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神様はバンド名がダサいと言った  作者: 山吹 ことり


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20/26

第二十話 また、いなくなるのか

 木曜日。


 スタジオに入る前から、少しだけ気が重かった。


 でも。


 前みたいな重さではない。


 ミョンがいない。


 それは変わらない。


 ただ。


 昨日、声は聞こえた。


 下手じゃのう。


 腹が立つくらい、いつものミョンだった。


「アキ」


「何」


 ヒロキが入口の前で俺を見る。


「今日、大丈夫?」


「何が」


「この前みたいにならない?」


「ならない」


「ほんと?」


「たぶん」


「たぶんか」


「でもやる」


「ならいい」


 シズクも少し遅れて来た。


「おつかれ」


「おつかれ」


「ミョンは?」


「まだ見えない」


「声は?」


「昨日だけ」


「そっか」


 シズクはそれ以上聞かなかった。


 それがありがたかった。


     ◇


「頭から行く?」


 ヒロキが聞く。


「うん」


「昨日までの音?」


「それから」


 ギターを繋ぐ。


 マイク。


 俺の高さ。


 壁際。


 見ない。


 今日は最初から決めていた。


 ミョンを探さない。


 聞こえたら聞く。


 聞こえなくてもやる。


「行くよ」


 ヒロキのカウント。


 イントロ。


 歌う。


 最初の一行。


 声は出る。


 二行目。


 シズクのベース。


 ヒロキのドラム。


 三人。


 それだけ。


 サビ。


 少しだけ声が掠れた。


 でも止めない。


 最後まで。


 音が消える。


 静か。


「……どう?」


 自分から聞いた。


 シズクが頷く。


「この前よりいい」


 ヒロキも、


「普通」


 と言った。


「普通って褒めてる?」


「かなり」


「基準低くない?」


「前回途中で帰ったし」


「ごめん」


「だから今日は普通でいい」


「そっか」


 壁際を見る。


 何もない。


 声もない。


 でも。


「もう一回やろう」


 俺は言った。


「珍しい」


 シズクが笑う。


「何が」


「ミョンに聞かないんだ」


「いないし」


「うん」


「俺らで決める」


 言ってから。


 自分でも少しだけ嬉しかった。


     ◇


 休憩。


 ヒロキはソファに沈んでスマホを見ていた。


 俺はペットボトルの水を飲む。


 シズクは何か言いたそうだった。


「何」


「え?」


「さっきから」


「分かる?」


「分かる」


「言おうか迷ってた」


「何」


 シズクは少しだけスマホを触ってから言った。


「来月さ」


「うん」


「サポート頼まれてる」


「サポート?」


「ベース」


「誰の」


「前に対バンしたバンド」


「どこ」


「Blue Motel」


 聞いたことがある。


 前にも何度か一緒になった。


「メンバー足りないの?」


「ベースが腕やったって」


「それでシズク?」


「うん」


「何本」


「今のところ二本」


「……」


「アキ?」


「いつ」


「来月」


「雨音クラブのライブと被る?」


「被らない」


「スタジオは?」


「まだ調整中」


「……」


 シズクが俺を見る。


「嫌?」


「別に」


「その別に、絶対別にじゃない」


「いや」


「何」


「なんでシズク?」


「向こうの人に前から声かけられてたから」


「前から?」


「うん」


「聞いてない」


「言ってないから」


「何で」


「別に言う必要なかったし」


「でも」


 そこまで言って。


 止まった。


 何が嫌なのか。


 分かっている。


「……抜けないよね」


 シズクの顔が止まった。


「は?」


「雨音クラブ」


「何でそうなるの」


「だって」


「サポートだよ?」


「でも向こうの方が」


「何」


「客多いし」


「だから?」


「もし向こうに誘われたら」


「待って」


 シズクの声が少し低くなった。


「何の話してるの」


「いや」


「私、雨音クラブ辞めるなんて一言も言ってないけど」


「分かってる」


「分かってないじゃん」


「そういう意味じゃ」


「そういう意味でしょ」


 ヒロキがスマホから顔を上げた。


「アキ」


「何」


「またそれ?」


「またって」


「レンの時と同じ」


 胸の奥がざらついた。


「違うだろ」


「同じじゃん」


「何が」


「いなくなるって決めつけてる」


「決めつけてない」


「じゃあ何」


「心配しただけ」


 シズクがベースケースに手を置く。


「何を?」


「……」


「私が他のバンドで弾いたら、雨音クラブじゃなくなるの?」


「そうじゃない」


「じゃあいいじゃん」


「でも」


「でも何」


 言葉が出てこない。


 シズクは少しだけ息を吐いた。


「アキさ」


「うん」


「私、雨音クラブ好きだよ」


「……うん」


「今も」


「うん」


「だから続けてる」


「分かってる」


