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神様はバンド名がダサいと言った  作者: 山吹 ことり


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4/20

第四話 最後のライブまで、あと六日

 レンが来た。


 最後のライブまで、あと六日。


 スタジオのドアが開いて、何事もなかったみたいに入ってくる。


「おつかれ」


 いつも通りの顔。


 いつも通りの声。


 遅刻もしていない。


「珍しい」


 ヒロキが言う。


「何が」


「時間通り」


「最後くらいちゃんとしようと思って」


「最後って言うなよ」


 俺が言う。


 レンは一瞬だけ俺を見て。


「ごめん」


 とだけ言った。


 シズクは何も言わない。


 ベースのチューニングを続けている。


 レンも声をかけない。


 少し前までは、二人が喋りすぎて練習が始まらないこともあった。


 今は。


 必要なことすら言わない。


「やろう」


 俺が言う。


 レンがマイクの前に立つ。


 その位置。


 昨日まで空いていた場所。


 そこに人がいるだけで、スタジオが狭く見えた。


「一曲目から?」


「うん」


 ヒロキがスティックを上げる。


 一、二、三、四。


 イントロ。


 ギターを弾く。


 次。


 レンが入る。


 声。


 一瞬で。


 昨日まで空いていた場所が埋まった。


 俺が余計なギターを足す必要もない。


 シズクのベースも、いつもの位置に戻っている。


 ヒロキのフィルも少ない。


 何も頑張っていないのに。


 ちゃんと曲になる。


「……」


 歌がある。


 それだけで。


 こんなに違う。


 二番。


 サビ。


 レンは一度も迷わない。


 俺が作ったメロディ。


 何十回も歌ってきた歌。


 息を吸う場所も。


 語尾を少し遅らせるところも。


 全部。


 知っている。


 俺も知っている。


 レンが次にどう歌うか分かるから、そこへギターを置ける。


 シズクも。


 ヒロキも。


 四人でやってきた時間が、そのまま音になっている。


 曲が終わる。


 余韻。


「……よくない?」


 思わず言った。


 ヒロキがスティックを回す。


「今日かなりいい」


「でしょ」


 俺はレンを見る。


「今の」


「うん」


「めちゃくちゃ合ってたよな」


「そうだな」


「じゃあ」


 言いかけて。


 やめる。


 何を言うつもりだったんだ。


 こんなに合うなら辞めなくていいだろ。


 たぶん。


 それだ。


「もう一曲」


 俺が言う。


「やろう」


 レンが答える。


 二曲目。


 三曲目。


 驚くほど、合った。


 いつもよりずっときれいだった。


 誰も余計なことをしない。


 レンの歌。


 シズクのベース。


 ヒロキのドラム。


 俺のギター。


 四つがちゃんとある。


 昨日。


 三人でどれだけ音を増やしても埋まらなかった場所に。


 レンの声が一つ入るだけで。


 全部が戻る。


 だから余計に嫌だった。


「うまいのう」


 ミョンが言った。


 アンプの横。


 今日はずっと静かに聞いていた。


「だろ」


「うむ」


「ほら」


「何がじゃ」


「ちゃんと四人でできる」


「できておるな」


「だったら」


「じゃが」


「何」


 ミョンはレンを見る。


「何も残ろうとしておらぬ」


「意味分かんない」


「レンの声」


 ミョンはマイクの前を見る。


「もうここにおらぬ」


「いるだろ」


 目の前にいる。


 歌っている。


 さっきまで。


「帰る音じゃ」


「何だよそれ」


「ここに残ろうとしておらぬ」


「普通に歌ってたじゃん」


「うむ」


「いつもよりよかった」


「うむ」


「じゃあ何が違うんだよ」


 ミョンは少し首を傾けた。


「迷っておらぬ」


「……」


「もう決めておる音じゃ」


 聞きたくなかった。


「アキ」


 シズクが言う。


「何」


「次やる?」


「あ」


 ミョンから目を離す。


「うん」


 もう一曲。


 四人で鳴らす。


 俺はさっきより強くギターを弾いた。


 何かを残そうとするみたいに。


     ◇


 練習が終わった。


「おつかれ」


 レンがマイクを片づける。


 シズクは先にベースをケースへ入れていた。


 最後まで。


 二人はほとんど話さなかった。


「ヒロキ」


「何」


「先帰っていいよ」


「言われなくても帰るけど」


「だと思った」


「おつかれ」


 ヒロキが出ていく。


 シズクも鞄を持った。


「私も帰る」


「うん」


 一瞬。


 レンを見る。


「おつかれ」


「おつかれ」


 それだけ。


 ドアが閉まる。


 俺はレンを見る。


「ちょっと話せる?」


「うん」


     ◇


 スタジオの廊下。


 自販機の横。


 レンが水を買う。


 ペットボトルの蓋を開ける音。


「シズクと別れたから?」


 俺は聞いた。


「辞めるの」


「それだけじゃない」


「じゃあ何」


 レンは少し考えた。


「俺、アキの曲好きだよ」


「……うん」


「今も好き」


「じゃあ」


「でも、ずっと歌いたいとは思わなくなった」


 意味が分からない。


「何で」


「俺の歌じゃない気がしてきた」


「お前が歌ってるだろ」


「そういう意味じゃなくて」


「分かんない」


「だろうな」


 レンが笑う。


 少しだけ。


 腹が立った。


「何で笑うんだよ」


