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神様はバンド名がダサいと言った  作者: 山吹 ことり


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14/24

第十四話 誰かと比べなくていい

 ライブの翌日。


 昼過ぎに目を覚ますと、スマホの通知がやけに多かった。


「……何これ」


 雨音クラブのアカウント。


 いつもの倍くらい通知が来ている。


 昨日のライブ動画が上がっていた。


 誰かが客席から撮った『昨日までの音』。


 サビの途中から、一分くらい。


「また勝手に」


「何じゃ」


 ミョンがベッドの端から覗き込む。


「昨日の動画」


「見せよ」


「見ても分かるの?」


「音が出るのであろう」


「まあ」


 再生する。


 画面の中で、俺が歌っている。


「……やっぱ無理」


 十秒で止めた。


「なぜ止める」


「恥ずい」


「昨日はもっと大勢の前で歌っておったではないか」


「その場と動画は違う」


「同じでは?」


「違う」


「面倒じゃのう」


 動画には反応がついていた。


『新曲いい』


『三人になってから雰囲気変わった』


『アキの声、この曲に合ってる』


 そこまではいい。


 普通に嬉しい。


 でも少し下に、


『レンの頃より今の方が好きかも』


 とあった。


 指が止まった。


「……」


「何じゃ」


「いや」


「顔が変わったぞ」


「何でもない」


「嘘じゃ」


「何でもないって」


 スマホを伏せる。


「人間はすぐ隠すのう」


「全部言う必要ないだろ」


「わしには分かるぞ」


「何が」


「嫌な音がした」


「俺から?」


「うむ」


「……便利だな」


「便利じゃぞ」


 ミョンはそれ以上聞かなかった。


 その代わり、


「菓子」


「朝から?」


「昼じゃ」


「そういう問題じゃねえよ」


     ◇


 夕方。


 グループチャットに、シズクから同じ動画が送られてきた。


『これ見た?』


『見た』


 ヒロキ。


『俺も映ってる?』


 シズク。


『そこ?』


『ドラムあんま映ってない』


『じゃあいい』


『何がいいの』


 俺も返信する。


『コメントも見た?』


 少しして。


『見た』


 シズク。


『どれ』


 ヒロキ。


 スクリーンショットを送る。


『レンの頃より今の方が好きかも』


 しばらく返事がなかった。


 先に来たのはヒロキだった。


『まあ好みじゃない』


 それはそうなんだけど。


 シズクから来る。


『私はこういう褒め方あんまり好きじゃない』


 俺も同じだった。


『だよな』


『今が好き、でいいじゃん』


『レン下げなくても』


『そう』


 少しだけ安心した。


 何に安心したのかは分からない。


 その直後、ヒロキ。


『本人見てそう』


 三人とも止まった。


「……確かに」


 レンなら見ているかもしれない。


 前の動画も見ていた。


 個人のメッセージを開く。


 何も来ていない。


「送るのか?」


 ミョンが言う。


「何を」


「レンに」


「送らない」


「何か気にしておる」


「別に」


「また嘘じゃ」


「お前最近そればっかりだな」


「分かりやすいからのう」


 スマホを置いた。


「俺が気にしても仕方ないだろ」


「では気にするな」


「できたら苦労しない」


「人間は難しいのう」


「だからずっと言ってるだろ」


     ◇


 二日後。


 スタジオに入ると、シズクが先に来ていた。


「おつかれ」


「おつかれ」


 ベースを出している。


「ヒロキは?」


「コンビニ」


「また?」


「眠いって」


「コーヒーか」


「多分」


 ミョンがシズクの横を通る。


 シズクが少しだけ避けた。


「……今ミョン通った?」


「え」


「何となく」


「分かるようになってきたの?」


「見えないけど」


 ミョンが振り返る。


「ほう」


「何」


「この女、少し耳がよくなったかもしれぬ」


「耳?」


「音ではない。気配じゃ」


「それ耳じゃないだろ」


「細かい男じゃ」


 シズクがこっちを見る。


