別れの言葉
基本的に、学園の卒業式に関しては親が出席をするものとされている。
だがしかし、レイラの場合はいつもいつもリベリア最優先だったから、両親には何の期待もしていなかった。
来たとしてもリベリアのところに向かうから、何を言おうが色んな意味で無理だと、そう思っていた……のだが。
「あぁレイラ、卒業おめでとう!!とても頑張ったじゃない!!素晴らしいわ!!」
「レイラよ、俺の自慢の娘!!」
(え……?)
レイラはまさか、と己の目と耳を疑った。聞こえるはずのない声と、見えるはずのない姿。
恐らくリベリアの当主教育は否が応でも進めなければいけないだろうから、家に閉じ込められているのだろう。リベリアの性格上、卒業式というイベントには間違いなく参加するだろうと思っていたが、参加できていないから予想は当たっているんだろうなぁ、とレイラは考える。
だが、そんなことよりも、だ。
レイラに向けて目をギラつかせながら足早に近付いてくる両親を、どうにかせねばならない。
彼らの表情からは必死な様子が伝わってくるし、どうにかしてレイラの関心を引こうとしているのが丸わかりな花束まで持っている。
(……何なのかしら、この人たち)
別に、もうレイラの中ではどうでも良い存在に成っているのだから、今更こうされたところで何も思わない。何かを感じ取ることができるはずもない。
「首席で卒業したんですって? 私、とっても鼻が高いわ!」
「本当だな!! 一体、いつそんなにも勉強したんだ?」
どうしよう、この人たちにどんな言葉を掛ければ良いのだろうか、とレイラは迷って、視線をさ迷わせる。
あまりに意味が分からなさすぎて言葉も出なくなってしまい、すぐさまリッドの姿を探す。
幸いにも、リッドやチェスカもレイラのことを探してくれていたようで、駆けてきてくれるのが分かり、ホッとひと息ついてしまい、気が抜けてしまった。
「……レイラ?」
ぬぅ、と手を伸ばしてこられたとしても、レイラはするりと避けて、彼らから距離をとる。あのまま手首を掴んで捕まえられたら、実力行使で実家に連れて帰られる可能性がある。
「ど、どうしたの、何で避けるの?貴女のお母様よ?ほら、レイラ……」
「いやむしろ、何故あなた方と触れ合わなければならないのでしょうか?」
「そ、それは家族として」
「家族……?」
彼らから都合よく出てくる『家族』という単語を便利に使わないでほしいし、今更『家族』だからと引き込もうとしないでほしいものだ、とレイラは溜め息を吐いた。
「私のことを、家族の輪から追い出したのはあなた方でしょう?」
「い、いやだわ、何を言っているの? レイラ、貴女が自分から……」
「そうなるように仕向けたのは、どなたです?」
「……っ」
二人揃って心当たりがあったようで、じわりと顔色が悪くなる。
だが、こんなことでめげるようなオルドーではなかった。
「あれは、リベリアの体調が悪かったこともあるだろう!?」
「だとしても……」
勢いよく反論をしてきたオルドーに対し、レイラがまた反論しようとしたところで、駆け付けてきたリッドとチェスカがレイラを守るように前に出てきた。
二人揃って少し息が上がっているから、だいぶ急いで走ってきてくれたことが伺える。
「リッド……それにチェスカも!」
「ごめんね、一瞬目を離した隙にこんな人達をレイラに近付けてしまって……」
「ほんと、まるで獲物を狙う肉食獣みたいな方々だこと!」
「はぁ!?」
チェスカの言葉に、オルドーが顔を真っ赤にして反論をしようと口を開くが、それよりも早くリッドが毅然とした態度で言葉を紡いだ。
「レイラは俺の妻になります。それに、寮を出たら我が家にやってくる手はずを整えています。手続きは我が父が進めておりますし、何があろうともそちらには戻りません」
「お、親が!そうよ、親が子供に会うのに理由なんていらないでしょう!」
「会う……?……何を仰っているのか……。利用する、の間違いでは?」
呆れたようにレイラが呟けば、先程の媚びを売っているような態度は消え去り、オルドーもグレースも、揃って般若のような顔になった。
「いつものようなお顔、できるじゃありませんか」
笑顔を浮かべるでもなく、淡々と、無表情でレイラが告げればグレースが頬を引き攣らせた。
「お、お、お前……っ」
「そう、お母様。あなたが私に向けるお顔は、それです」
すい、とレイラが指さした先のグレースの顔は、とてつもなく歪み切っていた。
今までレイラが向けられ続け、それと同時に罵られ続けた嫌な記憶がぶわりと蘇りそうになり、ふるふると首を横に振る。