「アキっぽいなと思って」


「何が」


「分かんないって言うところ」


「分かんないから言ってる」


「うん」


「俺、お前が歌うと思って曲作ってたんだけど」


 言ってから。


 自分でも気づいた。


 ほとんど全部。


 雨音クラブを始めてから作った曲は。


 最初からレンの声を想像していた。


 この高さなら出る。


 ここはレンなら少し崩す。


 サビはもっと前に出せる。


 そういうことを考えて。


 俺が作って。


 レンが歌った。


「知ってる」


「じゃあ」


「それが嫌ってわけじゃない」


「だったら何なんだよ」


「アキの曲を歌うのが、俺の役目みたいになった」


「役目?」


「うん」


「ボーカルなんだからそうだろ」


「そういうとこ」


「何が」


 レンが壁にもたれた。


「アキは変わらなさすぎる」


「またそれ?」


「悪いって言ってるわけじゃない」


「じゃあ何」


「最初からずっと、四人でやって、アキが曲作って、俺が歌って」


「それでよかったじゃん」


「アキはな」


「……」


「俺も前はよかった」


 レンは水を一口飲む。


「でも今は違う」


「何がしたいの」


「それもまだ分かんない」


「じゃあ辞めなくてもいいだろ」


「分かんないまま残る方が嫌なんだよ」


「何で」


「アキ」


「何」


「俺が今ここに残ったら」


 レンが俺を見る。


「アキは安心するだろ」


「当たり前だろ」


「で、また同じになる」


「同じでいいじゃん」


 言った。


 レンが黙る。


「……ほら」


「何が」


「そこ」


「だから何だよ」


「俺はもう、同じじゃなくていい」


 その言葉が。


 一番嫌だった。


 誰かと喧嘩したからでもない。


 音楽が嫌いになったからでもない。


 俺の曲が嫌いになったわけでもない。


 ただ。


 レンが変わった。


 それだけ。


「シズクは関係ないの?」


「関係なくはない」


「じゃあ」


「でも、別れてなくても多分そのうち辞めてた」


「……」


「タイミングが早くなっただけ」


 止める理由が。


 一つずつなくなる。


「次のライブ」


「うん」


「本当に最後?」


「うん」


「今決めなくても」


「決めた」


「ライブ終わってから考えてもいいだろ」


「アキ」


「何」


「曖昧にしたら、お前ずっと待つだろ」


 何も言えなかった。


 その通りだったから。


「だから」


 レンが言う。


「最後にする」


 廊下の向こうから、別のバンドの音が聞こえる。


 知らない歌。


 知らないギター。


「……分かった」


 言った。


 嘘だった。


 全然分かっていない。


「じゃあな」


「うん」


 レンが歩いていく。


 背中。


 呼び止めようと思った。


 でも。


 何を言えばいいのか分からなかった。


     ◇


 帰り道。


 ミョンが隣を歩いている。


「なあ」


「なんじゃ」


「願いって何なんだろうな」


「知らぬ」


「神様っぽいくせに」


「神とは言っておらぬ」


「はいはい」


 歩く。


 夜の道。


 車の音。


 信号。


 人の話し声。


「叶わないなら、何のために願うんだろ」


「わしがもらったのは菓子じゃ」


「そこ?」


「百円は知らぬ」


「返せとは言ってない」


「ではよい」


「よくない」


 ミョンは少し考える。


「願ったのはお前じゃろ」


「うん」


「なら、お前が何とかせい」


「神様ってもっと助けてくれるもんじゃないの?」


「知らぬ」


「役に立たねえな」


「菓子があれば聞いてやる」


「有料かよ」


「供物じゃ」


「コンビニで買う供物ある?」


「ある」


「お前だけだろ」


 ミョンは笑った。


 俺は笑えなかった。


「……次のライブ」


「うむ」


「めちゃくちゃ良かったらさ」


「うむ」


「レン、気が変わると思う?」


 ミョンはすぐには答えなかった。


「知らぬ」


「またそれ」


「レンが決めることじゃ」


「分かってる」


「分かっておらぬ顔じゃ」


「でも」


 今日。


 四人で鳴らした音を思い出す。


 あんなに合った。


 昨日までの三人が嘘みたいに。


 何も足さなくても。


 何も無理しなくても。


 ちゃんと雨音クラブだった。


「今日よかっただろ」


「うむ」


「だったら本番はもっとよくできる」


「そうかもしれぬ」


「客もいるし」


「うむ」


「レンだって」


 言葉が止まる。


 レンだって。


 何だ。


「楽しかったら」


 続ける。


「やっぱ辞めたくないって思うかもしれない」


 ミョンは何も言わなかった。


「あるだろ」


「あるかもしれぬ」


「だろ」


「ないかもしれぬ」


「そっちはいらない」


「都合のよい男じゃのう」


「今だけ」


「いつもじゃ」


「うるさい」


 それでも。


 俺はまだ諦めていなかった。


 六日後の最後のライブで、四人が今までで一番いい音を出せたら。


 今日よりも。


 もっと。


 レン自身が、辞めるなんて惜しいと思うくらい。


 そうすれば。


 何かが変わるかもしれない。


 根拠なんてない。


 さっきレン本人から、はっきり最後だと言われたばかりだ。


 それでも。


 そう思っていないと。


 残り六日をどう過ごせばいいのか分からなかった。


 だから。


 次のライブを。


 最後じゃなくする。


 今は。


 それだけ考えることにした。

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