部覚えている。


「行くよ」


 ヒロキがスティックを上げる。


 カウント。


 イントロ。


 ギターを弾く。


 ここまではいつもと同じ。


 問題は。


 その次。


 いつもなら。


 ここでレンの声が入る。


 息を吸う。


 マイクに向かう。


 最初の一行。


 声を出した瞬間。


 自分でも分かった。


 変だ。


 声質は違う。


 レンみたいな声が出るわけじゃない。


 それなのに。


 語尾を抜くところ。


 息を置くところ。


 少し遅れて入るところ。


 全部。


 レンをなぞっている。


 何十回も。


 隣で聞いてきたから。


 身体が覚えている。


 二行目。


 三行目。


 歌えば歌うほど。


 レンじゃない声で。


 レンの歌い方を真似しているみたいになる。


「止めて」


 自分で止めた。


 ヒロキのドラムも止まる。


 シズクがこっちを見る。


「やっぱ無理」


「まだ一番の途中」


「いや、今の違う」


「何が」


「分かんないけど」


「分かんないの?」


「変なんだよ」


「音外してないよ」


「そういうことじゃなくて」


 ミョンが言う。


「お前がおらぬ」


「は?」


「今の歌」


「俺が歌ってるけど」


「声はお前じゃ」


「じゃあいるだろ」


「レンの音をなぞっておる」


「……」


「お前が消えた」


 腹が立った。


 言い方も。


 当たっていることも。


「消えてねえよ」


「ではもう一度歌えばよい」


「簡単に言うな」


「簡単じゃ」


「お前は歌わないから言えるんだよ」


「わしが歌っても意味がなかろう」


「そういう話じゃない」


 でも。


 自分でも分かっていた。


 今のは。


 俺じゃない。


 レンの代わりをしようとしただけだ。


「じゃあどう歌えばいいんだよ」


「お前の音で」


「それが分かんないから困ってる」


「知らぬ」


「そこまで言っといて?」


「わしがお前になることはできぬ」


「……」


「レンにもなれぬ」


「うん」


「なら、お前が探せ」


 少し黙る。


 確かに。


 それはそうだ。


 シズクがベースを持ち直す。


「もう一回やる?」


「……うん」


「同じ曲?」


「同じ」


 ヒロキもスティックを持ち直す。


「今度は途中で止めない?」


「多分」


「多分か」


「うるさい」


     ◇


 二回目。


 ヒロキのカウント。


 同じイントロ。


 同じコード。


 同じ歌詞。


 でも。


 今度は。


 レンを忘れることだけ考えた。


 ここでどう歌っていたか。


 どこで息を吸っていたか。


 全部。


 考えない。


 デモで仮歌を入れる時みたいに。


 上手く聞かせようとしない。


 誰かの声に合わせない。


 ただ。


 自分が出しやすいところで声を出す。


 最初の一行。


 さっきより低い。


 少し粗い。


 レンほど華やかじゃない。


 高いところも。


 同じようには伸びない。


 だから。


 少し変える。


 無理に伸ばさない。


 語尾も。


 自分が歌いやすいところで切る。


 二番。


 少しずつ。


 ギターと歌を同時にやることにも慣れてくる。


 最初は。


 手と口を別々に動かしている感じだった。


 途中から。


 同じ曲の中に入っていく。


 シズクのベースが聞こえる。


 ヒロキのドラムも。


 いつもなら。


 その上にレンの声がある。


 今日は。


 俺の声。


 違う。


 でも。


 曲が壊れるわけじゃない。


 サビ。


 少しだけ。


 声を前に出す。


 思ったより。


 出た。


 最後まで。


 止めない。


 最後のコード。


 音が消える。


「……」


 息を吐く。


「どう?」


 シズクを見る。


「あり」


「ほんと?」


「うん」


「気使ってない?」


「使う理由ある?」


「あるだろ」


「ない」


 シズクが少し考える。


「レンとは全然違うけど」


「うん」


「だからいい」


「だから?」


「同じにしようとすると変だった」


「やっぱ変だった?」


「かなり」


「そんなに?」


「一回目は、アキがレンの着ぐるみ着てるみたいだった」


「例えひどくない?」


 ヒロキが笑う。


「分かる」


「お前まで」


「二回目の方が全然いい」


「どこが」


「普通にアキだった」


「それ褒めてる?」


「かなり」


「お前ら褒め方下手じゃない?」


 シズクが続ける。


「雨音クラブとしても、ありだと思う」


「……」


「レンじゃないから変だけど」


「うん」


「変だからダメではない」


 少し。


 その言葉が残る。


 変だから。


 ダメではない。


 ミョンが笑う。


「やっと聞こえた」


「何が」


「お前」


 それだけ。


「さっきは消えてたんだろ」


「うむ」


「今は?」


「おる」


