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神様はバンド名がダサいと言った  作者: 山吹 ことり


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第十五話 残す音

 『昨日までの音』を録ることになった。


 決めたはいい。


 問題は、金だった。


「高くない?」


 俺はスマホの画面を見ながら言った。


「ちゃんと録るならこんなもんじゃない?」


 シズクが向かいから覗き込む。


「レコーディング三時間、ミックス込みで……」


「足りる?」


「知らない」


「前どうしたの」


「レンいた時?」


「うん」


「五時間くらい」


「じゃあ足りないじゃん」


「でも今回は一曲だし」


「前も一曲だったよ」


「そうだっけ」


「アキ、本当に覚えてないね」


「曲作ったとこまでは覚えてる」


「録音も参加してたでしょ」


「ギター録ったら暇だった」


「レンがずっと歌い直してたじゃん」


「ああ」


 思い出した。


 テイクを重ねるレンの横で、ヒロキが寝ていた。


 シズクはコンビニへ行っていた。


 俺はミックスの人とギターの音について話していた。


「……あれ五時間か」


「たぶん」


「じゃあ今回も五時間?」


「アキが歌うから、もっとかも」


「やめろよ」


 ヒロキがソファから顔を上げる。


「俺、ドラム先に録ったら帰っていい?」


「ダメ」


「なんで」


「全員で聞くだろ」


「俺いなくても聞けるじゃん」


「お前の曲でもあるんだぞ」


「曲はアキの」


「アレンジしただろ」


「まあ」


「じゃあいろ」


「だる」


「お前、録音好きって言ってたじゃん」


「録るのは好き。待つのが嫌い」


「子どもかよ」


 ミョンは俺の隣で、料金表を覗き込んでいた。


「これは何の金じゃ」


「録音」


「音を残すだけで金がいるのか」


「機材とか場所とか人とか」


「面倒じゃのう」


「世の中だいたい金かかる」


「神社では百円だったぞ」


「その百円でお前ついてきたんだけど」


「安かったのう」


「自分で言うな」


 シズクが笑う。


「ミョン、百円だったの?」


「賽銭」


「ああ」


「あと菓子」


「そっちが本体じゃない?」


「たぶん」


「失礼じゃ!」


     ◇


 結局、五時間で予約した。


 料金は三人で割る。


 今までの物販の売上も少し使う。


「バンドっぽい」


 シズクが言った。


「何が」


「こういうの」


「前もやってただろ」


「今の三人では初めてじゃん」


「そうだけど」


「全部初めてだね」


 そう言われると、確かにそうだった。


 三人でライブ。


 三人で新曲。


 三人でレコーディング。


 同じ雨音クラブなのに。


 やっていることは、ほとんど最初からだった。


「アキ」


 ミョンが言う。


「何」


「楽しみか?」


「録音?」


「うむ」


「まあ」


「怖くないのか」


「ちょっとは」


「またか」


「歌って残るんだぞ」


「残したいのであろう」


「そうだけど」


「ではよいではないか」


「簡単に言うなって」


「お前は何でも難しくするのう」


「性格」


「知っておる」


「まだそんな付き合い長くないだろ」


「十分長い」


「何日だよ」


 数えようとして、やめた。


 ミョンが来てから。


 そんなに経っていない。


 なのに、もっと前からいるような気がする。


     ◇


 録音当日。


 最初はドラムだった。


 ヒロキがブースに入る。


「クリック聞こえる?」


 エンジニアが聞く。


「はい」


「一回通してみようか」


「お願いします」


 普段のだるそうな感じが、少しだけ消えていた。


「ヒロキ、仕事になるとちゃんとするね」


 シズクが小声で言う。


「ドラムだから」


「関係ある?」


「知らん」


 ミョンがガラスの向こうを覗く。


「音が違う」


「何が」


「ヒロキ」


「そりゃマイクいっぱい立ってるから」


「そうではない」


「じゃあ何」


「いつもより真っすぐじゃ」


「……真っすぐ?」


「余計な音がない」


 俺もヒロキを見る。


 カウント。


 ドラムだけが鳴る。


 ギターもベースも歌もない。


 それでも曲が分かる。


 キック。


 スネア。


 ハイハット。


 フィル。


 俺たちが何度も合わせた『昨日までの音』。


「……上手いな」


「今さら?」


 シズクが言う。


「普段あんまドラムだけ聞かないじゃん」


「失礼」


 ブースの中からヒロキがこっちを見た。


