第5話 使い捨てカメラの真実
夕暮れの風が、静かな商店街を吹き抜ける。
ゲーム開始時には七人いた参加者。
今、この街に残っているのは四人だけだった。
俺。
あゆみ。
マミ。
そして、さくら。
大和と陸は昨日、公園で光に包まれて消えた。
翔太もプリクラの試練で姿を消している。
ゲームは、もう終盤だった。
それなのに。
俺の胸の中には、最初に感じていた恐怖とは違う感情が芽生え始めていた。
令和へ帰りたい。
その気持ちは、少しずつ薄れていた。
「蓮くん。」
商店街を歩きながら、あゆみが空を見上げる。
夕焼けに染まった雲。
電柱に止まるカラス。
どこからか漂う夕飯のような匂い。
人はいないのに、不思議と生活の気配だけは残っている。
「この時間、好きなんです。」
「夕方?」
「はい。」
「学校が終わって。」
「みんな家へ帰って。」
「商店街のお店から、ご飯の匂いがして。」
「今日も終わるんだなって思えるから。」
俺は静かに頷いた。
令和では、夕方になってもスマホばかり見ていた。
通知。
動画。
SNS。
夕焼けなんて、ちゃんと見た記憶がない。
「蓮くん。」
「令和では。」
「夕焼け、見ますか?」
俺は少し考えた。
「……あんまり。」
「そうですか。」
あゆみは少し寂しそうに笑う。
「便利になるって。」
「素敵なことだけじゃないんですね。」
その言葉が胸に刺さる。
便利だから幸せ。
そう思っていた。
でも、この二日間で俺は、誰かと並んで歩く時間の方がずっと温かいことを知ってしまった。
その時。
カシャッ。
乾いたシャッター音が響いた。
「え?」
振り向く。
少し離れた場所で、マミがこちらへカメラを向けていた。
「ふふ。」
「いい顔してたから。」
「写真?」
「もちろん。」
彼女が持っていたのも、使い捨てカメラだった。
「私も持ってるの。」
「昔はスマホなんてないからね。」
「撮れる枚数も限られてる。」
「だから、本当に残したい瞬間しか撮らないのよ。」
そう言ってカメラの裏を見る。
「あと三枚。」
俺は思わず尋ねた。
「その数字って。」
「何か意味があるの?」
マミは肩をすくめる。
「知らない。」
「でも、この街に来た時から減らなかったの。」
「写真を撮るたびに一枚ずつ減るだけ。」
あゆみも、自分のバッグからカメラを取り出した。
大切そうに両手で持つ。
「私はあと一枚。」
小さく微笑む。
「最後の一枚。」
俺は昨日、公園で見た数字を思い出す。
確かに「1」と表示されていた。
ただのフィルム残数だと思っていた。
でも。
このゲームでは、何一つ偶然がない。
そう考えると、その数字も妙に気になった。
すると、ガラケーが鳴る。
ピリリリリ……
四人同時だった。
画面を開く。
最終試練を開始します。
参加者は広場へ集合してください。
全員集合後、真実を開示します。
「真実……。」
俺は思わず呟く。
ここへ来て初めて見る言葉だった。
「ついに。」
マミが苦笑する。
「全部教えてくれるってこと?」
さくらは静かに頷いた。
「……きっと。」
でも、その表情はどこか暗い。
何か知っているようにも見えた。
商店街の中央広場。
昨日までは何もなかった場所に、大きなブラウン管テレビが置かれていた。
昭和や平成の家庭で見かけたような、分厚いテレビ。
電源が入っている。
ザーッ……
砂嵐だけが映っていた。
その前に立つと。
突然、画面が切り替わる。
「……!」
映し出されたのは。
見覚えのある教室だった。
俺たちの高校。
昼休み。
いつもの風景。
そこには、
「翔太!?」
俺は思わず叫んだ。
翔太がいた。
普通に笑っている。
友達と話しながらスマホをいじっている。
「え……?」
昨日、消えたはずなのに。
「生きてる……?」
次の映像では。
大和と陸が廊下を歩いていた。
何事もなかったように。
普通に笑いながら。
「そんな……。」
俺の頭が真っ白になる。
死んだんじゃないのか。
ゲームオーバーじゃなかったのか。
じゃあ。
この二日間は何だったんだ。
その時だった。
テレビのスピーカーから、あの機械的な声ではない、穏やかな女性の声が流れ始めた。
「ようこそ。」
「最後まで残った皆さん。」
「これより、本当のルールを説明します。」
俺たちは息を呑み、ブラウン管を見つめた。
そして。
隣であゆみだけが、静かに目を閉じていた。
まるで。
この言葉を、ずっと前から知っていたかのように。
ブラウン管テレビの砂嵐が、ゆっくりと消えていく。
ザーッ……
代わりに映し出されたのは、夕暮れの商店街だった。
今、俺たちが立っている場所とまったく同じ景色。
ただ一つ違うのは、人で溢れていることだった。
子どもたちが走り回り、自転車が行き交い、魚屋のおじさんが威勢よく声を張り上げる。
笑い声。
話し声。
生活の音。
この街は、本来こういう場所だったのだ。
「……きれい。」
あゆみがぽつりと呟く。
その横顔はどこか懐かしそうで、少しだけ寂しそうだった。
テレビから女性の声が続く。
「この街は、平成十五年の夏で時間が止まった世界です。」
「参加者の皆さんは、お盆の二日間だけ、この街へ招かれました。」
俺は息を呑む。
「平成十五年……。」
二〇〇三年。
俺はまだ生まれたばかりだった。
「ゲームの目的は一つ。」
「本物の想いを見つけること。」
画面には、大和たち三人の姿が映る。
翔太。
大和。
陸。
三人とも学校で楽しそうに笑っていた。
「脱落者は、死亡しません。」
その一言で、全員が顔を上げた。
「えっ……。」
マミも目を見開く。
女性は静かに続ける。
「脱落した参加者は、令和へ帰還します。」
「この街での記憶をすべて失い、元の日常へ戻ります。」
俺は言葉を失った。
記憶を失う……?
