第十三話 新しい曲を、最初に聴く人
『昨日までの音』は、ほとんど完成した。
ほとんど。
というのは。
「ここ気になる」
俺が言う。
「また?」
シズク。
「一行だけ」
「昨日も一行って言ってた」
「昨日とは別」
「終わらないやつだ」
ヒロキが言う。
「終わるよ」
「いつ」
「今日」
「昨日も聞いた」
「うるさい」
スマホの歌詞を見る。
何度も直した。
増やして。
消して。
戻して。
また変えて。
最初に家で作った時とは、結構違う。
「どこ?」
シズクが覗く。
「二番の最後」
「別に変じゃないけど」
「なんか引っかかる」
「何が」
「分かんない」
「一番面倒なやつ」
「分かってる」
ヒロキがスティックを持つ。
「一回通そう」
「今?」
「歌ったら気にならなくなるかもしれない」
「そういうことある?」
「知らない」
「適当だな」
「でも止まってても分かんないでしょ」
それはそうだった。
「じゃあやる」
三人で構える。
ヒロキのカウント。
イントロ。
もう。
何度やったか分からない。
最初は。
俺が家で鳴らしただけのコードだった。
今は。
イントロだけで。
三人の曲だと分かる。
一番。
サビ。
二番。
気になっていた一行。
そのまま歌う。
「……」
通り過ぎる。
別に。
引っかからない。
最後まで。
音が止まる。
「どう?」
シズク。
「……別にいいな」
「ほら」
「考えすぎ」
ヒロキ。
「分かってる」
「じゃあ完成?」
「……」
「また考えてる」
「完成」
言った。
「ほんとに?」
「ほんとに」
「録音した?」
シズク。
「した」
「歌詞保存した?」
「した」
「じゃあもう触らない」
「そこまで?」
「明日また一行とか言いそうだから」
「言わないよ」
「言う」
「言わない」
ミョンが。
少し離れたところで聞いていた。
「最初より、ずっと三人の音になったのう」
「最初?」
「アキが家で鳴らしておった時」
「あれから聞いてたのか」
「うむ」
「そういやいたな」
「失礼じゃな」
「最初の客だな」
「客?」
「最初に聞いたやつ」
ミョンは少し考える。
「客は金を払うのであろう」
「まあ」
「わしは菓子をもらう」
「逆だな」
「では客ではない」
「じゃあ何なんだよ」
ミョンは。
真面目な顔で少し考えて。
「わしはミョンじゃ」
「またそれ」
「何が悪い」
「何にも答えてない」
「名を聞かれたと思った」
「聞いてない」
ミョンが笑う。
でも。
最初にこの曲を聞いたのが。
こいつなのは。
確かだった。
◇
新曲をどう出すか。
三人で話した。
「動画先に上げる?」
シズク。
「いや」
俺は首を振る。
「ライブで最初にやりたい」
「何で」
「何となく」
「またそれ」
「でも」
少し考える。
「客の前で最初に鳴らしたい」
「完成したって感じするから?」
「それもある」
「じゃあ次のライブ?」
ヒロキ。
「そうしよう」
セットリストを開く。
一曲増やすなら。
一曲外す。
「これ?」
シズクが指す。
候補は。
すぐ決まった。
レンが一番よく歌っていた曲。
今の俺が歌うと。
まだ。
どうしてもレンの歌い方が頭に出てくる曲。
「これ外す?」
「うん」
「アキ好きだったじゃん」
「好きだよ」
「じゃあ残してもよくない?」
「嫌だから外すわけじゃない」
シズクが見る。
「じゃあ何」
「今やる曲じゃない気がする」
「……そっか」
画面の上で。
その曲をセットリストから外す。
一瞬。
変な感じがした。
レンがいた頃から。
何度もやった。
俺も好きだった。
客の反応もいい。
なのに。
今度のライブではやらない。
「捨てるわけじゃない」
自分で言った。
少し止まる。
「置いとくだけ」
シズクが笑う。
「新曲と同じじゃん」
「何が」
「捨てるほどでもなくて」
「あ」
ヒロキも気づく。
「作った本人が一番分かってない」
「うるさい」
「そのうちまたやればいいじゃん」
ヒロキが言う。
「三人で?」
「三人でやりたくなったら」
「……うん」
外すことと。
なくすことは。
同じじゃない。
少し前なら。
たぶん。
そうは思えなかった。
◇
ライブ前日。
SNSにメッセージが来た。
『次のライブ、新曲やりますか?』
知らない人。
名前を見る。
前のライブにも来てくれたらしい。
『やります』
返信する。
少し考えて。
もう一行。
『三人になってから最初に作った曲です』
送る。
すぐに。
『楽しみにしてます』
返ってきた。
「……」
もう一度。
読む。
楽しみにしてます。
まだ。
誰も知らない曲なのに。
メロディも。
歌詞も。
タイトルだって。
SNSではまだ出していない。
それでも。
聞きたいと言ってくれる人がいる。
「何をにやけておる」
ミョン。
「にやけてない」
「口が上がっておる」
「メッセージ来ただけ」
「誰からじゃ」
「客」
「新曲を聞きたいって」
「そうか」
「うん」
「なら鳴らせばよい」
「そのつもり」
「珍しく簡単じゃな」
「何が」
「お前が」
「……うるさい」
◇
ライブ当日。
三曲目。
二曲終わって。
