未来へ歩いていく
「レイラさん、卒業おめでとう!」
「おばさ…………じゃなかった、お、お義母、さま」
「はい、よくできました」
リッドの母シルフィは、とても嬉しそうに微笑み、卒業式が終わって皆が揃って話しているところへといそいそと駆けつけてくれたのだ。
手にはとても可愛らしい花束を持っている。
基調になっているのはオレンジ色の小さな薔薇で、周囲に添えられている花々も「門出」「希望」「思いやり」などの花言葉を持っている花が選ばれており、それを見たレイラの表情はぱっと輝いた。
「……すごい……綺麗……!」
「ふふふ、良い感じに作ってもらえたわ!!」
「これ、全部お義母さまが?」
「アネモネとイザベルが張り切って選んでくれたの、それから今日はご馳走にするからね」
ぱちん、とウインクをしてくれるシルフィを見て、レイラはまた嬉しそうに表情を綻ばせる。
「……はい」
くすぐったそうに微笑んだまま、花束をぎゅっと愛しそうに抱き締めて香りを楽しむ。ああ、こんなにも幸せになって良いのだろうか、とレイラがどこかくすぐったいような、迷っているような表情を浮かべていると、リッドがレイラの肩をぽん、と叩いた。
「レイラ」
「リッド!」
振り返った先に立っていたのは、優しく微笑んでくれているリッド。レイラも微笑みかけて受け取った花束をリッドに嬉しそうに見せる。
「ねぇ見て! お義母さまからいただいたの!」
「……わぁ」
確か姉と妹がうきうきしながら何かを作成していたと思ったが、これか……とリッドは苦い表情を浮かべる。が、それほどまでにレイラのことを大事に考えてくれているのだろう。
将来的な義姉や義妹との関係は良好なままで過ごせそうだ、とホッとする反面、実際に結婚してリッドの家で住み始めると、自分との時間がめちゃくちゃ減ってしまうのでは!? という一抹の不安が過ってしまった。
「……」
「リッド、どうしたの?」
「いや……何ていうか、将来的には色々問題なさそうだな、って思っただけ」
「そう?」
「色んな意味で安心できるから良いんだけど……俺のこと、ちゃんと相手してくれる?」
「ん? うん、勿論」
にこ、と微笑んで頷くレイラを見れば、一気に安堵して思わず彼女の体をぎゅう、と抱き締めてしまった。
胸元で花束がくしゃり、と音がしてしまったようなきがしたが、今はレイラを抱き締めることの方が大事なんだよなぁ……と、しみじみ思っていたリッドだが、チェスカが背後に来てくれていたのには気付いていなかったのか、遠慮なくごす、と鈍い音を立てて殴られてしまう。
「あいた」
「レイラが貰ったお祝いのお花、ぐしゃぐしゃになるでしょうが、お馬鹿」
「……だって……」
(……犬……?)
めちゃくちゃしょんぼりとしてしまったリッドを見て、レイラはそんなことを考えてしまう。
自分の前で魅せてくれる表情が、あまりに色々ありすぎて他の女子生徒に対しての奇妙な優越感だったり、むずむずするような感覚に襲われたりしており、何となく感情が忙しい。
「レイラ?」
「ひゃ!」
そんなことを考えていたからか、不意に覗き込まれて名前を呼ばれてしまい、レイラは素っ頓狂な声を上げてしまった。
「……どうしたのよ、レイラ」
「………………うう……考え事してて、つい」
顔を真っ赤にしている友人のことは可愛くて仕方ないのだが、一体どんな考え事をしていたのか、チェスカはとても気になってしまった。
普段真面目にしているレイラが、くるくると百面相をしながら考え事だなんて……と口に出してしまいそうになり、頑張って口を閉ざす。
それが何となく感づかれてしまったのか、レイラがチェスカのことをじと、とこれまた珍しい表情で見てきていたのだ。
(あら可愛い)
(リッドにだけは言わないで……!)
