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神様はバンド名がダサいと言った  作者: 山吹 ことり


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第十六話 ミョンの名前

 レコーディングから四日。


 『昨日までの音』のミックスが届いた。


「来た」


 スマホを見ながら言うと、ミョンがすぐ横から覗き込んできた。


「音か?」


「そう」


「聞く」


「近い」


「早くせい」


「分かったから」


 イヤホンを取り出しかけて、やめた。


「お前、イヤホンいるの?」


「いらぬ」


「だよな」


 パソコンを開いて、ファイルを再生する。


 イントロ。


 録音した時より、音がまとまっている。


 ヒロキのドラム。


 シズクのベース。


 ギター。


 それから、俺の声。


「……」


 やっぱり、自分の声を聞くのは慣れない。


「止めるなよ」


 ミョンが先に言った。


「まだ何もしてない」


「顔が止めそうじゃ」


「分かるの?」


「分かる」


 仕方なく最後まで聞く。


 途中。


 歌の音量。


 ギター。


 ベース。


 気になるところはある。


 でも。


「前よりちゃんとしてる」


「前とは?」


「録音したそのまま」


「ふむ」


 ミョンは黙って聞いている。


 最後の音が消えた。


「どう?」


 聞く。


 返事がない。


「ミョン?」


「もう一度」


「え」


「もう一度聞く」


「いいけど」


 最初から。


 二回目。


 ミョンは一度も口を開かなかった。


 音が終わる。


「……何」


 さすがに気になる。


「悪い?」


「違う」


「じゃあ何」


「残っておる」


「そりゃ録音だから」


「そうではない」


「また難しいやつ?」


 ミョンはパソコンのスピーカーを見る。


「お前らが鳴らしたものが、ここにある」


「うん」


「もう、今は鳴らしておらぬのに」


「録ったからな」


「不思議じゃ」


「神様がそれ言う?」


「神とは言っておらぬ」


「はいはい」


 でも。


 ミョンが本気で不思議そうにしているのは、少し意外だった。


「昔は録音なかった?」


「知らぬ」


「またそれ」


「でも、こんな音は知らぬ」


「こんなって?」


「箱から出る音」


「スピーカー」


「すぴーかー」


「そう」


 ミョンが一度口にする。


「変な名じゃ」


「お前に言われたくない」


「なぜじゃ」


「ミョンって名前も結構変だろ」


「そうか?」


「最初聞いた時、妙な名前だと思った」


「……妙?」


 一瞬。


 ミョンの顔が止まった。


「何」


「別に」


「今なんかあっただろ」


「ない」


「絶対ある」


「菓子」


「話そらすな」


「腹が減った」


「さっき食った」


「もうない」


「一袋食っただろ!」


     ◇


 翌日。


 三人でミックスを聞いた。


 スタジオではなく、シズクの家。


「ここ、もうちょっとベース上げたい」


 シズクが言う。


「何秒?」


「二番入ったあたり」


 再生を戻す。


「ここ?」


「そう」


「俺は今くらいでもいいと思う」


 ヒロキが言う。


「珍しく意見ある」


「ドラムとぶつかってる気がするから」


「ちゃんとした意見だった」


「何だと思ってたの」


「眠いとか」


「それもある」


「あるんだ」


 俺はイヤホンを片耳外した。


「ボーカルどう?」


「もうちょい上げてもいいんじゃない?」


 シズク。


「マジ?」


「少し」


「俺は今でいい」


 ヒロキ。


「割れた」


「アキは?」


「下げたい」


「却下」


「何で」


「自分の声嫌なだけでしょ」


「……」


「図星」


「でもギターもうちょい出したい」


「それも却下」


「俺の曲なのに!」


「三人の曲でしょ」


 言われて止まる。


「……そうだった」


