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神様はバンド名がダサいと言った  作者: 山吹 ことり


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19/22

第十九話 聞こえない声

 次の日も、ミョンは戻らなかった。机の上には菓子が二袋並んでいて、朝起きて最初にそこを見るのが、もう癖になっていた。


「……増やさねえからな」


 誰もいない部屋に言う。


 返事はない。


 昨日聞いた鈴の音。


 あれが気になって、朝から『昨日までの音』を何度も再生した。


 一回目。


 何もない。


 二回目。


 何もない。


 三回目。


 やっぱり聞こえない。


「気のせいか」


 そう思ってスマホを置いた。


 でも。


 曲が終わったあと。


 ほんの一瞬。


 また聞こえた。


 ちりん。


「……今」


 すぐに戻す。


 最後の十秒。


 再生。


 曲が終わる。


 静か。


「何でだよ」


 もう一度。


 ない。


 もう一度。


 ない。


「俺がおかしくなってんのかな」


 ミョンがいた頃なら、


「元からじゃ」


 くらい言っただろう。


「……うるせえ」


 自分で返して。


 余計寂しくなった。


     ◇


 その日の夜。


 三人でスタジオに入った。


「今日、顔やばいね」


 シズクが言った。


「寝不足」


「ミョン?」


「半分」


「残り半分は?」


「曲聞いてた」


「昨日までの音?」


「うん」


 ヒロキがドラムの前に座る。


「また何か直すの?」


「いや」


「じゃあ何で」


「鈴が聞こえた」


 二人が止まった。


「鈴?」


 シズク。


「曲の最後」


「入ってた?」


「分かんない」


「データに?」


「たぶん違う」


「じゃあ何」


「俺が聞きたい」


 スマホをスピーカーに繋ぐ。


「聞いてみて」


 最後の部分だけ再生する。


 音が消える。


「……」


「聞こえた?」


 シズクが首を振る。


「何も」


「俺も」


 ヒロキ。


「もう一回」


 再生。


「どう?」


「ない」


「マジ?」


「アキにしか聞こえてないんじゃない?」


 シズクが言った。


「ミョンみたいに?」


「それなら」


 その言葉が少し嬉しくて。


 同時に怖かった。


「じゃあやっぱミョンなのかな」


「分かんないけど」


「神社の鈴?」


「似てる」


 ヒロキがスティックを持った。


「とりあえず練習しない?」


「今この流れで?」


「予約時間減ってる」


「現実的だな」


「金払ってるし」


「はいはい」


 ギターを繋ぐ。


 マイクの前に立った。


「何から?」


 シズクが聞く。


「昨日までの音」


「また?」


「確認したい」


「鈴?」


「それも」


 ヒロキがカウントを出す。


 始まる。


 イントロ。


 歌う。


 でも。


 集中できない。


 壁際を見る。


 いない。


 サビ。


 また見る。


 いない。


 二番。


 やっぱり。


「アキ」


 シズクの声。


「何」


「今、歌詞飛んだ」


「……ごめん」


「止める?」


「いや」


 続ける。


 最後まで。


 曲が終わった。


 何も聞こえない。


「もう一回」


 俺が言う。


 ヒロキがスティックを下ろした。


「今日はやめない?」


「何で」


「アキ無理じゃん」


「できる」


「できてない」


「一回歌詞飛んだだけだろ」


「そういう意味じゃなくて」


 シズクもベースを下ろした。


「ずっとミョン探してる」


「探してない」


「壁見てる」


「癖だって」


「昨日も同じこと言ってた」


「……」


「アキ」


 ヒロキが言った。


「ミョンいないと、できないの?」


 腹が立った。


「何それ」


「そのまま」


「できるに決まってんだろ」


「じゃあやればいいじゃん」


「やってるだろ」


「やってない」


「お前に何が分かんだよ」


 言ってから。


 スタジオが静かになった。


 ヒロキが俺を見る。


「分かんないよ」


 声はいつも通りだった。


「見えたことないし」


「……」


「でも今、アキが俺らよりミョンの方気にしてるのは分かる」


「そんなこと」


「あるよ」


 シズクも言った。


「私もそう思う」


「……」


「ミョンいなくなったの心配なのは分かる」


「じゃあ」


「でも、雨音クラブは三人でやってる」


 その言葉が刺さった。


「ミョンはメンバーじゃない」


「分かってるよ」


「本当に?」


「分かってるって!」


 声が大きくなった。


 シズクが黙る。


 ヒロキも何も言わない。


 俺はギターを下ろした。


「……ごめん」


「うん」


「今日は帰る」


「アキ」


「無理だわ」


 自分で言った。


 今度こそ。


「今日、無理」


 ケースにギターをしまう。


「スタジオ代、あとで払う」