 聞こえていないはずなのに、何となく睨まれた気がした。


     ◇


 ドラム。


 ベース。


 ギター。


 順番に録る。


 思ったより順調だった。


 問題は、そのあとだった。


「じゃあ歌いこうか」


 言われた瞬間。


 急に喉が乾いた。


「……はい」


 ブースに入る。


 ヘッドホン。


 マイク。


 目の前に誰もいない。


 ライブより楽なはずなのに。


 逆だった。


 逃げる場所がない。


 自分の声しか聞こえない。


「アキ、聞こえる?」


「はい」


「一回通してみよう。気楽に」


「お願いします」


 気楽に。


 無理だろ。


 イントロが流れる。


 俺たちが録った音。


 歌い出す。


 一番。


 悪くない。


 二番。


 少し声が固い。


 サビ。


 最後まで。


「一回聞いてみようか」


 ブースを出る。


 再生。


 自分の声。


「……嫌だ」


 思わず言った。


 シズクが笑う。


「何が」


「全部」


「そんな悪くないよ」


「自分の声、こんな?」


「こんな」


「もっとましだと思ってた」


「みんなそうじゃない?」


 ヒロキが言う。


「俺、歌わないから知らない」


「お前今日それ禁止な」


「何が」


「俺歌わないから」


「便利なのに」


「禁止」


 ミョンだけが、再生されている音をじっと聞いていた。


「どう」


 俺が聞く。


「違う」


「何が」


「ライブの時と」


「そりゃ録音だから」


「そうではない」


「じゃあ何」


「また、小さくなった」


 嫌な予感がした。


「……何が」


「お前」


「またそれ?」


「うむ」


「でも今、自分で歌ってる」


「歌っておる」


「レン真似してない」


「それもそうじゃ」


「じゃあ何」


 ミョンは少し考えた。


「正しく歌おうとしておる」


 言葉に詰まった。


「……悪い?」


「悪くはない」


「じゃあ」


「じゃが、おもしろくない」


「ひど」


 シズクがこっちを見る。


「ミョン何て?」


「面白くないって」


「歌が?」


「たぶん」


「結構言うね」


「だろ」


「でも」


 シズクが再生を止めた。


「ちょっと分かるかも」


「お前まで?」


「ライブの方がよかった」


「音程は今の方が合ってるだろ」


「合ってる」


「リズムも」


「合ってる」


「じゃあ何」


「綺麗すぎる」


「俺の歌が?」


「歌い方」


 ヒロキも少し考える。


「失敗しないようにしてる感じ」


「……」


「ライブの時、もっと雑だった」


「褒めてる?」


「多分」


「またそれかよ」


 でも。


 二人が同じことを言うなら。


 たぶん、そうなんだろう。


     ◇


 二回目。


 今度は、音程を気にしすぎないようにした。


 でも気にしないようにすると、余計気になる。


 三回目。


 歌詞を一か所噛んだ。


「ごめんなさい」


「大丈夫。もう一回そこからいこう」


 四回目。


 声が少し疲れてきた。


「休む?」


 エンジニアが聞く。


「大丈夫です」


「無理しないでね」


「はい」


 ブースの外を見る。


 シズク。


 ヒロキ。


 ミョン。


 三人ともいる。


 ヒロキは少し眠そう。


 シズクは真面目に聞いている。


 ミョンは。


 俺を見ていた。


「何」


 マイクには入らないよう、小さく言う。


 ミョンが口を動かす。


「聞こえん」


「当たり前だろ」


 ヘッドホンを少しずらす。


「何」


「誰に歌っておる」


「またそれ?」


「うむ」


「音源なんだから、聞く人」


「誰じゃ」


「知らないよ」


「だから小さい」


「意味分かんない」


「知らぬ人に歌おうとするからじゃ」


 俺はマイクを見る。


「じゃあ誰に歌えばいいんだよ」


 ミョンは少しだけ笑った。


「お前が知っておる者でよい」


「誰」


「わしは知らぬ。自分で決めよ」


 ヘッドホンを戻す。


「もう一回お願いします」


「了解」


 イントロ。


 誰に。


 考える。


 客。


 違う。


 レン。


 違う。


 シズク。


 ヒロキ。


 ミョン。


 どれも少し違う。


 歌い出し。


「昨日までの音を

 まだ部屋に置いたまま」


 歌い出してみると、誰か一人に向ける曲じゃないとすぐに分かった。四人だった頃の俺たちも、三人になった今の俺たちも、ライブに来てくれた人も、レンも、シズクも、ヒロキも、ミョンも。今この曲を知っているものも、これから知るものも、全部でいい。