少しだけ。
息を整える。
前のライブとは。
緊張の種類が違った。
今日は。
歌うことより。
この曲を出す方が怖い。
誰も知らない。
初めて聞かれる。
反応も。
分からない。
マイクに近づく。
「次、新しい曲やります」
声を出す。
客席を見る。
前より。
怖くない。
何人かが。
少し前を向く。
聞こうとしてくれている。
「三人になってから、最初に作りました」
言ってから。
シズクを見る。
シズクが頷く。
ヒロキを見る。
スティックを軽く上げる。
「『昨日までの音』」
ヒロキのカウント。
始まる。
イントロ。
客席は。
静かだ。
当然。
誰も知らない。
手拍子もない。
次に何が来るか。
誰も分からない。
それが。
少し変な感じだった。
いつもの曲なら。
サビで前の方の人が動く。
知っている人なら。
歌詞を口にする。
今は。
何もない。
ただ。
聞いている。
最初の歌詞。
「昨日までの音を
まだ部屋に置いたまま」
声が。
客席へ出ていく。
家で。
最初に歌った時。
ミョンしか聞いていなかった言葉。
次に。
シズクとヒロキが聞いた。
何度も直した。
何度も鳴らした。
今。
初めて。
知らない人のところまで届いている。
二番。
少し。
客席を見る。
動かない人。
目を閉じている人。
歌詞を聞くみたいに。
ステージを見ている人。
いいのか。
悪いのか。
分からない。
でも。
前みたいに。
すぐ不安にはならなかった。
俺たちは。
もう知っている。
この曲を。
三人で。
何度も鳴らした。
シズクのベースが入るところ。
ヒロキが一拍空けるところ。
俺が声を出すところ。
そこだけ。
考える。
サビ。
三人で入る。
音が。
少し大きくなる。
客席の前の方で。
一人。
身体を揺らした。
次。
もう一人。
ほんの少し。
それだけで。
嬉しかった。
最後の歌詞。
歌い切る。
ギター。
ベース。
ドラム。
最後の音。
伸びる。
消える。
一瞬。
静か。
その間が。
思ったより長く感じた。
次に。
拍手。
少し遅れて。
思ったより大きく。
「……」
息を吐く。
「ありがとうございます」
ちゃんと。
前を見て言えた。
◇
物販のあと。
片づけていると。
「あの」
声をかけられた。
女の客。
見覚えがある。
多分。
前のライブにもいた。
「はい」
「新曲、よかったです」
「あ、ありがとうございます」
一瞬。
何て返せばいいか分からなかった。
「歌詞好きでした」
「ほんとですか」
「はい」
「……よかった」
「また聞きたいです」
「……はい」
それだけ。
「ありがとうございます」
もう一度。
言う。
客は。
少し笑って。
帰っていった。
シズクが横から見る。
「嬉しそう」
「別に」
「出てる」
「何が」
「顔」
「また?」
「ずっと」
ヒロキも。
「よかったじゃん」
「うん」
「素直」
「今日はいいだろ」
また聞きたい。
その一言が。
帰り道まで。
ずっと残った。
一回。
聞いて。
もう一回聞きたいと言われた。
それは。
思っていたより。
嬉しかった。
◇
スマホが震える。
見る。
レン。
『新曲やった?』
『やった』
すぐ。
『どうだった』
『よかった』
『自分で言う?』
『客に言われた』
『へえ』
少しして。
『動画ある?』
一瞬考える。
『ない』
嘘ではない。
誰かが撮っているかもしれないけど。
俺の手元にはない。
『次のライブ来いよ』
送る。
『直接聞けって?』
『そう』
『偉くなったな』
『うるさい』
『前は俺に聞かせたがってたのに』
指が止まる。
少し前なら。
新曲ができたら。
まず。
レンに歌わせることを考えていた。
今は。
違う。
『今の雨音クラブの曲だから』
送る。
既読。
少し間。
『そっか』
それだけ。
嫌な感じは。
しなかった。
『じゃあ次行けたら行く』
『来い』
『命令?』
『客だろ』
『偉くなったな』
『二回言うな』
ミョンが。
横からスマホを覗く。
「レンか」
「うん」
「聞かせぬのか」
「次来れば聞ける」
「なぜじゃ」
「今の雨音クラブの曲だから」
「うむ」
「レンに最初に聞かせるために作ったわけじゃない」
「うむ」
「客に聞いてほしい」
「うむ」
「今日みたいに」
少し考える。
「また聞きたいって言ってもらえたらいい」
「では鳴らせばよい」
「簡単に言うな」
「もう鳴らしたではないか」
「……そうだけど」
「なら次もじゃ」
「ほんと簡単だな」
「難しくする必要があるのか?」
「ないかも」
ミョンが笑う。
「あと」
「なんじゃ」
「お前はもう聞いてるし」
「うむ」
「最初から」
「うむ」
「だから」
「だから?」
「これからも聞いてろよ」
言ってから。
少し恥ずかしくなった。
ミョンが。
目を細める。
「なら、これからも聞いてやろう」
「上からだな」
「菓子一つで」
「有料じゃん」
「安いぞ」
「自分で言うな」
昨日までの音は。
まだ残っている。
なくす必要も。
忘れる必要もない。
それでも。
今日。
初めて誰かに聞かせた音も。
もう。
俺たちの中に。
残り始めていた。




