第十七話 神様を検索してみた
妙音天。
神社から帰ったあと、俺はその名前を検索した。
「……出るじゃん」
ベッドの上でスマホを見ながら呟く。
音楽。
美しい声。
芸能。
そういう言葉が並んでいる。
詳しいことはページによって少し違ったけれど、少なくとも。
「めちゃくちゃ音の神様っぽいじゃん」
「誰がじゃ」
ミョンが俺の横で菓子を食べている。
「お前」
「わし?」
「ほら」
スマホを見せる。
ミョンは画面を覗いた。
「読めぬ」
「ほんとかよ」
「字は苦手じゃ」
「スマホの数字は読めるのに?」
「数字は簡単じゃ」
「都合いいな」
俺は画面を指でスクロールする。
「妙音天。音楽とか、声とか、そういうのに関係あるらしい」
「ふうん」
「反応薄くない?」
「知らぬものは知らぬ」
「名前ほぼ同じだぞ」
「ミョンはミョンじゃ」
「それ誰につけられたか覚えてないんだろ」
「うむ」
「だったら可能性あるじゃん」
「何の」
「お前が妙音天」
「ないかもしれぬ」
「あるかもしれないだろ」
「どちらでもよい」
「よくない」
ミョンが菓子をもう一つ取る。
「なぜじゃ」
「気になるから」
「アキが?」
「そう」
「わしは気にならぬ」
「自分のことなのに?」
「今、困っておらぬ」
言われて黙った。
「菓子もある」
「それは俺が買ってる」
「音もある」
「まあ」
「ならよい」
「よくない気もするけど」
「人間はすぐ名前をつけたがるのう」
「名前あるだろ。ミョン」
「そうではなく」
ミョンはスマホの画面を指した。
「神だとか。何天だとか」
「妙音天」
「それじゃ」
「お前がそれかもしれないって話」
「わしはミョンじゃ」
「……強いな、その答え」
「便利じゃろ」
「最近お前それ気に入ってるだろ」
◇
翌日のスタジオで、その話を二人にもした。
「妙音天?」
シズクがスマホを見る。
「うん」
「本当にあるんだ」
「俺も昨日知った」
ヒロキはドラムの椅子に座ったまま、あまり興味がなさそうだった。
「じゃあミョン、神様で確定?」
「本人は認めない」
「何で」
「知らん」
ミョンが横で、
「神とは言っておらぬ」
といつものように言う。
「今も否定してる」
「でも妙音天なんでしょ?」
シズク。
「たぶん」
「本人は?」
「知らないって」
「自分のことなのに」
「俺も同じこと言った」
ヒロキがスティックを指で回す。
「別にどっちでもよくない?」
「お前はそう言うと思った」
「見えないし」
「そこ?」
「神でも幽霊でもミョンでも、俺からしたら見えないやつ」
「雑」
「でも菓子は消える」
「そこだけ信じてるよな」
「実際消えたし」
ミョンが少し胸を張る。
「わしは存在しておる」
「存在アピールするなら姿見せろよ」
「無理じゃ」
「無理なの?」
初めて聞いた。
「なんで」
「知らぬ」
「また?」
「見えぬものは見えぬ」
「俺には見える」
「お前は聞いたからじゃろ」
「何を」
「わしを」
止まった。
「……聞いた?」
「最初に」
「神社で?」
「たぶん」
「俺、何か聞いたっけ」
「知らぬ」
「お前が言い出したんだろ」
「昔のことは忘れた」
「数週間前だぞ!」
シズクが笑う。
「何て?」
「俺がミョンを見えるのは、最初にミョンを聞いたかららしい」
「どういう意味?」
「俺が聞きたい」
「でも」
シズクは少し考えた。
「私、最近ちょっといるの分かる時あるよ」
「この前言ってたな」
「見えないけど」
「ヒロキは?」
「全然」
「鈍いのう」
「ミョンが鈍いって」
「聞こえないからノーダメージ」
「強いな」
◇
その日の練習は、『昨日までの音』を一回通しただけで終わった。
もう録音は終わっている。
ミックスの修正版も、三人ともOKを出した。