 そう思ったら、さっきまでより少し雑に歌えた。その方がずっと楽だった。サビで声が掠れても直さず、そのまま最後まで行った。


「……今の」


 ヘッドホンからエンジニアの声。


「よかったね」


 ブースの外を見る。


 シズクが頷いている。


 ヒロキも。


 ミョンだけは、妙に得意そうな顔をしていた。


     ◇


 録音が全部終わった。


「疲れた」


 ソファに沈む。


「アキだけ最後長かったね」


 シズクが言う。


「歌って大変だな」


「今さら?」


「レンに謝りたい」


「何を」


「昔、テイク多いって思ってた」


「言ってたよね」


「本人には言ってない」


「顔に出てたと思う」


「マジ?」


「多分」


 ヒロキがスマホを見る。


「もう帰っていい?」


「ミックス聞くだろ」


「まだ?」


「今から」


「長」


「お前ずっと座ってただろ」


「待つの疲れる」


「最初に言ってたな」


 ミョンは、スピーカーの前に立っている。


「そこ邪魔」


「誰にも見えぬ」


「俺には見える」


「では横を見るがよい」


「そういう問題じゃない」


 エンジニアが再生する。


 ドラム。


 ベース。


 ギター。


 歌。


 全部が一つになる。


 スタジオで鳴らしていた時より、細かいところまで聞こえる。


「……これ、俺ら?」


「俺らでしょ」


 シズクが言う。


「なんか変」


「何が」


「ちゃんとしてる」


「それはいいことでしょ」


「そうだけど」


 ヒロキのドラム。


 シズクのベース。


 俺のギター。


 俺の声。


 誰も欠けていない。


 レンの声もない。


 それでも。


 雨音クラブだった。


「ミョン」


「なんじゃ」


「どう」


 ミョンはすぐには答えなかった。


 最後まで聞く。


 音が止まる。


「残ったのう」


「……何が」


「今日の音」


 胸の奥が少し動いた。


「うん」


「もう消えぬのか?」


「データ消さなきゃ」


「なら、よい」


 ミョンはそれだけ言った。


     ◇


 帰り。


 三人で駅へ向かう。


「配信どうする?」


 シズクが言った。


「出したい」


「いつ?」


「ミックス完成してから」


「ジャケットもいるね」


「忘れてた」


「アキ作る?」


「俺?」


「曲作った人」


「関係ある?」


「何となく」


 ヒロキが欠伸をする。


「俺、デザイン分かんない」


「知ってる」


「じゃあ二人で決めて」


「また逃げた」


「適材適所」


「便利な言葉覚えたな」


 ミョンが俺の横を歩く。


「配信すれば、たくさんの者が聞けるのか?」


「まあ」


「知らぬ土地でも?」


「たぶん」


「遠くでも?」


「ネットあるところなら」


 ミョンが少し黙った。


「すごいのう」


 珍しく、本気で感心していた。


「昔はなかった?」


「昔?」


「あ」


 俺は足を止めた。


 ミョンも止まる。


「お前さ」


「なんじゃ」


「いつからいるの?」


 ミョンは瞬きをした。


「いつから?」


「神社に」


「……知らぬ」


「覚えてない?」


「うむ」


「どれくらい前から?」


「知らぬ」


「百年とか?」


「さあ」


「千年?」


「さあのう」


「適当すぎるだろ」


 ミョンは少しだけ困ったような顔をした。


 初めて見た。


「本当に覚えてないの?」


「音は覚えておる」


「音?」


「たくさん」


「どんな」


 ミョンは空を見た。


「鈴」


「神社の?」


「笛。太鼓。歌」


「昔の?」


「知らぬ」


「それから?」


「雨」


「……雨?」


「ずっと聞こえておった」


 何となく。


 雨音クラブという名前を思い出した。


「だから、お前うちのバンド名」


「ダサい」


「最後まで言わせろよ」


「ダサいものはダサい」


「そこだけ元気だな」


 ミョンが笑った。


 さっきの困った顔は、もう消えていた。


 音は覚えている。


 その言葉だけが、帰り道に少し残った。

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