進んでいく
グロネフェルト家は、皆揃ってとても落胆していた。
ジェレミーのことではなく、もちろんレイラの件で、である。
「本当に……なんて馬鹿なことをしてくれたのかしら、ジェレミーったら……」
ボヤきながらも、グレッタは書類を作成する手を決して止めない。
「奥様、もしかしたら我らもジェレミー様に甘すぎたやもしれません……」
書類が完成次第、即座に提出しに行く必要があるために控えていた執事が謝罪をするが、問題ないと言わんばかりにグレッタは首を緩く振った。
「そういう問題では無いのよ……」
「で、ですが」
「だとしても、ですよ。あの婚約の意味を何一つ理解していない……それだけではありません、レイラの家族たちの大馬鹿っぷりにも呆れてものが言えないわ……」
何度溜め息を吐いても足りるわけがない、だがしかし少し別のことを考えなければならない、とグレッタは最後に大きな溜め息を吐いてから気持ちを切り替えることにした。
「レイラとは縁が繋げられそうだから……そうねぇ、
婚約がどうとかではなく、お互いによき仕事仲間としてしっかりサポートできるように手配をしておきましょう」
「かしこまりました」
「それと……」
グレッタの羽根ペンが、ふと止まった。
「ジェレミーに関しては正式に我が家から追放することにしましょう。レイラを身勝手に捨てたことも腹立たしいけれど、よりによってなぁんにも考えていない、我が家に何の利益もないリベリアを選んだのだから報いは受けていただくわ。あんな女が我が家と関係を持つだなんて……考えただけでおぞましい!」
みし、と羽根ペンから嫌な音が聞こえ、グレッタ付きのメイドが慌てて駆け寄ってきて彼女のことを宥めにかかる。
「奥様、お気に入りの羽根ペンが」
「…………あら」
ほんの少しだけ曲がってしまった羽根ペンを悲しげに見ていたグレッタだったが、困ったようにメイドに差し出した。
「修理に出しておいてくれる?」
「かしこまりました」
ぺこりと頭を下げたメイドは、グレッタの部屋を後にする。
きっととても仕事ができる彼女のことだから、早々に修理の手配を進めてくれるに違いない。グロネフェルト家の使用人たるもの、主の希望は必ず叶えてくれるのだ。
だから、今回のジェレミーに対しての『罰』に関しても、グレッタ自ら指揮を執ってあれこれと物事を進めている。
「ええと……ジェレミーの荷物に関しては残りも全部あちらに送るように手配してくれたかしら」
「はい、梱包作業も進んでおります」
執事が頭を下げつつ、作業の進捗表を眺めた。
「家具はどうなさいましょうか」
「捨てなさい。アレの部屋は客間にでも改装いたしましょう、許可はすぐくれるだろうから」
ライアンも、ジェレミーの所業に関してはとてつもなく怒り狂っている。
だから間違いなく客間への改装案を出せば、すぐさま予算を手配してくれることだろう。後は何をしなければいけないだろうか、と考えているグレッタの元に、別のメイドがやって来た。
「奥様、リーシェ王女殿下よりお手紙が……」
「まぁ」
何かしら、と呟いてからグレッタは受け取って中身を確認する。
素早く目を通し、そしてにこりと微笑んでから執事に向き直った。
「執事長、わたくしの……いいえ、グロネフェルト家の紋章が入ったレターセットを準備して頂戴な」
「かしこまりました」
深く頭を下げた執事長は、手早く言われたものを準備する。グレッタに渡すと彼女は改めて手紙を読んでからリーシェへの返事を作成していった。
あまり長々とした手紙は、リーシェが好まない。それはシルヴィオから聞いて知っているので、用件だけを手短に書いていく。
「……これでよし、と。届けてくれる?」
「はい」
誰に、とは言わなくても理解しているから、執事長はリーシェに宛ててグレッタの返事を届けるように手配する。
リーシェ側も受け取り、返事の内容を見るとにっこりと微笑んでからまたすぐに茶会の準備をしていった。
母である王妃も、巻き込んで。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「王女殿下、お招きいただきましてありがとうございます」
「とんでもございませんわ、グレッタ様。……ねぇ、王妃殿下もそう思いませんこと?」
「そう、ね」
にこり、と微笑んでいるリーシェとグレッタの笑顔の圧は、とてつもなかった。
(――っ、まずい……!)