「忘れないでよ」


 ミョンが俺の後ろから画面を覗く。


「この女の方が正しい」


「聞こえないのをいいことに味方すんな」


「何?」


 シズクが聞く。


「ミョンがお前の方が正しいって」


「分かってるじゃん」


「二対一になった」


 ヒロキが言う。


「俺も入れたら三対一」


「お前どっちでもいいって言っただろ」


「ボーカルは今でいいけど、三人の曲なのはシズクが正しい」


「そこだけ参加するなよ」


 シズクが笑った。


「じゃあ修正お願いするところまとめよう」


「うん」


 スマホにメモする。


 ベース。


 歌。


 最後のギター。


 数か所。


「ジャケットどうする?」


 シズクが聞いた。


「まだ考えてない」


「配信するならいるよ」


「写真?」


「三人の?」


「それは嫌」


 即答した。


「何で」


「恥ずい」


「ライブ出てるのに?」


「それとこれ違う」


「またそれ」


 ヒロキが言う。


「雨の写真でいいんじゃない?」


「そのまま過ぎない?」


「雨音クラブだし」


「ミョンにダサいって言われるぞ」


「もう言われてる」


「確かに」


 ミョンが腕を組んだ。


「雨の絵は悪くない」


「珍しく許可出た」


「じゃあ雨にする?」


 シズク。


「でも曲名『昨日までの音』だぞ」


「雨上がりとか?」


 少し考える。


「濡れた道路」


「いいかも」


「夜?」


「朝でもいい」


 ヒロキが言う。


「俺どっちでも」


「知ってる」


     ◇


 帰り。


 雨が降っていた。


「タイミングいいな」


「何がじゃ」


「ジャケットの話した日に雨」


「雨は前から降る」


「そうだけど」


 傘を開く。


 ミョンは入ってこない。


「濡れるぞ」


「濡れぬ」


「え」


 よく見る。


 雨が。


 ミョンに当たっていない。


 いや。


 当たっているように見えるのに。


 服も髪も濡れていない。


「……今さらだけど」


「なんじゃ」


「お前、やっぱ人間じゃないな」


「今さらじゃのう」


「触れるし、菓子食うし」


「うむ」


「でも雨に濡れない?」


「そうらしい」


「そうらしいって自分のことだろ」


「気にしたことがない」


「便利だな」


「傘もいらぬ」


「そこ羨ましい」


 歩く。


 雨の音。


 車。


 水たまり。


 傘に当たる音。


 ミョンが急に足を止めた。


「アキ」


「何」


「こっち」


「え?」


 細い道へ入っていく。


「どこ行くんだよ」


「こっちじゃ」


「家そっちじゃない」


「知っておる」


「じゃあ」


「来い」


 仕方なくついていく。


 住宅街。


 見覚えのある道。


「……ここ」


 気づいた。


 あの神社だ。


 最初に。


 解散しませんように、と願った場所。


「お前、ここ戻るの?」


「戻る?」


「元いた場所だろ」


「さあ」


「違うの?」


 ミョンは鳥居をくぐる。


 俺も続く。


 雨のせいか、誰もいない。


 あの日と同じ。


 小さな境内。


 賽銭箱。


 鈴。


「そういえば」


 立ち止まる。


「願い、一応叶ったんだよな」


「何が」


「解散しませんようにって」


「うむ」


「レン辞めたけど」


「解散はしておらぬ」


「そうなんだよな」


 財布を出す。


 百円。


「また入れるのか」


「お礼」


「菓子は?」


「今日はない」


「なんじゃと」


「お前にじゃなくて神社に」


「わしもここにおる」


「だから何」


 百円を入れる。


 二礼。


 二拍。


「ありがとうございました」


 少しだけ変な感じがする。


 誰に言っているのか。


 神様が横にいるかもしれないのに。


「終わり?」


「終わり」


「菓子は?」


「しつこい」


 帰ろうとして。


 境内の端に、小さな社があるのに気づいた。


「あれ何」


「知らぬ」


「お前ここにいたんじゃないの?」