あとは配信するだけ。
「ジャケット」
シズクが言った。
「あ」
「忘れてたでしょ」
「ちょっと」
「絶対忘れてた」
「雨上がりの道路だったよな」
「うん」
「写真撮る?」
「アキ撮ってきて」
「何で俺」
「作曲者」
「またそれ?」
「歌ってる人」
「増えた」
「ギター」
「もっと増えた」
ヒロキが言う。
「ミョンに撮らせれば?」
「スマホ持てるのかな」
「持てるぞ」
ミョンが言った。
「マジ?」
「貸せ」
「待て待て」
スマホを差し出しかけて、止める。
「他の人からどう見えるんだ?」
「何が」
「誰もいないのにスマホ浮く?」
「さあ」
「怖すぎるからやめよう」
「撮らせろ」
「嫌だ」
「けち」
「落とされたら困る」
「失礼じゃな」
シズクが俺を見る。
「今何してるの?」
「ミョンがジャケット撮るって」
「いいじゃん」
「スマホ浮いてるところ誰かに見られたら怖いだろ」
「確かに」
「では夜に行けばよい」
「お前、意外とやる気あるな」
「写真というものを撮ってみたい」
「そこ?」
結局。
その日の夜。
雨が少し降った。
◇
「もっと下」
「こうか?」
「下」
「地面しか写らぬぞ」
「それでいいんだよ」
雨上がりの歩道。
街灯が水たまりに映っている。
ミョンは俺のスマホを両手で持っていた。
本当に持てた。
「……浮いてる」
「何が」
「スマホ」
「わしが持っておる」
「俺以外にはそう見えないだろ」
「人がおらぬ」
「だから夜にしたんだよ」
ミョンが画面を見る。
「押すのはこれか」
「そう」
撮影。
「もう一枚」
撮影。
「ちょっと斜め」
「難しいのう」
「神様でも写真は苦手か」
「神とは言っておらぬ」
「はいはい」
何枚か撮った。
スマホを返してもらう。
「……悪くない」
「当然じゃ」
「初めてだろ」
「才能がある」
「調子乗るな」
その中の一枚。
濡れた道路。
街灯。
少しだけ残った雨。
人はいない。
「これいいな」
「わしが撮った」
「分かったって」
「名を入れよ」
「何の」
「写真、ミョン」
「クレジット?」
「知らぬ」
「配信ジャケットに神様の名前入れるの?」
「ミョンじゃ」
「余計怪しい」
「入れろ」
「嫌だ」
「けち!」
◇
三日後。
配信申請を出した。
曲名。
『昨日までの音』
アーティスト。
『雨音クラブ』
ジャケット。
ミョンが撮った雨上がりの道路。
「本当にこれ使うんだ」
シズクが画像を見る。
「いいだろ」
「いいけど」
「ミョン撮影」
「マジ?」
「うん」
「すご」
ヒロキも覗き込む。
「見えないやつが撮った写真?」
「そう」
「なんか売れそう」
「どういう意味」
「曰く付きっぽい」
「やめろ」
ミョンが腕を組む。
「芸術じゃ」
「本人は芸術って言ってる」
「そこまでではない」
シズク。
「失礼じゃ!」
「聞こえない」
「最近それ最強だな」
◇
配信日は、二週間後に決まった。
その間にもライブが一つ入った。
『昨日までの音』は、もうセットリストから外せない曲になっていた。
客も少しずつ覚えている。
サビで手を上げる人もいる。
俺も。
歌うことに、前ほど抵抗がなくなった。
まだボーカルだとは思っていない。
ギターを弾いて。
曲を書いて。
ついでに歌う。
そのくらい。
「それをボーカルと言うのではないか」
ミョンに言われた。
「違う」
「何が」
「知らん」
「認めれば楽なのにのう」
「お前も神様って認めろよ」
「それとこれは違う」
「同じだろ」
似ているのかもしれない。
俺もミョンも。
名前をつけられるのが、少し嫌なのかもしれない。
◇
そして。
配信日。
日付が変わった瞬間、俺はスマホを開いた。
「出た」
「出たか?」
ミョンが隣に来る。
「うん」
雨音クラブ。
