だってお前は『レイラ』じゃない、『リベリア』でしかないんだ
「は……え?」
リッドの口から放たれたとんでもない暴言に、リベリアは硬直してしまう。レイラもリッドの背後で思わず硬直しているし、リッドに対して避難しろ、と促していた女子生徒も動きを止めてとんでもない顔でリッドのことを見ていた。
(何ちゅーことを言ってるの、リッド君てば)
(リッド、素が出てる……)
レイラも困ったような何とも言えないような顔になっているが、こうなったら止めることなどできやしない。
それに、そもそも論として、リッドは心からリベリアのことを嫌っている。視界に入れたくない程に嫌っている、と知っているのは恐らくレイラ、そしてチェスカくらいかもしれない。
リーシェは最近知ったので、爆笑しながら事情を知る人に話したとか何とか。
「リ、リッド、くん?」
「ああ、名前を呼ばないでいただけないかな。レイラと声は似ていないし、媚びるようなその態度ほど無性に腹が立つものはない」
「何で……」
何でも何も、というものだろう。
リベリアは常日頃から『私とレイラは顔が同じ、声も同じだし背丈も何もかも同じ!』と吹聴している。だがしかし、そんな人間などいるはずもない。
「声が同じ? 笑わせるな」
「ちょ、ちょっと」
「顔も同じ? ……ハッ、馬鹿げてる。どこが同じだ」
忌々し気にリベリアを睨み、そしてリッドは言葉の刃で容赦なく切りかかる。
「似ているわけないだろう、誰かを陥れる、利用することしか考えていないような大馬鹿野郎なのに、二度と同じことを言うな」
「似てる、もん」
「……どこが?」
「どこが、って」
全部だ、と鼻で笑いながら言ったリッドを、信じられないといった表情でリベリアは見つめるが、全く気にしていない様子でリッドが続けた。
「仮病を使って学校に行かない、何かと理由を付けて勉強をさぼるくせにレイラのものを欲しがって、今に至っているんだろう?」
「それは」
「……そうよね、リベリア。貴女、いつもそうだった」
不意に口を開いたレイラを、リベリアが激しく憎んでいるかのように睨むが、レイラは動揺しないままで真っ向から向き合った。
「分かったような口、きかないで。大体、アンタが何でも持ってるからいけないのよ!」
「それで?」
「それで、って」
「結局のところ、リベリアがぜーんぶ持っていった。貴女がお勉強して、ヴェルティ家を存続させていくんでしょう?」
「……っ」
「そして、ジェレミー様だって貴女のものになったでしょう?」
ほんの少しだけ笑顔を浮かべて、淡々と告げるレイラを見て、初めてリベリアが恐怖を覚えた。
「……欲しがったものを手に入れて、満足したはずよ? ああでもリッドだけは駄目」
「はぁ!?」
「貴女のものになんかならない、って分かるから」
どうして、とリベリアが呟くと同時に涙を零した。
それに対して、レイラが答える。
「どうやっても、リッドの『心』は貴女に向かないからよ、リベリア」
「ここ、ろ」
「ええ。嫌われているんだから、そうでしょう?」
嫌だ、ほしい、と願っても手に入らないものがある。
それがリッドなのだ、と嫌でも思い知らされてしまった。
「何でよぉ……」
しくしくと泣き始めてしまったリベリアだが、誰からも慰められることはない。今までならこうすれば、誰かしらが慰めてくれたというのに。
「レイラばっかり……」
「あら、とんでもないことを言うのね。私ばっかり色々持っていたものを全て奪っていったのは、他でもないリベリア、貴女でしょう?」
「それは、でも、だって!」
「奪ったものは何でもかんでも貴女のものになっているんだから、そんな恨み言、知らないわ」
「……っ」
これも、真実。
「でも、じゃあ!」
「……困ったわ、本当に」
ふぅ、とレイラが溜め息を吐いてどこか呆れたような目をリベリアへと向ける。
憐れみすらこもっていそうなそれに、プライドの塊のようなリベリアが耐えられるとも思わないが、レイラは一切気にしない。
だって、もう家を、家族を、捨てたのだから。
だから遠慮なく言葉を紡ぐ。彼女のことを後ろから支えてくれる色々な味方がいるから、大きな一歩を踏み出せるようになった。
「欲しいっていうからあげたのに、飽きたらいらない、っていうの?」
