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第八章 「夢の続きを、君と」



 週末の夜。


 ご馳走とお酒を囲み、いつもよりちょっとだけテンションが高い二人。


「遥、それもう三杯目だから。そろそろやめときな。」


「えー、まだ全然いけるよ?」


「顔赤いし、絶対いけてない。」


「大丈夫だってば! ほら、まだこんなに元気!」


 遥は勢いよくグラスを掲げる。


「はい、かんぱーい!」


「ちょっと、聞いてる?」


「聞いてる聞いてる! でも今は飲むのが優先!」


「優先順位おかしいでしょ。」


「だって楽しいんだもん!」


 遥はにこにこと笑いながら、ぐいっと飲み干す。


「ほら、美味しい!」


「それ三回目。」


「え、ほんと? じゃあ四回目言うね、美味しい!」


「もういいよ。」


 遥は顔をほんのり赤くしながら笑い、グラスを掲げる。


「かんぱーい!」


「さっきもしたよ。」


「いいの! 何回でもするの!」


 カチン、と軽い音が響く。


 その後も、どうでもいい話で笑い転げたり、同じ話を何度も繰り返したり。


「ねえ葵、私ね、葵のこと好き。」


「それもさっき聞いた。」


「でも今の方がもっと好き。」


「更新されてるの?」


「されてる!」


 遥は満足げに頷いたあと、ふらっと立ち上がる。


「よし、片付ける!」


「危ないから座ってて。」


「できるもん!」


 一歩踏み出した瞬間――


 ぐらっ。


「わっ」


 そのままソファへぽすんと倒れ込む。


「……あれ?」


「ほらね。」


「ちょっと床が揺れてるだけ。」


「揺れてない。」


「揺れてるってば……」


 言いながら、遥はそのままごろんと横になる。


「ちょっとだけ休憩……」


「そのまま寝るやつでしょ。」


「寝ないもん……」


 数秒後。


「……すぅ」


「ほら寝た。」


 葵は苦笑しながら、遥の顔を覗き込む。


「ほんと、酔うとすぐこれ。」


 軽く頬をつつく。


「遥ー?」


「……んー……葵ぃ……」


「起きてる?」


「好き……」


「寝言で告白しないで。」


 葵は小さく笑い、ブランケットをそっとかける。


「まあいいか。」


 そのまま隣に腰を下ろし、遥の頭を軽く撫でる。


「おやすみ、遥。」


 返事はない。


 ただ、安心しきった寝顔だけがそこにあった。


     ◇


 ――ばさばさっ。


 羽音が響く。


 遥が目を開けると、そこは見渡す限りの広場だった。


 そして、その中心で――


「待てー!」


 葵が全力でハトを追いかけていた。


 しかもその頭の上には、なぜか一羽のハトがちょこんと乗っている。


「……え?」


 遥はぽかんと立ち尽くす。


 目の前では、灰色のハトが一羽、二羽、三羽……いや、どんどん増えていく。


「ちょっと葵!? 何してるの!?」


「捕まえる!」


「何を!?」


「ハト!」


「見ればわかる! ていうか頭の上に乗ってるよ!?」


「え?」


 葵は一瞬だけ動きを止めるが、頭の上のハトは微動だにしない。


「……ほんとだ。」


「ほんとだじゃないよ!!」


 葵は気にした様子もなく、再び走り出す。


 頭の上のハトもそのまま揺れながら乗り続けている。


「増えてる増えてる増えてる!!」


「大丈夫、全部捕まえるから!」


「何が大丈夫なの!?」


「明日の晩御飯にする!」


「しないよ!!」


 遥は思わずツッコむ。


「いやいやいや、そんな増殖するハト食べたくないから!」


「新鮮だよ!」


「新鮮の概念どうなってるの!?」


 葵は一羽を追いかけてジャンプする。


 しかしその瞬間、周囲にさらにハトが増殖する。


 ばさばさばさばさ。


 頭の上のハトも、なぜか誇らしげに胸を張っている。


「ちょっと待って、無限に増えてない!?」


「むしろチャンス!」


「チャンスじゃない!」


 葵は真剣そのものだ。


 遥は頭を抱える。


「夢だこれ……絶対夢だ……」


「遥も手伝って!」


「手伝わない!」


「二人ならいける!」


「いけない!」


 ハトはさらに増え、空も地面もハトだらけになる。


「もう無理!!」


 遥が叫んだ瞬間――


 葵がぴたりと動きを止めた。


 頭の上のハトも一緒にぴたりと止まる。


「……捕まえられない。」


「そりゃそうでしょ!」


 葵はゆっくりと振り返り、遥をじっと見つめる。


 頭の上のハトも同じ方向を向く。


「じゃあ、別の方法にする。」


「え、何その切り替え怖いんだけど。」


 葵は無言で遥に近づいてくる。


