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【短期連載・完結】「純愛」以外は即脱落!? 追放された令和高校生の僕らが、不便な平成パラレルワールドで真実の愛を見つけるまで  作者: eccen.


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第6話 ブラウン管の向こう側

 夕焼けが、街を茜色に染めていた。


 商店街のシャッター。


 古びた公衆電話。


 風鈴の音。


 すべてが優しく揺れている。


 あと三十分。


 それが、この世界に残された最後の時間だった。


 俺とあゆみは、何も話さず並んで歩いていた。


 言葉にしてしまえば、すべてが終わってしまう気がしたからだ。


「蓮くん。」


 静かな声だった。


「はい。」


「ありがとう。」


 俺は立ち止まる。


「急にどうしたの?」


 あゆみは少し照れたように笑った。


「この二日間。」


「すごく楽しかった。」


「ゲームなんかじゃなくて。」


「ちゃんと高校生をやり直せた気がしたんです。」


 その笑顔は、初めて出会った時よりもずっと自然だった。


「私ね。」


「この街に来てから。」


「ずっと一人でした。」


 俺は黙って耳を傾ける。


「誰かが来ても。」


「みんなすぐ帰ってしまう。」


「怖がって。」


「ゲームだからって。」


「早くクリアしようとして。」


 そうか。


 今までにも参加者はいたんだ。


 でも誰も、この街を見ようとはしなかった。


「だから。」


 あゆみは空を見上げる。


「蓮くんが。」


「夕焼けを一緒に見てくれたこと。」


「コーラを半分こしたこと。」


「公園でお話ししたこと。」


「全部、宝物です。」


 胸が締めつけられる。


 たった二日間。


 でも俺にとっても、それは何年分もの思い出のようだった。


「俺も。」


 自然と言葉が出る。


「最初は帰ることしか考えてなかった。」


「でも。」


「ここへ来て初めて。」


「誰かと話す時間って、こんなに楽しいんだって知った。」


 令和では、友達といてもスマホばかり見ていた。


 通知が鳴れば会話は止まる。


 写真を撮るために集まり。


 投稿したら解散する。


 そんな毎日だった。


 だけど、この街にはスマホがない。


 だから。


 目の前の人を見るしかない。


 その不便さが、いつの間にか心地よくなっていた。


 ガラケーが震える。


 ピリリリリ……


 二人同時だった。


最終選択を開始します。


参加者は中央公園へ向かってください。


 俺たちは顔を見合わせ、小さく頷いた。


 中央公園には、大きなブラウン管テレビが置かれていた。


 昨日よりも画面は鮮明になっている。


 ザーッ……


 砂嵐が消える。


 映ったのは、令和の世界だった。


 俺の高校。


 教室。


 昼休み。


 クラスメイトたちは楽しそうに話している。


 その中に。


 俺自身の姿があった。


「え……。」


 俺は息を呑む。


 制服姿の俺。


 スマホを見ながら笑っている。


 友達と話している。


 いや。


 よく見ると違う。


 笑ってはいる。


 でも、その笑顔はどこか作り物だった。


 通知が鳴るたびに画面を見る。


 誰かがスマホを触れば、自分も触る。


 会話は途切れ。


 またスマホ。


 その繰り返し。


「これが……。」


「俺?」


 テレビの女性が静かに語りかける。


「これは、あなたが帰る未来です。」


「何も失いません。」


「家族も。」


「学校も。」


「友人も。」


「すべて元通りになります。」


 画面が切り替わる。


 今度は、大和たちだった。


 翔太は友達とゲームの話をしている。


 陸は教室で笑っている。


 大和は女子に囲まれて得意げに話していた。


 三人とも、この世界のことを忘れている。


 楽しそうだ。


 幸せそうだ。


 何も知らないまま、生きている。


「これが脱落者の未来です。」


 女性は優しく言った。


「彼らは元の日常を歩み続けます。」


 俺は画面を見つめたまま動けなかった。


 令和へ帰れば。


 俺も、あの中へ戻る。


 この二日間を忘れて。


 あゆみのことも忘れて。


 全部。


 何もなかったことになる。


「蓮くん。」


 あゆみが隣で微笑む。


「帰ってください。」


「……。」


「それが、一番幸せです。」


「ご家族も心配しています。」


「未来もあります。」


 彼女は自分の気持ちを押し殺すように笑っていた。


「私は。」


「もう十分です。」


「最後に。」


「本当の恋ができましたから。」


 その笑顔が、あまりにも切なくて。


 俺は何も言えなかった。


 その時。


 公園の端に、一台の緑色の公衆電話が静かに鳴り始めた。


 リン……。


 リン……。


 リン……。


 夕暮れの街に響くベルの音。


 ブラウン管テレビには、新しい文字が表示される。


受話器を取った者が、最後の選択を行います。


 俺は公衆電話を見つめた。


 受話器を取れば、すべてが決まる。


 令和へ帰るのか。


 それとも。


 あゆみと、この平成の街で生きるのか。


 俺はゆっくりと、公衆電話へ向かって歩き始めた。


 リン……。


 リン……。


 夕暮れの公園に、公衆電話のベルだけが響いていた。


 俺はゆっくりと受話器を手に取る。


 冷たいプラスチックの感触。


 令和では、電話といえばスマホだった。


 受話器を握るなんて、いつ以来だろう。


「もしもし。」