『昨日までの音』
ジャケットも出ている。
再生ボタン。
「押すぞ」
「うむ」
再生。
何度も聞いた曲。
なのに。
配信サービスから流れるだけで、少し違って聞こえた。
「出てる」
「聞こえておる」
「全国で」
「全国?」
「どこでも」
「遠くでも?」
「うん」
「知らぬ者も?」
「たぶん」
ミョンは黙って聞いていた。
曲が終わる。
「どう?」
「同じじゃ」
「そりゃ同じ音源だし」
「じゃが」
「何」
「遠くまで行くのじゃな」
「まあ」
「この音が」
「うん」
ミョンは少しだけ笑った。
「よいのう」
珍しく。
本当に嬉しそうだった。
◇
グループチャットも動いていた。
シズク。
『配信された!』
ヒロキ。
『起きてたんだ』
シズク。
『そっちこそ』
俺。
『出たな』
ヒロキ。
『明日聞く』
シズク。
『今聞いて』
ヒロキ。
『眠い』
「ヒロキぶれないな」
「寝るのか」
「らしい」
「大事な日ではないのか」
「ヒロキにとって睡眠の方が大事」
「変な男じゃ」
「知ってる」
通知。
今度はレン。
『配信おめでとう』
少し驚いた。
『ありがとう』
『買った』
「……買った?」
ストリーミングじゃなく、ダウンロードしたらしい。
『わざわざ?』
『元メンバー割ないの』
『ない』
『ケチ』
「お前までケチって言うな」
ミョンがこっちを見る。
「何じゃ」
「お前じゃない」
『聞いた?』
送る。
少しして。
『聞いた』
『どう』
『いいじゃん』
『それだけ?』
『シズクのベース前よりいい』
『俺は』
『歌もいい』
『ついでかよ』
レンから笑っているスタンプが来た。
それで会話は終わった。
前なら。
もっと感想を聞いたかもしれない。
どこがよかった。
どこが悪かった。
俺の歌とレンの歌、どっちが。
でも今は。
「買ったって」
それだけで、少し嬉しかった。
◇
夜中の一時。
スマホを置く。
「寝るか」
ミョンはまだパソコンの前にいた。
「何してんの」
「聞いておる」
「何回目?」
「知らぬ」
「自分で聞きたいって言ったけど、そんな気に入った?」
「うむ」
「珍しい」
「残っておるからな」
「またそれ?」
「いつでも聞ける」
「そうだよ」
「アキがおらぬ時も?」
「スマホとかあれば」
「シズクがおらぬ時も」
「うん」
「ヒロキも」
「うん」
「わしも」
少し止まった。
「……お前も?」
「わしがおらぬ時も、この音はあるのじゃな」
「何言ってんの」
「そうであろう?」
「まあ、そうだけど」
ミョンは画面を見る。
「ならよい」
「何が」
「別に」
「またそれ?」
「眠い」
「神様も眠いの?」
「知らぬ」
「お前自分のこと知らなすぎ」
ミョンが笑った。
「アキ」
「何」
「今日の菓子」
「もう食っただろ」
「配信記念」
「そんな制度ない」
「祝いじゃ」
「明日」
「今」
「夜中だぞ」
「コンビニは開いておる」
「知識だけ現代人なんだよな」
結局。
買いに行かなかった。
「明日な」
「絶対じゃぞ」
「分かったって」
そう言って。
電気を消した。
◇
翌朝。
目を覚ます。
「……ミョン」
返事がない。
珍しい。
いつもなら。
起きる前から菓子だの腹が減っただの言っている。
「ミョン?」
部屋を見る。
いない。
洗面所。
いない。
リビング。
いない。
「どこ行った?」
外か。
勝手に散歩することもある。
別に珍しくない。
そう思った。
昼になっても。
夕方になっても。
ミョンは戻ってこなかった。
机の上には。
昨日開けた菓子の袋だけが残っていた。
「……おい」
誰もいない部屋で言う。
「配信記念、買うって言っただろ」
返事はなかった。
初めてだった。
ミョンの声が。
一日中、一度も聞こえなかった。