「ちょ、ちょっと待って、何する気――」


 言い終わる前に、葵は遥の肩に手をかけた。


「え?」


「動かないで。」


「いやいやいや、なんで!?」


 葵は真剣な顔のまま、遥の上着に手をかける。


 頭の上のハトは相変わらず乗ったままだ。


「ちょっと!? 何してるの!?」


「ハトが寄ってくるかもしれない。」


「来ないよ!? ていうかもう乗ってるよ!?」


 するり、と服が脱がされる。


「やめてってば!!」


「静かにして。」


「静かにできる状況じゃない!」


 遥は必死に抵抗するが、夢の中の葵は妙に力が強い。


「これで……」


「何がこれでなの!?」


 葵は満足げに頷く。


 しかし――


 ハトは相変わらず増え続けていた。


 頭の上のハトも、なぜか増えないまま一羽だけ鎮座している。


「全然意味ないじゃん!!」


「……そうか。」


 葵は少しだけ考え込む。


「じゃあ次は――」


 そう言うと、葵は自分の服にも手をかけた。


「え、ちょっと待って!? なんで葵まで!?」


「条件を揃えた方がいいかもしれない。」


「何の条件!?」


 葵は迷いなく脱ぎ始める。


 頭の上のハトはそのまま。


「やめてってば!! 意味ないってさっき証明されたでしょ!?」


「まだ試してないパターンがある。」


「ないよ!!」


 遥の叫びも虚しく、ハトはさらに増え続ける。


 その中で、ふと葵が動きを止めた。


 そして、まっすぐ遥を見つめる。


 頭の上のハトもじっと遥を見る。


「……遥。」


「な、なに……?」


 夢の中なのに、その視線だけは妙に現実味を帯びていた。


「好きだよ。」


「え……?」


 ハトの羽音が遠のいたように感じる。


 葵は一歩近づき、優しく遥の手を取る。


 頭の上のハトもバランスを取りながら揺れる。


「ずっと好きだったし、これからもずっと好き。」


「ちょ、ちょっと待って、なんで今そんな真面目に――」


「夢だから、いいでしょ。」


 葵は少しだけ笑って、遥の額に軽く触れる。


「恥ずかしがらなくていい。」


「いや恥ずかしいってば!!」


「私は好きって言うよ。何回でも。」


 遥の頬が一気に熱くなる。


 でも、夢の中の自分はなぜか逃げなかった。


「……私も、好き。」


 ぽつりと、素直に言葉がこぼれる。


「葵のこと、大好き。」


 言った瞬間、胸の奥がじんわりと温かくなる。


 葵は嬉しそうに目を細めた。


 頭の上のハトも、なぜか満足げに首を振る。


「知ってる。」


「なんで!?」


「顔に書いてある。」


「書いてない!」


 ふたりは思わず笑い合う。


 そのまま、葵はそっと遥を引き寄せる。


 触れ合う肌の温もりが、夢なのにやけにリアルで――


 裸のまま、ぎゅっと抱きしめられる。


「ちょ、ちょっと……!」


「いいでしょ、夢なんだから。」


 耳元で囁かれて、遥の心臓が跳ねる。


 逃げようとするのに、なぜか腕に力が入らない。


 むしろ、その温もりが心地よくて――


「……ずるい。」


「何が?」


「こんなの、好きになるに決まってるじゃん……」


 遥も小さく腕を回す。


 ぎこちなく、それでも確かに抱き返す。


 ハトたちはその様子を囲むように舞いながら、どこか静かになっていた。


 ばさばさばさばさ。


 現実を思い出したかのように、ハトが一斉に押し寄せてきた。


 頭の上のハトもついに飛び立つ。


「やっぱり来た!!」


「タイミング悪い!」


「もういい!!」


 遥が叫んだ瞬間――


     ◇


「……うっ……」


 頭が痛い。


 ずきずきと響く感覚に、遥はゆっくりと目を開ける。


「……最悪……」


 二日酔いだった。


 視界がぼやける中、ゆっくりと周囲を確認する。


 そこは見慣れた寝室。


 ベッドの上。


 そして――


 隣には、すやすやと眠る葵。


「……」


 遥はしばらく無言で天井を見つめる。


「……ハト……」


 ぽつりと呟く。


 夢の内容がじわじわと思い出される。


「なんであんな夢……」


 頭を押さえながら、ため息をつく。


 ふと横を見ると、葵は穏やかな寝顔で眠っている。


 まるで何事もなかったかのように。


「……絶対言わない。」


 遥は小さく呟く。


 こんな夢の話、絶対に知られたくない。


 そう思いながら、再び目を閉じる。


 頭痛と、ほんの少しの恥ずかしさを抱えたまま。


 静かな朝が、ゆっくりと始まっていくのだった。


              (第九章へ続く)

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