「何て?」


「ちょっとミョンを感じるようになったんじゃないかって」


「怖」


「俺も怖い」


「嬉しくないの?」


「俺だけ見える方がまだ整理つく」


「それはそうかも」


 シズクはベースの弦を軽く鳴らした。


「ねえ」


「何」


「昨日のコメントさ」


「ああ」


「レンには送ってないよね?」


「送ってない」


「ならいい」


「シズクも気になった?」


「そりゃ」


「まだ好きだから?」


 言ってから。


 失敗したと思った。


 シズクの手が止まった。


「……何でそうなるの」


「ごめん」


「アキってたまにすごい直球だよね」


「ほんとごめん」


「別に」


 少し沈黙。


「好きかどうかは、分かんない」


「……うん」


「でも、嫌いではないよ」


「うん」


「別れたからって、全部嫌いになるわけじゃないし」


「そうだよな」


「だから」


 シズクはアンプのつまみを触りながら言った。


「今の雨音クラブ褒めるために、レンのこと悪く言われるのは嫌」


「分かる」


「でも戻ってきてほしいわけでもない」


「……うん」


「変?」


「いや」


 ミョンが俺の隣で静かに聞いている。


 今日は何も言わない。


「アキは?」


「何が」


「レン戻ってきてほしい?」


 今度は俺が止まった。


 少し前なら。


 即答していた。


 戻ってこい。


 絶対。


「……今は」


「うん」


「戻ってきたら困るかも」


 言ってから、自分で驚いた。


 シズクも少し目を見開いた。


「そこまで?」


「だって」


 マイクを見る。


 俺の高さになっている。


 セットリストも変わった。


 新曲もできた。


「今、三人でやってるし」


「うん」


「レン戻ってきたら、俺またギターだけになるのかなとか」


「別に四人でもアキ歌えばいいじゃん」


「それは変だろ」


「何で。曲で変えれば?」


「……それはそれで」


「ほら。もう前と同じに戻す前提じゃないじゃん」


 言われて気づいた。


 本当だ。


 俺が戻ってきてほしかったのは。


 前の雨音クラブを戻したかったからだ。


 でも。


 今の雨音クラブを消してまで戻したいかと言われたら。


「……戻らなくていいのかも」


 小さく言った。


 シズクが笑う。


「やっと?」


「何だよ」


「アキ、一番時間かかったね」


「うるさい」


 ミョンが口を開いた。


「やっと今の音を選んだのう」


「……聞こえてた?」


「全部」


「何て?」


 シズクが聞く。


「やっと今の音を選んだって」


「へえ」


「何その反応」


「ミョン、たまにいいこと言うよね」


「たまに?」


 ミョンが不満そうにする。


「伝える?」


「やめとく」


     ◇


 ヒロキが戻ってきた。


 缶コーヒーと、菓子の袋を持っている。


「はい」


 俺に渡す。


「何これ」


「ミョン」


「また?」


「前の赤いやつ」


 ミョンがすぐ近づいてくる。


「ヒロキ」


「何」


「お前、ミョン見えないのに扱い慣れてきたな」


「アキが機嫌悪くなるよりいい」


「俺?」


「菓子ないとミョンにずっと絡まれてるじゃん」


「それ俺の機嫌じゃないだろ」


「結果同じ」


「雑」


 袋を開ける。


 ミョンに渡す。


「うむ」


「礼くらい言え」


「ヒロキ、礼を言うぞ」


「聞こえない」


「ありがとうだって」


「どういたしまして」


 ヒロキはドラムの方へ歩いていった。


 ミョンが少し目を丸くする。


「変な男じゃのう」


「お前に言われたくないと思う」


     ◇


 その日は『昨日までの音』から始めた。


 もう完成している。


 だから直すところはほとんどない。


 でも、ライブをやった後は少し違った。


「サビ、もっと広くしたい」


 シズクが言う。


「ベース?」


「うん」


「やってみる?」


「ヒロキ、その前ちょっと空けられる?」


「どこ」


「ここ」


 三人で確認する。


 もう一度。


 音が変わる。


「こっちいい」


 俺が言う。


「だよね」


「じゃあこれで」


 曲は完成したと思っていた。


 でも、また変わる。


「完成って何なんだろうな」


 俺が言うと、ヒロキが答えた。