だから翔太たちは、何事もなかったように学校へいたのか。
「彼らは、元の人生を歩み続けます。」
「家族のもとへ帰り、友人と笑い、いつもの日常を生きます。」
俺は昨日まで、「脱落=死」だと思い込んでいた。
でも違った。
令和へ帰れることこそが、「脱落」だった。
じゃあ。
最後まで残るということは──。
嫌な予感が胸をよぎる。
女性は一度だけ間を置いた。
そして、静かに告げる。
「それでは、クリア報酬を説明します。」
広場に沈黙が落ちる。
「純愛を証明した参加者は、この世界への永住権を獲得します。」
俺は耳を疑った。
「永住……?」
「はい。」
「この平成の街で、新しい人生を送ることができます。」
俺は思わず笑ってしまう。
「待ってくれ。」
「それって……。」
「令和には帰れないってことじゃないか。」
テレビは静かに肯定する。
「その通りです。」
頭の中が真っ白になる。
今まで逆だと思っていた。
クリアすれば帰れる。
脱落したら死ぬ。
そう信じて必死に生き残ってきた。
全部、違った。
脱落した者だけが令和へ帰れる。
クリアした者だけが、この世界に残される。
「そんなの……。」
マミが震える声を漏らす。
「最初に言いなさいよ。」
「言ってしまえば、本物の想いは生まれません。」
女性は淡々と答える。
「帰ることだけを目的にした愛は、真実ではないからです。」
その言葉に、誰も反論できなかった。
カラン。
小さな音がした。
あゆみの手から、使い捨てカメラが滑り落ちる。
俺は慌てて拾い上げた。
「大丈夫?」
「……はい。」
受け取ろうとした、その瞬間。
誤ってシャッターボタンを押してしまった。
カシャッ。
「あっ!」
俺は青ざめる。
「ご、ごめん!」
「最後の一枚だったのに!」
あゆみは驚いた顔をしたあと、小さく首を振った。
「大丈夫。」
「蓮くんが撮ってくれたなら。」
そう言って笑う。
しかし。
カメラの上部にあった数字が。
**「1」から「0」**へ変わった。
その瞬間。
カメラ全体が淡く光り始める。
「え……?」
フィルムの取り出し口が、ひとりでに開く。
中から、一枚の写真がゆっくりと出てきた。
そこに写っていたのは。
幼い頃のあゆみだった。
ランドセルを背負い、両親と手を繋いで笑っている。
「これ……。」
あゆみが写真を見つめる。
目を大きく見開いた。
「お父さん……。」
「お母さん……。」
その瞬間。
彼女の瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちる。
「思い出した……。」
震える声で呟く。
「私。」
「事故で亡くなったんだ。」
俺の思考が止まる。
「え……?」
「お盆の日。」
「家族で出かける途中で。」
「交通事故に遭って……。」
あゆみは写真を胸に抱きしめた。
「だから、この街にいたんだ。」
ブラウン管テレビの女性が静かに告げる。
「この街は、現実と幻想の狭間。」
「帰る場所を失った魂が、安らぎを得るための世界です。」
俺はあゆみを見る。
彼女は涙を流しながらも、どこか穏やかな表情をしていた。
「全部……思い出しました。」
そして、俺をまっすぐ見つめる。
「蓮くん。」
「あなたは、令和へ帰ってください。」
その一言に、胸が締め付けられた。
帰る。
それが、本当に幸せなのだろうか。
令和には家族がいる。
友達もいる。
元の生活もある。
でも、この二日間で初めて。
誰かと向き合い、笑い合い、「ここにいてほしい」と言われた。
そんな場所を知ってしまった。
ブラウン管テレビが、静かに砂嵐へ戻っていく。
ザーッ……
そして最後に、一行だけ文字が映し出された。
最終選択まで 残り30分
俺はその文字を見つめながら、静かに拳を握った。
もう、自分の心からは逃げられない。
令和へ帰るのか。
それとも、あゆみと共に平成で生きるのか。
最後の答えを出す時が、すぐそこまで迫っていた。