「当たり前だろ」


「音の話じゃ」


「分かってる」


 でも。


 少しだけ。


 嬉しかった。


 レンより上手いとか。


 ボーカル向きとか。


 そういうことじゃない。


 ただ。


 俺が歌った音を。


 俺だと言われた。


 それだけで。


 もう一回くらいなら。


 やってもいい気がした。


「次何やる?」


 俺が聞く。


 シズクが笑う。


「やる気じゃん」


「今の確認」


「はいはい」


「何その顔」


「別に」


「お前までそれ言うな」


     ◇


 もう一曲。


 今度は。


 最初から。


 レンの歌い方を思い出さないようにする。


 完全には無理だった。


 何年も一緒にやってきた。


 染みついている。


 それでも。


 さっきよりは。


 自分で選べた。


 ここは短く。


 ここは少し強く。


 ここは。


 ギターを減らして。


 歌を出す。


「アキ」


 途中でシズクが止める。


「何」


「そこ」


「どこ」


「サビ前」


「うん」


「ギター弾きすぎ」


「俺ギターなんだけど」


「今ボーカルでもある」


「……」


 まだ。


 その言い方に慣れない。


「歌聞こえにくい」


「じゃあ減らす」


「素直」


「正しいなら直すだろ」


 ヒロキが言う。


「前より大変だね」


「何が」


「自分で自分の邪魔してる」


「言い方」


「ギターと歌」


「分かってる」


 もう一回。


 今度は。


 ギターを少し減らす。


 その分。


 声を出す。


「あ」


 自分でも。


 少し分かった。


 今まで。


 レンの声のために空けていた場所。


 そこへ。


 自分の声を置く。


 そういうことなのかもしれない。


     ◇


 休憩。


 床に座って。


 水を飲む。


「喉どう?」


 シズク。


「変」


「痛い?」


「いや」


「じゃあ何」


「自分が歌ってるのが変」


「まだ言ってる」


「だって今までずっとギターだったし」


「ギターは今も弾いてる」


「そうだけど」


 スマホが震えた。


 雨音クラブのグループチャット。


 何か来たのかと思って開く。


 表示が変わる。


 レンが退出しました。


「……」


 一瞬。


 意味が分からなかった。


 見れば。


 分かる。


 四人だったチャット。


 上に並んでいた名前。


 一つ。


 消えている。


 シズクもスマホを見る。


 ヒロキも。


 誰も何も言わない。


「抜けたな」


 俺が言った。


「うん」


 シズク。


「そりゃ抜けるでしょ」


 ヒロキ。


「分かってる」


「連絡来てた?」


「いや」


「俺も」


 多分。


 わざわざ言うことじゃないと思ったんだろう。


 レンはもう。


 雨音クラブじゃない。


 だから。


 雨音クラブのグループから抜けた。


 それだけ。


 正しい。


 分かっている。


 それでも。


 画面で見ると。


 少し違った。


 ライブが終わった時より。


 はっきりしている。


 四人だった場所から。


 名前が消える。


「……」


 前なら。


 ここで。


 全部終わったみたいに思ったかもしれない。


 三人じゃ。


 雨音クラブじゃない。


 そう思っていた。


 でも。


 さっき。


 三人で音を出した。


 俺が歌った。


 シズクが弾いた。


 ヒロキが叩いた。


 ちゃんと。


 曲になった。


 レンはいない。


 その事実は。


 変わらない。


 でも。


 何もなくなったわけじゃない。


「ボーカル募集」


 シズクが聞く。


「どうする?」


 少し離れたところにある。


 マイクを見る。


 さっきまで。


 俺が立っていた場所。


「……ちょっと保留」


 言った。


 ヒロキが笑う。


「歌う気じゃん」


「まだ決めてない」


「今二曲歌った」


「それは試しただけ」


「三曲目もやる?」


「……やる」


「ほら」


「うるさい」


 シズクも笑っている。


「募集、一回止めとく?」


「まだ止めなくていい」


「何で」


「保留だから」


「言葉にこだわるね」


「大事だろ」


 ミョンも笑っている。


「何」


「別に」


「お前が別にって言うな」


「少し前まで、三人では雨音クラブではないと言っておったのう」


「……」


「今は?」


 少し考える。


「まだ分かんない」


「そうか」


「でも」


 スマホを見る。


 三人になったグループ。


 それから。


 マイク。


「終わりではないと思う」


 ミョンは。


 それ以上何も言わなかった。


 その日。


 雨音クラブは。


 本当に三人になった。


 そして。


 三人になってから初めて。


 次の音を鳴らした。

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