心の内も何となく想像できてしまい、チェスカは思わず笑みが零れてしまう。そしてリッドは見事に感づいておらず、はて、と不思議そうに首を傾げていた。
「リッド、一先ずレイラのこと離してあげなさいよ」
「え?」
「力は緩めてるとはいえね、がっちりホールドしっぱなし、っていうのはどうなの?」
「可愛いから、つい」
「公衆の面前だから、離せつってんのよ」
再び手を振り上げたチェスカにより、本日二発目の鉄拳制裁が行われてしまった。
「……痛いんだけど」
「自業自得、って言葉知ってるかしら?」
「一応はね」
「でも、堂々とレイラを俺のものだ、って言えるようになったんだから……」
「だからって、公衆の面前なんだから控えなさいよ」
「あう」
そしてもう一発。
しかも次は背後からの気配も感じ、そちらからはごつん、と拳骨がお見舞いされてしまった。ちなみにチェスカは手刀である。
「手加減とか」
「未来の騎士様に対して失礼でしょう?」
にこり、と迫力のある笑顔で凄まれてしまえば、さすがのリッドでも何も言えない。
レイラはくすくすと楽しそうに笑っていて、特に止める様子もなかった。
「……レイラぁ……」
「離してくれないのはリッドだもの、お仕置きされてちょうだい?」
「うぅ……」
「私の存在忘れてんじゃないわよ」
鋭く入るチェスカのツッコミも、遠慮なくべったりと甘えてくるリッドのことも、今まで感じたことのないくらいの幸せをくれる義実家……もとい、家族たちも、レイラの心を温めて、癒して、解してくれた。
「レイラ?」
「あらやだ、卒業に感動しちゃった?」
「え……、あれ?」
レイラのことを心配そうに見つめているチェスカとリッドが視界に入り、ようやくレイラは己が涙をぽろぽろと零していることに気が付いた。
「わ、わたし……」
そんなつもりじゃなかったのに、と小さく呟いたレイラの頭を優しく撫でつつ、リッドは抱き締めている手で背中をぽんぽん、とあやすような手つきで叩いた。
「……っ」
「大丈夫、これからもっともっと幸せになるんだから」
「うん……」
「もう良いんだよ、レイラはいっぱい頑張ったね」
「……っ、うん……!」
本当の家族は、そんなこと一言も言ってくれなかった。
心の中では、駆け寄ってきてくれた時にそう言ってくれるのではないか、と淡く期待をしていたのもまた事実だったのだ。
(……もう、良いんだ)
レイラは、リッドの言葉を噛み締めるように何度も頷く。
そんな子供たちを見守りながら、シルフィはほっとしたようなほっとしたような表情を浮かべていた。
(……良かった。レイラさんが……ようやく気を許して笑ってくれているわね)
小さい頃から近すぎない距離で見ているからこそ、シルフィたちはレイラのことが色々と理解できている。
作り笑いを浮かべていないか、無理をしているのか、していないのか。
本当に困った時にはおいで、と伝えていたけれどレイラはずっと耐え続けてしまった。
だが、ある意味それのおかげでこうしてリッドの傍で朗らかに笑えるようになった、とも言えるから皮肉なものである。
(……グロネフェルトの名前だけのおぼっちゃまは、あちらが止めてくれるだろうし……うちはうちで、レイラさんを目いっぱい甘やかすだけね。素直に甘やかさせてくれるかどうかは謎だけど)
レイラの場合、気が付いたら彼女はいつの間にか我慢をしている。
恐らくリッドがあれやこれや気が付いて、我慢なんかさせないような生活が始まっていくのだろう。
(……これから先の未来は、どうやっても明るい……わね)
レイラは幸いにもクラスメイトにもとても恵まれていて、チェスカやリッド以外にも勿論友人はいるし、皆にとても良くしてもらっている。
きっと彼らが居たからこそ、学園に通っている間だけでも、レイラはレイラであれたのかもしれないな、と思いながらシルフィはゆっくりと子供たちのところに歩いていった。
「リッド、そろそろレイラちゃんを離してあげてちょうだいね?お花、台無しよ?」
「……む、……はい」
「リッド、私はああやって抱き締められるの、嫌じゃなかったから……あの、えと」
「レイラ、今ここで言っちゃダメなやつだから」
「あ」
めちゃくちゃレイラのことを溺愛しまくりで、もうすぐ夫になるリッドは、きっと彼らの間に子供が産まれたらそれはそれはとてつもない親バカを発揮するのであろう。
皆の中で、そんな未来が見えていたレイラの周りの人達は、明るく笑いあったのであった。




