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神様はバンド名がダサいと言った  作者: 山吹 ことり


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12/22

第十二話 昨日までの音

 新曲は、あと少しで完成しそうだった。


「二番ここ変じゃない?」


 シズクが歌詞を指す。


「どこ」


「『拾い集める』」


「何で」


「一番で置いたままって言ってるのに、拾うの?」


「……確かに」


「珍しく素直」


「歌詞は直す」


「曲は?」


「場合による」


「頑固」


 ヒロキが横から覗き込む。


「俺もそこちょっと変だと思ってた」


「先に言えよ」


「今シズクが言ったから」


「後乗りじゃん」


「同意」


「便利な言葉使うな」


 スマホのメモを開く。


 拾い集める。


 消す。


 その前の行から読む。


「昨日までの音を

 まだ部屋に置いたまま」


 次。


「片づける理由もなくて

 捨てるほどでもなくて」


 問題の二番。


「……」


「止まった」


 ヒロキ。


「考えてる」


「歌詞ってそんな考えるんだ」


「お前、曲作りなめてる?」


「なめてない」


「顔がなめてる」


「どんな顔」


 シズクが笑う。


「ヒロキの顔」


「ひど」


 もう一度。


 スマホを見る。


 言葉を打つ。


 消す。


 また打つ。


「名前もつけずに残った

 言葉だけそこにあって」


 少し声に出す。


「どう」


 シズクがすぐ頷く。


「そっちの方がいい」


「俺も」


 ヒロキ。


「どこが?」


「意味が自然」


「さっきまで歌詞分かってない顔してたのに」


「それは分かる」


「何なんだよ」


 でも。


 自分でも。


 こっちの方がいいと思った。


 拾うんじゃない。


 なくなったものを。


 集め直すわけでもない。


 ただ。


 残っている。


 それでいい。


「じゃあこれ」


「うん」


「もう一回やる?」


「やる」


 ギターを持つ。


 ヒロキがスティックを上げる。


 カウント。


 イントロ。


 最初の頃より。


 かなり形になった。


 シズクのベース。


 ヒロキのドラム。


 俺のギター。


 歌。


 全部。


 最初に家で作った時とは。


 もう違う。


 二番。


 今直した歌詞を歌う。


「名前もつけずに残った

 言葉だけそこにあって」


 歌いながら。


 少しだけ。


 しっくりきた。


 最後まで。


 止めない。


 音が消える。


「今のいい」


 シズク。


「うん」


 ヒロキも。


「もう完成でよくない?」


「まだ」


「どこ」


「細かいとこ」


「出た」


「何」


「アキの細かいとこ」


「曲なんだから細かくなるだろ」


「終わらないやつ」


「終わらせるよ」


「今日?」


「……多分」


「多分なんだ」


     ◇


 休憩中。


 シズクが歌詞を見ながら言った。


「これ、レンの歌?」


「違う」


 即答した。


 自分でも。


 少し早かったと思う。


「全然?」


「全然ではない」


「どっち」


「レンだけじゃない」


 少し考える。


 どう言えばいいのか。


「四人だった時のこと全部」


「……そっか」


「別に戻りたいとかじゃなくて」


「うん」


「なくなったわけでもないなって」


 言葉にすると。


 少し変だった。


 レンは辞めた。


 四人ではなくなった。


 それは。


 なくなったことだと思っていた。


 でも。


 一緒にやった曲も。


 ライブも。


 スタジオも。


 くだらない会話も。


 なくなるわけじゃない。


「残ってるけど」


 俺は続ける。


「前と同じではない、みたいな」


「うん」


「そういう曲」


 シズクは。


 しばらく黙って歌詞を見ていた。


「私さ」


「何」


「まだレンの歌、分かるんだよね」


「そりゃ何年も一緒にやったし」


「そうじゃなくて」


 ベースの弦を。