「そういう問題じゃないけど」


「ごめん」


 ドアを開ける。


 誰も止めなかった。


     ◇


 外に出る。


 寒い。


 歩く。


 駅とは逆方向。


 自分でもどこへ行くか分かっていた。


 神社。


 もう暗かった。


 鳥居をくぐる。


「ミョン」


 呼ぶ。


 返事はない。


 社の前。


 シズクが置いた菓子は、なくなっていた。


「……え?」


 近づく。


 昨日は確かにあった。


 赤い袋。


 今日はない。


「食った?」


 誰に聞いているんだ。


「お前?」


 当然、返事はない。


「いるなら出てこいよ」


 静か。


「菓子だけ食ってんじゃねえよ」


 風が吹く。


 木が鳴る。


「こっちはさ」


 声が少し震えた。


「お前いないせいで、バンドまで変になってんだよ」


 言い切った瞬間、自分で違うと分かった。


「……違うな」


 ミョンがいないせいじゃない。俺が、ミョンの答えを待つことに慣れすぎていただけだ。雨音クラブも、シズクも、ヒロキも何も悪くない。


「俺さ」


 社の前に座った。


「お前が何か言うの、待ってたみたい」


 返事はない。


「この音違うとか」


「レンがいるとか」


「俺が聞こえないとか」


 一つずつ。


 思い出す。


「腹立ってたけど」


 笑いそうになった。


「ないと困るな」


 静かだった。


「俺、自分で分かるようになったと思ってたんだけど」


 自分で分かるようになったつもりだった。実際、少しは分かるようになっていた。でも最後の最後で、「これでいい」と言ってくれるミョンの声を待っていた。


「……それじゃダメだよな」


 ヒロキの言葉。


 ミョンいないと、できないの?


「できるよ」


 小さく言った。


「できる」


 自分に言う。


「三人でやってきたし」


 ギターケースを見る。


 持ってきている。


 何となく。


 開けた。


「神社で弾いたら怒られるかな」


 誰も答えない。


「小さくするから」


 ギターを出す。


 アンプはない。


 生音だけ。


 『昨日までの音』。


 最初のコード。


 小さい。


 頼りない。


 でも鳴る。


 歌う。


 声も小さく。


「昨日までの音を

 まだ部屋に置いたまま」


 夜の神社。


 誰もいない。


 客もいない。


 シズクも。


 ヒロキも。


 ミョンも。


 俺だけ。


「片づける理由もなくて

 捨てるほどでもなくて」


 歌い始めると、途中で「ミョンなら何て言うだろう」と考えかけた。すぐに打ち消す。今は聞かなくていい。最後まで、自分で決めればいい。


 そのまま歌い、ギターを鳴らす。最後のコードの余韻が消えると、神社はまた静かになった。


「……どうだ」


 言ってから。


 苦笑した。


「聞いてどうすんだよ」


 立ち上がろうとした。


 その時。


 ちりん。


 鈴。


 今度は。


 はっきり聞こえた。


「……ミョン?」


 立ち上がる。


 誰もいない。


「ミョン!」


 また。


 鈴。


 社の方。


 近づく。


「いるの?」


 返事はない。


 でも。


 耳を澄ます。


 風。


 木。


 遠くの車。


 それから。


 ほんの小さく。


「……下手じゃのう」


 聞こえた。


 息が止まった。


「……は?」


 もう一度。


「ミョン?」


 返事はない。


「今、言っただろ!」


 何もない。


「聞こえたぞ!」


 静か。


「ふざけんな!」


 それでも。


 笑っていた。


 自分でも分かる。


「下手って何だよ」


 返事はない。


「出てきて言えよ」


 鈴が。


 もう一度だけ鳴った。


 ちりん。


 今度は。


 それで十分だった。


     ◇


 神社を出てすぐ。


 グループチャットを開く。


『ごめん』


 送る。


 シズク。


『何が』


『今日』


 ヒロキ。


『別に』


『次いつ空いてる?』


 少しして。


 シズク。


『木曜』


 ヒロキ。


『俺も』


『じゃあ木曜』


 送る。


 続けて。


『ちゃんとやる』


 ヒロキ。


『普通にやればいい』


 シズク。


『ミョンいた?』


 指が止まった。


『姿は見えなかった』


『でも声聞こえた』


 すぐ。


『え!?』


 シズク。


 ヒロキ。


『なんて』


 少し迷って。


『下手じゃのうって』


 数秒。


 シズクから。


『ミョンじゃん』


 ヒロキ。


『それはミョンだわ』


 思わず笑った。


「だよな」


 スマホをしまう。


 ミョンはまだ見えない。


 どこにいるのかも分からない。


 戻ってくるのかも。


 分からない。


 でも。


 聞こえた。


 なら。


 もう少しだけ待てる気がした。


 今度は。


 ミョンの言葉を待ちながらじゃなく。


 自分たちの音を鳴らしながら。

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