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神様はバンド名がダサいと言った  作者: 山吹 ことり


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18/19

第十八話 神様がいない 

 ミョンがいなくなって、二日目。


 朝起きても、学校へ行っても、帰ってきても、ミョンの声はしなかった。


「……本当にどこ行ったんだよ」


 誰もいない部屋で言う。


 当然、返事はない。


 机の上には、昨日買った菓子が置いてある。


 配信記念。


 結局、一日遅れで買った。


 いつもなら袋を見るだけで寄ってくる。


「買ったぞ」


 言ってみる。


 静かだった。


「赤いやつ」


 返事はない。


「好きだっただろ」


 分かっている。


 菓子で呼び出せるようなものじゃない。


 それでも、何もしないよりはましだった。


     ◇


 夜。


 三人のグループチャットに送った。


『ミョンいなくなった』


 最初に既読がついたのはシズク。


『え』


『いつから?』


『昨日の朝』


『神社は?』


『まだ行ってない』


 ヒロキ。


『帰ったんじゃないの』


 その一文に、少し腹が立った。


『どこに』


『元いたとこ』


『知らん』


『神社じゃないの』


 それは俺も思っている。


 でも。


 行って何もいなかったら。


 それを確認するのが嫌だった。


 シズクから電話が来た。


「もしもし」


『アキ、大丈夫?』


「何が」


『いや』


「別に普通」


『普通じゃないでしょ』


「何で」


『ミョンいなくなってるんでしょ』


「……うん」


『神社行ってみたら?』


「明日行く」


『今日じゃなくて?』


「もう夜だし」


『前も夜行ってたじゃん』


「雨だったし」


『それ関係ある?』


「分かんない」


 言葉が途切れる。


『怖い?』


 シズクが聞いた。


「何が」


『いなかったら』


 当たっていた。


「……別に」


『アキ、そういう時すぐ別にって言うよね』


「言ってない」


『言ってる』


「じゃあ、ちょっと」


『うん』


「いなかったら嫌だなって」


『そりゃそうでしょ』


「でも」


『何』


「俺が勝手に連れてきたわけじゃないし」


『うん』


「勝手についてきて」


『うん』


「勝手に菓子食って」


『うん』


「勝手にいなくなった」


『怒ってる?』


「ちょっと」


『寂しいんじゃなくて?』


「それも」


 言ってから、妙に恥ずかしくなった。


「今のなし」


『無理』


「忘れろ」


『無理』


「ヒロキみたいなこと言うなよ」


 シズクが少し笑った。


『明日、私も行こうか?』


「神社?」


『うん』


「ミョン見えないだろ」


『でも一人よりいいじゃん』


「……」


『ヒロキも呼ぶ?』


「来るかな」


『来るでしょ』


「だるいって言いそう」


『言うと思う』


「じゃあ二人でいい」


『分かった』


     ◇


 翌日の夕方。


 シズクと神社へ行った。


「ここ?」


「うん」


「思ったより小さい」


「俺も最初そう思った」


 鳥居をくぐる。


 あの日と同じ境内。


 賽銭箱。


 鈴。


 小さな社。


 何も変わっていない。


「ミョン」


 呼ぶ。


 返事はない。


「ミョン!」


 少し大きな声。


 誰もいない。


 シズクが社の方を見る。


「妙音天って、あれ?」


「そう」


 近づく。


 札もそのまま。


 妙音天。


「本当に書いてある」


「だろ」


「ミョン、ここにいたのかな」


「分かんない」


「お供えとかある?」


「前はあった」


「今日は?」


 見る。


 何もない。


「ない」


「じゃあ」


 シズクがコンビニ袋を差し出した。


「これ置く?」


「何それ」


「お菓子」


「買ってきたの?」


「一応」


「ミョン見えないのに?」


「アキがあれだけ言うから」


「……ありがと」


 袋から小さな菓子を出す。


 ミョンが好きだった赤い袋。


 社の前に置く。


「勝手に供えていいのかな」


「知らない」


「ミョンなら食うよね」


「絶対食う」


 二人で少し待った。


 一分。


 二分。


 何も起きない。


「……来ないね」


「うん」


 胸の奥が重くなる。


「帰ったのかな」


 シズクが言った。


「どこに」


「ここに」


「だったら出てくればいいだろ」


「見えないだけかも」


「俺にも?」


「分かんない」


 それが一番嫌だった。


 もしここにいて。


 もう俺に見えないだけだったら。


「アキ」


「何」


「願い、叶ったんだよね」


「一応」


「解散しなかった」


「うん」


「じゃあ、ミョンの役目終わったとか?」


 考えたくなかったことを言われた。


「……それなら」


「うん」


「そう言ってから消えろよ」


 シズクは何も言わなかった。