 指で軽く触る。


「ここで息吸うとか」


「うん」


「ここでちょっと遅れるとか」


「ああ」


「次にどう歌うか、演奏してると分かる」


「俺も分かる」


「でしょ」


「うん」


「三人になってからも」


 シズクが続ける。


「たまに、そのタイミングで待っちゃう」


「……」


 分かる。


 最初に三人でやった時。


 俺も。


 レンの声が入る場所で。


 一瞬待った。


「体が覚えてるんだよね」


「うん」


「消した方がいいのかなって、ちょっと思ってた」


「何で」


「三人になったから」


「別に消さなくてよくない?」


 自然に出た。


 シズクがこっちを見る。


「いいの?」


「何が」


「そういうの残ってても」


「だって無理だろ」


「まあ」


「何年も一緒にやってたんだから」


「うん」


「覚えてるものまで消す必要ないじゃん」


 言ってから。


 少しだけ。


 自分でも驚いた。


 少し前まで。


 俺は。


 四人をそのまま残そうとしていた。


 レンがいなくても。


 レンの場所を埋めようとして。


 音を増やして。


 戻そうとしていた。


 今は。


 違う。


 残っているものと。


 戻すことは。


 同じじゃない。


「音は消えぬ」


 横から。


 ミョンが言った。


「何」


「覚えた音は残る」


「うん」


「じゃが」


 少し間。


「同じ鳴り方はせぬ」


「……」


「昨日の音を」


 ミョンが言う。


「今日そのまま鳴らすことなどできぬ」


「それ」


「何じゃ」


「今の」


 シズクを見る。


「ミョンが」


「何て?」


「音は消えないけど、同じ鳴り方はしないって」


 シズクが。


 少しだけ目を伏せる。


「……たまにいいこと言うね」


「たまに?」


 ミョンが不満そうにする。


「今怒ってる?」


「うん」


「聞こえないから大丈夫」


「お前ら最近強いな」


 ヒロキが戻ってきた。


「何の話?」


「ミョンがたまにいいこと言うって」


「たまに?」


「お前まで!」


 聞こえてないくせに。


 ちょうど同じことを言う。


 ミョンが本気で嫌そうな顔をした。


     ◇


「はい」


 ヒロキが。


 俺に赤い袋を渡す。


「何これ」


「ミョン」


「お前が?」


「前食べてたやつでしょ」


 見る。


 コンビニで。


 俺が何度か買った菓子。


「何で買ってきたの」


「見えないのに?」


「そう」


「消えるの面白いし」


「実験みたいに言うな」


 ミョンが。


 すぐ寄ってくる。


「ヒロキ、よい男じゃ」


「礼言ってる」


「どういたしまして」


「聞こえてないのに普通に返すなよ」


「慣れた」


「何に?」


「見えない女がいる生活」


「生活ではない」


 シズクが笑う。


「でも普通になってきたよね」


「何が」


「アキが急に誰もいないところと喋るの」


「嫌な慣れ方」


「最初怖かったけど」


 ヒロキが言う。


「今は菓子消えるくらいだし」


「あとペットボトル浮く」


「それも」


「十分怖いだろ」


 ミョンは。


 もう袋を開けようとしている。


「待て」


「なぜじゃ」


「ヒロキが買ったんだからヒロキからもらえ」


「どうやって」


「……確かに」


「はい」


 ヒロキが。


 見えていないミョンに向かって袋を差し出す。


「そこじゃない」


「どこ」


「もうちょい右」


「こう?」


「左」


「どっち」


「止まって」


 ミョンが。


 袋を取る。


 ヒロキの手から。


 すっと。


 袋が消える。


「おお」


「感動すんな」


「面白い」


「やっぱ実験じゃん」


 ミョンは満足そうだ。


「ヒロキ、よい男じゃ」


「二回目」


「かなり気に入られてる」


 シズク。


「俺見えないけど」


「それでもいいらしい」


「便利」


「何が?」


「好かれても何も起きない」


「ミョンに失礼だろ」


「アキ」


「何」


「庇った?」


「庇ってない」


 ミョンが。


 こっちを見る。


 にやにやしている。