「……見たくなかったです、こんな晴れの日に……そのような表情なんて。それに、貴女たちの愛情は全て、何もかも私ではなくリベリアに向かっていたではありませんか」
「それ、は」
「リベリアが思っていたより役に立たないから、私に標的を変えた。連れ戻せるなら、あわよくば連れ戻したい、ただ……それだけのことでしょう?」
「うぐ……っ!」
その通りです、と答えなくても反応ですぐさま理解できてしまう。
実際、リベリアは何もしなかった頃からすれば努力はしているのかもしれない。だが、今までサボっていたツケがとてつもなく重くのしかかっており、泣きながら課題などをこなしている、と風の噂で聞いた。
そこにはジェレミーの姿もあるそうで、二人揃って仲良くお勉強をしているとかなんとか。
「それにリベリアは薬さえきちんと飲んで、病を治すことに注力すれば時間はかからず治るはずです。だって、あの病気は幼いうちに治すことが一般的だ、とされておりますからね」
にこやかに告げるレイラ自身は、たまたまではあるものの体内魔力を上手く活用して治してしまった。
そのおかげで魔力運用がとんでもなく上達し、これから先の未来に繋がっているのだが、恐らくオルドーもグレースも知らないだろう。
都合のいい情報しか己の耳に入れないし、覚えることもしないのだから。
「もう、お引き取りください。俺のレイラがこれだけ拒絶をしているんだ。あなた方は、親として彼女にどのくらいの愛情を注いできたんですか?」
「親だからきちんと面倒は見てきて……!」
「当たり前でしょう、親なんですから。嫌なら養子に出すなりなんなりできた、違いますか?」
貴族だから、平民だから、というのは関係なく能力が高ければ養子に出したり、極論だが『不要だから』と教会に預けたりなど、様々な手段を講じることはできるはずだ。
それをしないままに使えるからと近寄ってくるな、いらないだのなんだの言い続けているのだから放っておいてくれ、と言っているだけ。
しかもリッドとの婚約式の場で、リッドの両親からもあれやこれやと釘を刺されているにもかかわらず、これなのだ。
「話を理解し、聞いているのであればこのようなこと……しないと思っていたのですが?」
「それは、だな」
「当家から抗議をしましょうか?」
「ちょ、ちょっとお待ちなさい!」
「……あんまりにもしつこいと、私の方からも苦情を入れますが?」
「は!?」
まさかチェスカまで加わるとは思っていなかったのだろう。
そもそも論として、チェスカの家はかなりの規模の商会を持っている。経営状況は大変良好、ネットワークもかなり広い。
「大事なお友達を蔑ろにする親なんか、必要ありませんでしょう?」
にこり、と微笑んだチェスカは、とんでもない迫力を有していた。
時には現場に出て業務の手伝いをしていることもあり、父や母からは『舐められないようにしなさい』と常日頃言われていることもあって、たとえハッタリだろうが自信に満ち溢れた表情を浮かべるようにしている。
女だからと侮られるな、と何度言い聞かせられたかは分からないが、チェスカは怯えることなく怒りに満ちたオルドーを真っ直ぐ見据えた。
「レイラのことを今まで蔑ろにしておいて、今更あれこれ関わらないで!この子はね、リッドが幸せにしてくれて、私がそのお手伝いを……いいえ、グロネフェルト家も含めて、皆が幸せにするって決めてるのよ!あんたたちが可愛がっているリベリアみたいに、レイラは卑怯でもなんでもない!めちゃくちゃいい子なの!分かった風な顔して近寄るな!」
「な、何という、無礼な……」
オルドーは顔を真っ赤にしているが、だからとてチェスカは一切引き下がろうとはしない。
むしろ、リッドも一歩前に出て、真っ直ぐにオルドーを見据えた。
「俺の……いいや、わたしの未来の妻の父とはいえ、あなたとはもう関わらない。これは我が家の総意である」
「……は?」
「お引き取り願えますか」
迷いのない視線と言葉により、オルドーが一歩下がる。
それを見たレイラは、リッドとチェスカの手をそれぞれ握ってから、すぅ、と息を吸い込んだ。
「さようなら、お父様とお母様。きっと、私はもう実家には帰りません。思い残すことはもう、何も無いわ!」
面と向かって、実の娘からの絶縁宣言に、グレースがよろめき、オルドーも目を見開いた。
まさかここまで言えるだなんて、と甘く見ていた結果が、この絶縁宣言に繋がってしまったことに、きっと彼らは気が付かないままなのだろう。