「いたような気もする」


「適当」


 近づく。


 本殿よりずっと小さい。


 古い。


 雨で文字が見えづらい。


 横に、小さな札がある。


「……」


 傘を少し傾ける。


 読む。


「妙音……」


 止まった。


 もう一度見る。


「妙音天?」


 横を見る。


 ミョンがいない。


「……え?」


 さっきまでいた。


「ミョン?」


 返事がない。


「おい」


 境内を見回す。


 誰もいない。


「ミョン!」


 雨だけ。


 急に嫌な感じがした。


 社の裏を見る。


 いない。


「ミョン!」


「うるさいのう」


 真後ろから声。


「うわっ!」


 振り返る。


 普通にいる。


「何じゃ」


「何じゃじゃねえよ!」


「大声を出すな」


「お前消えただろ!」


「少し向こうにおった」


「何で!」


「菓子が供えてあった」


「お前な!」


 ミョンの手に、小さな包みがある。


「勝手に取るなよ!」


「わしのものじゃ」


「何でだよ!」


「供えられておった」


「だからって!」


 怒鳴りながら。


 ふと。


 札を見る。


 ミョンを見る。


 もう一度札。


「……なあ」


「なんじゃ」


「ミョンって」


「うむ」


「妙音のミョン?」


 ミョンの動きが止まった。


 一瞬だけ。


 でも。


 今度は見逃さなかった。


「お前」


「菓子を食べるぞ」


「待て」


「濡れる」


「お前濡れないだろ!」


「アキが濡れる」


「話そらすな!」


 ミョンは袋を開ける。


「妙音天って何」


「知らぬ」


「絶対知ってるだろ」


「知らぬ」


「ここに書いてある」


「文字は読めぬ」


「さっき数字読めたじゃん!」


「数字と文字は違う」


「嘘つけ!」


 ミョンは菓子を口に入れた。


「うまい」


「逃げんなよ」


「逃げておらぬ」


「じゃあ答えろ」


「何を」


「お前、妙音天なの?」


 雨の音だけが聞こえた。


 少しの間。


 ミョンは何も言わなかった。


 いつもの顔でもない。


 笑ってもいない。


「……知らぬ」


 やがて。


 本当に小さな声で言った。


「それは、嘘?」


 聞く。


 ミョンは俺を見た。


「分からぬ」


 その答えだけは。


 いつものごまかしとは、少し違って聞こえた。


     ◇


 神社を出る。


 ミョンはいつも通り隣を歩いている。


 でも。


 俺の頭の中は、さっきの文字でいっぱいだった。


 妙音天。


 ミョン。


「なあ」


「なんじゃ」


「本当に覚えてないの?」


「何を」


「自分が何なのか」


「……うむ」


「名前も?」


「ミョン」


「それ誰につけられたの」


 ミョンが黙る。


「覚えてない?」


「気づいた時には、そうだった」


「気づいた時?」


「呼ばれた」


「誰に」


「知らぬ」


「どんな声」


「忘れた」


「音は覚えてるんじゃなかったの?」


 ミョンが止まった。


「……それだけは」


「何」


「思い出せぬ」


 雨が傘を叩く。


 ミョンの横顔を見る。


 初めてだった。


 こいつが。


 少しだけ寂しそうに見えたのは。


「まあ」


 俺は前を向いた。


「別に今すぐ分からなくてもいいけど」


「よいのか」


「お前ずっと俺のこと急かさなかっただろ」


「歌えとは言ったぞ」


「めちゃくちゃ急かしてたな」


「うむ」


「じゃあ俺も言う」


「何を」


「そのうち思い出せ」


「簡単に言うな」


「お前の真似」


 ミョンが少し笑った。


「腹立つ男じゃのう」


「知ってる」


 少し歩く。


 妙音天。


 その名前は、頭から離れなかった。


 ミョン。


 妙な名前だと思っていた。


 もしかしたら。


 最初から、答えはその中にあったのかもしれない。

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