「何」


「別に」


「その顔やめろ」


 シズクが言う。


「ミョンって何なんだろうね」


「神様じゃないらしい」


「神とは言っておらぬ」


「ほら」


「今何て?」


「まだ神じゃないって」


「じゃあ何」


「音を聞くもの」


「それ以上分かってないの?」


「本人も分かってない」


「適当だなあ」


 ヒロキ。


「友達?」


 シズクが聞く。


「それも違う気がする」


「じゃあ」


 少し考えて。


「アキについてるもの?」


「妖怪みたいに言うな」


「飼ってる?」


「飼ってねえよ!」


 ミョンも。


「誰が飼われるか!」


 同時に怒る。


 ヒロキが言う。


「アキの飼いミョン」


「やめろ」


「響きいい」


「よくない」


「雨音クラブよりいいかも」


「それは絶対ない」


 ミョンが。


 菓子を食べながら笑った。


     ◇


 休憩が終わる。


「じゃあ最後」


 俺が言う。


「新曲?」


「うん」


「完成版?」


 ヒロキ。


「ほぼ」


「ほぼなんだ」


「細かいとこはまた直す」


「やっぱ終わらない」


「うるさい」


 立つ。


 マイク。


 ギター。


 シズクもベースを構える。


 ヒロキ。


 カウント。


 新曲。


 最初から。


 昨日までの音を。


 歌う。


 置いたままのもの。


 消えないもの。


 でも。


 同じには戻らないもの。


 一番。


 二番。


 今直した言葉。


 サビ。


 三人の音が。


 重なる。


 レンの声は。


 ない。


 でも。


 そこに穴が開いているとは。


 もう思わなかった。


 俺の声がある。


 それだけでもない。


 シズクのベースが。


 前より少し動く。


 ヒロキのドラムが。


 サビ前で一拍空ける。


 その隙間まで。


 今の曲の一部になっている。


 最後。


 ギターを伸ばす。


 音が消える。


「……」


 少しだけ。


 誰も喋らなかった。


「いいんじゃない?」


 最初に言ったのは。


 シズクだった。


「うん」


 ヒロキ。


「完成?」


「……」


「まだ直す?」


「いや」


 もう一度。


 頭の中で。


 今の音を聞く。


「これでいい」


「珍しい」


「何が」


「アキが終わらせた」


「俺だって終わらせるよ」


「じゃあタイトル」


「……」


「そこ決まってないんだ」


「まだ」


「歌詞からでいいんじゃない」


 ヒロキ。


「どこ」


「一番最初とか」


「昨日までの音?」


 口にする。


 その瞬間。


 ミョンが言った。


「それでよい」


「今同じこと言おうとした?」


「わしの方が早かった」


「聞こえないから証明できない」


「何じゃと」


「何?」


 シズクが聞く。


「ミョンも同じこと言った」


「じゃあ決まりじゃん」


「また二票扱いする」


「ヒロキもいるよ」


「俺もそれでいい」


「三票」


「俺も入れろよ」


「アキは?」


 もう一度。


 口にする。


「昨日までの音」


 最初に出てきた言葉。


 この曲を。


 作り始めた時の言葉。


 四人だった頃を。


 捨てない。


 でも。


 戻すためでもない。


「……悪くない」


「じゃあ決まり」


「軽いな」


「タイトルなんて決まる時はそんなもんじゃない?」


「そうかも」


 スマホのメモを開く。


 タイトル。


『昨日までの音』


 入力する。


 保存。


 その文字を。


 少しだけ眺めた。


 昨日までの音は。


 残っている。


 レンの声も。


 四人で合わせた時間も。


 俺たちが覚えている限り。


 たぶん。


 消えない。


 でも。


 今日。


 同じ曲を。


 同じようには鳴らさない。


 タイトルにした途端。


 それが。


 四人だった頃をしまうための言葉ではなく。


 そこから。


 今の三人が続いていくための言葉に。


 思えた。

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