 静かに耳へ当てる。


 受話器の向こうから聞こえてきたのは、あの女性の声だった。


「最後の確認を行います。」


「参加者・蓮。」


「あなたはどちらを選びますか。」


 ブラウン管テレビには、二つの扉が映し出される。


令和へ帰還する


平成に残る


 たった二つ。


 でも、その意味はあまりにも重かった。


「帰還を選んだ場合。」


「あなたは令和へ戻ります。」


「この世界での記憶は失われます。」


「家族も。」


「学校も。」


「未来も。」


「すべて元通りです。」


 俺は静かに目を閉じた。


 父さん。


 母さん。


 クラスメイト。


 日常。


 全部、そこにある。


 何も失わない。


 普通の人生が待っている。


 女性は続ける。


「残留を選んだ場合。」


「令和でのあなたの存在は消去されます。」


「家族の記憶からも。」


「学校の記録からも。」


「あなたは最初から存在しなかった人になります。」


 息が止まる。


 そこまで徹底して消えるのか。


「もちろん。」


「こちらでの記憶は失われません。」


「平成で新しい人生を歩むことができます。」


 受話器を持つ手に力が入る。


 残れば、あゆみと生きられる。


 でも。


 家族は俺を忘れる。


 俺も家族に会えない。


 その選択をしていいのか。


「蓮くん。」


 後ろから、あゆみの声がした。


 振り返る。


 夕日に照らされた彼女は、初めて会った日と同じ優しい笑顔を浮かべていた。


「帰ってください。」


「……。」


「私は、大丈夫です。」


「また一人になっても?」


 思わず聞いてしまう。


 あゆみは少しだけ驚いたあと、小さく笑った。


「慣れてますから。」


 その一言が苦しかった。


 慣れている。


 そんな言葉を、十七歳くらいの女の子に言わせてしまう世界が嫌だった。


「嘘だ。」


 俺は首を振る。


「え?」


「慣れてなんかない。」


「本当は寂しかっただろ。」


 あゆみの瞳が揺れる。


「誰かと話したかった。」


「誰かと笑いたかった。」


「だから。」


「瓶コーラを半分こしただけで、あんなに嬉しそうだったんだろ。」


 彼女は唇を震わせた。


「……ずるいです。」


 ぽろりと涙がこぼれる。


「そんなこと言われたら。」


「帰ってって言えなくなる。」


 俺も笑った。


 泣きそうなのに、不思議と笑えてしまった。


「令和へ帰ったら。」


「きっと俺はまたスマホばっかり見てる。」


「学校へ行って。」


「SNSを開いて。」


「この二日間を忘れる。」


 そんな未来が、急に怖くなった。


「でも。」


「ここで過ごした二日間だけは。」


「本物だった。」


 検索もない。


 通知もない。


 攻略サイトもない。


 ただ。


 目の前の人と向き合う時間だけがあった。


 それが俺には、何より大切だった。


 俺は受話器を握り直す。


「決めました。」


 女性は静かに答える。


「お聞かせください。」


 俺は一度だけ、あゆみを見る。


 彼女は涙を流しながら、小さく首を横へ振っていた。


 それでも。


 俺の答えは変わらなかった。


「俺は。」


「令和へ帰りません。」


「平成に残ります。」


 その瞬間。


 街中の風鈴が一斉に鳴った。


 チリン……


 チリン……


 夕焼け色の空を風が吹き抜ける。


 ブラウン管テレビの砂嵐が消え、最後の文字が映し出された。


真実の愛を確認しました。


ゲームクリア


 優しいチャイムが鳴り響く。


 俺のガラケーは淡い光に包まれ、ゆっくりと消えていく。


 役目を終えたように。


 あゆみは涙をぬぐいながら笑った。


「後悔しませんか?」


「しない。」


「本当に?」


「うん。」


 俺は空を見上げる。


「令和には便利なものがたくさんある。」


「でも。」


「ここには。」


「君がいる。」


 あゆみは泣き笑いになった。


「そんな告白。」


「ずるいです。」


 次の瞬間。


 彼女は勇気を出すように、そっと俺の手を握った。


 俺も握り返す。


 ガラケーも。


 ブラウン管テレビも。


 公衆電話も。


 すべてが光になって空へ溶けていく。


 役目を終えたように。


 ――数年後。


 夏祭り。


 賑やかな商店街。


 浴衣姿の子どもたちが走り回る。


 風鈴が鳴り、屋台からソースの香りが漂う。


「蓮くん。」


 今では少し大人びたあゆみが微笑む。


 その隣には、少しだけ背が伸びた俺。


 二人で小さな駄菓子屋を営みながら、この街で暮らしていた。


「今年も、お盆ですね。」


「ああ。」


「また誰か来るかな。」


「どうでしょう。」


 二人で笑う。


 ふと、店の奥に置かれたブラウン管テレビへ目を向ける。


 砂嵐の向こうに、一瞬だけ令和の街が映った。


 スマホを見ながら歩く人たち。


 忙しそうに駅へ向かう学生。


 その中に、どこか見覚えのある三人組がいた。


 大和。


 翔太。


 陸。


 三人はこの世界のことなど知らず、楽しそうに笑っている。


 俺は小さく微笑んだ。


「それでいい。」


 彼らは令和で。


 俺は平成で。


 それぞれ、自分の幸せを見つけたのだから。


 夕焼けの空へ、一匹の赤とんぼが飛んでいく。


 俺はあゆみの手を握り直した。


「おかえり。」


 彼女が小さく言う。


「ああ。」


「ただいま。」


 もう俺には、この街こそが帰る場所だった。


― 完 ―

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