「じゃあ信用して」


 何も言えなかった。


     ◇


 休憩の空気が、少し重くなった。


 ヒロキが缶コーヒーを飲む。


「俺はいいと思うけど」


「何が」


 シズクが聞く。


「サポート」


「ヒロキ」


「だって経験になるじゃん」


「まあ」


「他のバンドとやったら、ベースも変わるかもしれないし」


「うん」


「雨音クラブにも戻ってくるでしょ」


「そのつもり」


 ヒロキが俺を見る。


「じゃあいいじゃん」


「……うん」


「アキ、他の仕事したら雨音クラブ辞めるの?」


「辞めない」


「じゃあ同じじゃない?」


「それは」


「同じでしょ」


「……そうだな」


 分かっている。


 二人の言うことが正しい。


 シズクが他のバンドで弾いたからって。


 雨音クラブを辞めるわけじゃない。


 俺だって。


 曲を別の誰かに渡すことがあるかもしれない。


 ヒロキだって、サポートで叩くことがあるかもしれない。


 それでも。


 怖かった。


 また。


 誰かがいなくなるのが。


「ごめん」


 俺は言った。


「何が」


「勝手に先まで考えた」


 シズクは少し黙った。


「うん」


「別にサポート反対じゃない」


「ほんと?」


「……ちょっと嫌だけど」


「正直だね」


「でも止める理由ない」


「うん」


「だから行けばいい」


 シズクが少し笑った。


「ありがとう」


「ただ」


「何」


「向こうで雨音クラブの悪口言うなよ」


「言わないよ」


「バンド名ダサいとか」


「それはミョン」


「そうだった」


 少しだけ空気が戻った。


     ◇


 練習を再開する。


 新しい曲。


 まだ曲名はない。


 俺が作った二曲目。


 『昨日までの音』より少し速い。


 ギターも前に出る。


「ここ」


 シズクが言った。


「何」


「ベース変えていい?」


「もちろん」


「サポートの人がやってた弾き方、ちょっと試したい」


 一瞬。


 さっきの話が頭に浮かぶ。


 でも。


「やってみて」


「うん」


 シズクが弾く。


 今までと違う。


 音の置き方。


 少し跳ねる。


「……いい」


「でしょ」


「何それ」


「盗んだ」


「言い方」


「覚えた」


「そっちにしよう」


 ヒロキも合わせる。


「俺こっちの方好き」


「じゃあもう一回」


 カウント。


 シズクが他のバンドで覚えた音が、そのまま雨音クラブの曲を変えていく。それを聞いていると、さっきまで「取られるかもしれない」と考えていた自分が少し馬鹿みたいに思えた。


 外で鳴らした音を、持ち帰ることだってある。


     ◇


 練習が終わった。


「サポート」


 俺が言う。


「何」


「頑張って」


 シズクが少し驚いた顔をした。


「急に?」


「さっきちゃんと言ってなかったから」


「うん」


「見に行っていい?」


「え」


「ライブ」


「来るの?」


「嫌?」


「別に」


「その別に、別にじゃないだろ」


「真似しないで」


 ヒロキが横から言う。


「俺も暇なら行く」


「暇ならね」


「そのくらいがヒロキっぽい」


「絶対行くとは言わない」


「知ってる」


 三人でスタジオを出る。


 シズクが駅の方へ。


 ヒロキは反対。


「じゃあね」


「おつかれ」


「おつかれ」


 二人と別れる。


 一人。


 夜。


 いつもならミョンがいる場所を見る。


 いない。


 でも。


「今日さ」


 小さく言う。


「ちょっとやらかした」


 返事はない。


「また誰かいなくなると思った」


 歩く。


「シズク、辞めるなんて言ってないのに」


 風。


 車。


 遠くの信号音。


「俺、まだ全然変わってないのかな」


 静か。


「……何か言えよ」


 それでも。


 今日は。


 返事を待たずに歩いた。


     ◇


 神社の前まで来た。


 寄るつもりはなかった。


 でも足が止まった。


「いる?」


 鳥居の外から聞く。


 返事はない。


「入らないからな」


 何となく言う。


「今日は帰る」


 一歩。


 二歩。


 歩き出す。


 その時。


 ちりん。


 鈴。


 止まる。


「……ミョン?」


 返事はない。


 でも。


 次の瞬間。


 小さく。


「また形にこだわるのう」


 聞こえた。


 振り返る。


 誰もいない。


「……うるせえよ」


 笑った。


「分かってる」


 少し間を置いて。


「でもさ」


 鳥居を見る。


「怖いもんは怖いんだよ」


 静か。


 もう声はしない。


「だから」


 俺は言った。


「それでも止めないようにする」


 返事はなかった。


 でも。


 鈴が一度だけ鳴った。


 ちりん。


「分かったってことにするからな」


 今度こそ歩き出す。誰かが違う場所で音を鳴らしても、一時的に離れても、それだけでいなくなるわけじゃない。頭では分かっている。


 けれど、それを信じるのはまだ練習中だった。歌うことも、三人でいることも、誰かを信じることも。

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