「ちが、そうじゃ」
「まるで……」
「ワガママ放題育てられたお子ちゃま、だな」
「あら」
リッドったら!と、少しだけ不満を露わにしたレイラに対し、ごめんごめん、と笑っているリッドのやり取りを見ていた寮生は『このカップル怖ぁ……』とめちゃくちゃ小さな声で呟いている。
二人にはしっかり聞こえていたものの、実際そうだろうな、としか思えないので笑顔で頷くことしかしなかった。
「ワガママ放題……お子ちゃま……」
どこか魂でも抜けてしまったようにリベリアが呟き、呆然としてレイラを見ていた。
今までこんな事は決して言わなかった。
リベリアが困っていると、必ず手を貸してくれたし、何だってやってくれた。
「本当に……捨てる、の」
「え?」
「私のことを!!本当にすてるの!?」
「えぇ」
間髪入れずに返ってきた答えは、あまりに簡単なものだった。
だからこそ、何よりリベリアの心を抉る。
「あの家から私を追い出したのは、貴女じゃない」
「ちが、だって……」
「まだ『だって』を繰り返すのね」
そう言ったところで、何がどう変わるでもない。
だが、言わずにはいられないのだろう。今までそうしてきてしまったのだから、簡単にはやめることなんてできやしないのだから。
「私ね、お礼を言わなくちゃいけないの。捨ててくれてありがとう、って!」
「は……」
「じゃなかったら、私、こんな風に幸せになれていない。リッドと婚約だって出来ていないんだもの!」
「そこだけは感謝だな」
強がりも迷いも一切なく、ただの純粋な笑顔だからこそリベリアの心を抉っていく。
今までこんな笑顔のレイラを見たことがあるだろうか、とリベリアは考えようとするが、記憶の中のレイラの顔が思い出せない。
(――あれ?)
どうして、と考えて震えあがる。
(私……レイラの『表情』を、ここ最近きちんと見たことが、ない……?)
リベリアは、改めてレイラの顔を見る。
(笑って、る)
笑顔のレイラとリッド。
彼女たちが明らかに怒っているのは分かる。だが、そんなにも怒らなくても、とすら思ってしまい口に出してしまいそうになるが、必死に堪えた。
もしうっかり声に出してしまうと、きっとろくなことにはならない。
ようやくそれを学び始めたが、何もかも遅すぎている。
もし、もっともっと幼い頃にそれをきちんと理解していたのであれば、こんな事態は引き起こさなかっただろう。
――今更、だが。
「もう……本当に助けてくれないのね……」
「当たり前でしょう?」
「なら……私、どうしたらいいのよぉ……」
ぼろぼろと涙を零し始めたリベリアに、レイラはとても冷静に、当たり前の事実をもう一度突きつける。
「貴女は、どうやっても私にはなれない。リベリア・ヴェルティとして次期当主教育をきちんと受けて、貴女が選び続けてきたことの結果をきちんと受け入れて、未来に向かって歩いていって」
「……っ」
もう、ここでこれ以上何かを言ったところでレイラは帰ってこないし、リッドも絶対に手に入らない。
事実だけを遠慮なく突きつけられたリベリアは、ふらふらと歩いて寮を出て行った。
「嵐は、去った……のかな?」
「そうみたい」
うん、と頷いたレイラはほっとしてその場にしゃがみ込んでしまう。
「レイラ、大丈夫?」
「……ん、平気。リッドだって居てくれたし、ミーナもありがとう」
「どういたしまして」
避難しろ、と声をかけてくれたミーナにお礼を言ってから、レイラは微笑む。
意外な一面を見たわー、と笑いながらもう大丈夫そうな状況を見て、ミーナも同じように微笑んだ。
「もう帰ったみたいだし、お二人は荷造りに戻って良いんじゃない?何かあればまたすぐに知らせるから」
「ありがとう!」
嵐が去ったことで、ようやく本来の目的に取り掛かれるな、とレイラとリッドは笑い合った。
「レイラ、思いきり意見をぶつけられたね」
「ええ!ちょっと……その、びっくりしてるけど」
「それだけ鬱憤が溜まってたんだよ」
ちゅ、とレイラの旋毛に口付けたリッドはレイラの手を引いて部屋へと戻っていく。
翌日、クラスにはリッドがレイラの旋毛にキスをした、ということが知れ渡っており、チェスカから『溺愛してるのは分かるけど、場所選びな?』と忠告されたのは言うまでもない。