「配信したら完成じゃない?」


「現実的」


「それまでは変えていいでしょ」


「まあ」


 シズクが俺を見る。


「配信する?」


「え」


「この曲」


「……考えてなかった」


「ちゃんと録って」


「雨音クラブで?」


「他に何があるの」


「いや」


 急に大きな話に感じた。


 今までも音源は作っている。


 レンが歌った曲。


 配信もしている。


 でも。


 俺が歌った雨音クラブの音源。


「怖い?」


 シズクが聞く。


「ちょっと」


「また?」


「歌って残るんだぞ」


「それが配信でしょ」


「そうだけど」


 ヒロキが言う。


「録ればいいじゃん」


「お前ら簡単に」


「嫌なら出さなきゃいいし」


「それもそうか」


「スタジオでちゃんと録る?」


「金かかるぞ」


「少し貯めれば」


 シズクが言う。


「物販も前より出てるし」


「マジ?」


「見てないの?」


「シズクに任せてた」


「見なよ」


「ごめん」


 ミョンが俺の袖を引く。


「何」


「録るとは何じゃ」


「曲を残す」


「残す?」


「ちゃんと音源にして。何度も聞けるように」


 ミョンの顔が変わった。


 少しだけ。


「それは、よいな」


「珍しく食いついた」


「音を残せるのであろう」


「今までもあるけど」


「三人の音は、まだない」


 その言い方で、少し気持ちが動いた。


「……録る?」


 シズクを見る。


「私はやりたい」


 ヒロキ。


「どっちでもいいけど、やるならちゃんとやる」


「そこは真面目なんだ」


「ドラム録るの好き」


「初めて聞いた」


「言ってないから」


「じゃあ」


 一度息を吸った。


「録ろう」


 シズクが笑う。


「決まり」


     ◇


 練習が終わったあと。


 ライブハウスからメッセージが来ていた。


『先日はありがとうございました。

 三人体制になってからの反応も良く、もしよければ来月のイベントにも出演いただけませんか?』


「……マジ?」


「何」


 ヒロキが覗く。


「ライブ」


「また?」


「声かかった」


「へえ」


「へえって」


「出るんでしょ」


「シズクは?」


「出たい」


「即答」


「新曲もう一曲ほしいけど」


「今から?」


「一か月ある」


「また作れって?」


「アキ作れるでしょ」


「簡単に言うなよ」


「最近作ったじゃん」


「毎月できるもんじゃない」


 ミョンが笑う。


「今度はどんな音になるか聞きたいのう」


「……」


「何じゃ」


「お前、最近曲に興味持ち始めてない?」


「最初から音には興味がある」


「菓子しか興味ないのかと思ってた」


「失礼じゃな」


 出演依頼を見る。


 三人になった雨音クラブに来た仕事。


 レンがいた頃の続きじゃない。


 今の俺たちを見て、呼ばれた。


「出よう」


 俺は言った。


「うん」


 シズク。


「了解」


 ヒロキ。


 返事を送る。


 送信。


 少しだけ手が震えた。


 怖いからじゃない。


 たぶん。


     ◇


 帰り道。


 ミョンが横を歩いている。


「忙しくなってきたのう」


「誰のせいだよ」


「わし?」


「神社で解散しませんようにって願ったら、お前が来た」


「うむ」


「レン辞めた」


「うむ」


「俺が歌うようになった」


「うむ」


「新曲できた」


「うむ」


「ライブ増えた」


「うむ」


「全然願った通りじゃないんだけど」


 ミョンが笑った。


「解散しておらぬぞ」


 足が止まった。


「……まあ」


「叶っておるではないか」


「こんな形だと思ってなかった」


「願いとは、形まで決めるものなのか?」


「知らん」


「わしも知らぬ」


「神様っぽいこと言った直後にそれやめろ」


「神とは言っておらぬ」


「もういいよ」


 歩き出す。


 ミョンがついてくる。


 三人になった雨音クラブは。


 前の雨音クラブよりいいわけじゃない。


 悪いわけでもない。


 比べなくていい。


 ようやく。


 それくらいは分かるようになってきた。

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