     ◇


 その日のスタジオ。


 ヒロキはいつも通りだった。


「見つかった?」


「いない」


「神社も?」


「いなかった」


「ふうん」


「もうちょい心配しろよ」


「心配してる」


「見えない」


「元から見えないし」


「ミョンの話じゃない」


「分かってる」


 ヒロキはスティックを持った。


「でも、俺らにできることなくない?」


「……」


「アキにしか見えないし、連絡先ないし」


「それはそうだけど」


「だったら待つしかないでしょ」


「簡単に言うな」


「簡単じゃないけど」


 珍しく、ヒロキが少し真面目な顔をした。


「いなくなったやつ追いかけ続けても、どうにもならないことあるじゃん」


 レンのことを言っているのかと思った。


 でも、聞かなかった。


「とりあえず練習しよ」


「うん」


 ギターを繋ぐ。


 マイクの前に立つ。


「昨日までの音から?」


 シズクが聞く。


「うん」


 ヒロキのカウント。


 始まる。


 イントロ。


 歌。


 音は出る。


 三人とも普通に演奏できる。


 なのに。


 違う。


 何か足りない。


 いや。


 足りないと思っているだけなのかもしれない。


「止めて」


 自分から言った。


「何?」


 シズク。


「もう一回」


「どこか変だった?」


「俺」


「歌?」


「多分」


 もう一度。


 歌う。


 やっぱり。


 何か違う。


 ミョンなら。


 今のは違う。


 とか。


 声が小さい。


 とか。


 レンがいる。


 とか。


 何か言う。


 でも。


 何も聞こえない。


「アキ」


 シズクが演奏を止めた。


「何」


「ミョンの声待ってない?」


 図星だった。


「……待ってない」


「待ってる」


「分かんないだろ」


「分かる」


「何で」


「アキ、さっきから曲終わるたびに同じ方見るから」


 壁際。


 いつもミョンが座っていた場所。


 自分でも気づかなかった。


「……癖」


「そっか」


 ヒロキがスティックを膝に置く。


「じゃあ今日やめる?」


「何で」


「集中できてない」


「できてる」


「できてない」


「ヒロキまで」


「音ずっと硬い」


 その言葉で、止まった。


「……分かるの?」


「俺だって何年バンドやってると思ってんの」


「ミョンみたい」


「それは嫌」


「ひど」


「見えないやつと一緒にすんなよ」


 少しだけ笑った。


 久しぶりに。


「もう一回やる」


 俺は言った。


「ミョンいなくても」


 シズクが頷く。


「うん」


 ヒロキもスティックを上げる。


「じゃあ頭から」


 カウント。


 イントロ。


 今度は壁を見なかった。


     ◇


 練習が終わったあと。


 外に出る。


 夜の空気。


 少し冷たい。


「じゃあね」


 シズクが手を上げる。


「おつかれ」


 ヒロキも別方向へ歩いていく。


 一人になる。


 前なら。


 ここにミョンがいた。


 菓子。


 腹減った。


 あの曲は嫌だ。


 雨音クラブはダサい。


 うるさいくらい喋っていた。


「……静かすぎるんだよ」


 誰もいない横に言う。


 当然、返事はない。


 コンビニの前で止まった。


 入る。


 菓子売り場。


 赤い袋。


 一つ取る。


 レジへ。


 何やってるんだろうと思う。


 それでも買った。


     ◇


 家に帰る。


 机の上には、昨日の菓子。


 まだ開いていない。


 今日買ったものを、その横に置く。


「二袋になったぞ」


 言う。


「早く来ないと増えるからな」


 返事はない。


 パソコンを開く。


 『昨日までの音』。


 再生。


 ミョンが何度も聞いていた曲。


 俺も聞く。


 ドラム。


 ベース。


 ギター。


 歌。


 三人の音。


 最後まで。


 曲が終わる。


 その直後。


 かすかに。


 鈴の音がした。


「……え?」


 振り返る。


 誰もいない。


 もう一度再生する。


 最後まで。


 終わる。


 何もない。


「今の何」


 ファイルの中か。


 外か。


 分からない。


 もう一度。


 最後。


 静寂。


 やっぱり聞こえない。


「……ミョン?」


 小さく呼ぶ。


 返事はない。


 でも。


 さっき確かに。


 神社の鈴みたいな音がした。


 気のせいかもしれない。


 そう思おうとして。


 やめた。


 ミョンが最初に言っていた。


 音は残る。


 今は鳴っていなくても。


 残っていることがある。


 俺はイヤホンを外した。


 部屋の静けさに耳を澄ます。


 何も聞こえない。それでも、その夜初めて、ミョンは消えたのではなく、どこかにいるのかもしれないと思えた。


 根拠は、たった一度の鈴の音だけだった。


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