そも、どうしてリーシェが王妃までこの茶会に呼んだのか?
理由は単純、王妃はレイラに関してヴェルティ家の言うことを丸っと信用しており、レイラ自身の価値をきちんと把握していなかったからだ。
今回の職員登用試験にレイラが合格した際も、リーシェに対して『どうせお前が依怙贔屓して、権力を使って合格させたんだろう』とまで言う始末。
「……ねぇ、レイラったらね……きちんと自分の力で合格しているの。それはグロネフェルト公爵夫人だって証明してくれるわ」
「そ、う」
「どうして王妃殿下は……わたくしが依怙贔屓している、だなんて思ったの?」
「だ、だってあれは」
「いつもいつもジェレミーのことをべた褒めしていたわよね、王妃殿下」
母なのに、決して母、とは言わない。
「まぁ王妃様ったら……! ジェレミーはそんなにも頭が良いわけではございませんわ!」
大げさな程に驚いてみせ、グレッタはリーシェの言葉を引き継ぐようにして続けていく。
「だ、だってジェレミーはとっても優秀で」
「レイラさんの力添えがあったからこそ、ですわよ。嫌ですわ」
ころころと笑いながら、グレッタは王妃が知らない非情な事実を連ねていった。
「レイラさんに面倒を見てもらっていたんですの、愚息は」
「……え」
「あの愚息、頭がとんでもなく悪いわ、人の言うことをまともに聞かないわ、外交なんてもってのほか……」
ほほほ、と笑いながら言われた内容に、王妃は唖然としている。
まさかそんなことがあるとは知らず、と何やらごにょごにょ呟いてはいるが、リーシェはそれを見逃さずに追撃していった。
「だから言ったじゃありませんか、レイラ自身の力で色々勝ち取っている、って。信じてもらえましたぁ?」
「ちなみに、打ち合わせなどもしておりませんので悪しからず」
「ぐ……」
まるで煽るかのごとく言われた内容だったが、事実なので何も反論できなかった。
事前打ち合わせも何もなく、ここまでの息の合いよう。王妃的には『打ち合わせをしているのだろう』と思っていただけに、完全に言葉を失ってしまう。
「ねぇ、グロネフェルト公爵夫人。ジェレミーの排除はお願いできるかしら?」
「勿論です、王女殿下」
「早めにね? レイラの心労を少しでもなくしてあげたいの」
「書類は提出しましたので、後は処理を早めていただければ……」
そこまで言って、ちらりとリーシェとグレッタが王妃を見る。
「……ねぇ、王妃殿下」
「……っ!」
リーシェの低い声に、王妃がびくりと体を震わせる。だが、それを見たリーシェは気にせずに言葉を続けていった。
「その書類、早々に処理していただけるわよね?」
「……そ、そう、ね。そうしてあげた方が……レイラに、迷惑がかからなくて、良い、わね」
「ええ」
王妃は、己の娘にとんでもなく迫力のある笑みで凄まれてしまい、頷くしかできなかった。レイラのことを色眼鏡で見てしまい、申し訳ないと思う一方で『王女らしい』と考えてしまうところもあり、何とも複雑な気分だった。
「というわけで、王妃殿下。ここは退席していただいて、書類のお仕事に取り掛かってくださいまし。わたくし、もう少しグロネフェルト夫人とお話をしたいので」
「……」
相槌をうつことも忘れてしまったのか、ふらりと立ち上がって自室へと向かっていく王妃を見送ってから、リーシェとグレッタは微笑み合う。
「……さぁて、これでジェレミーの排除は想定よりも早く進みそうですわね」
「感謝申し上げます、リーシェ殿下」
「よろしいんですよ、レイラのためにと思って動いておりましたが……結果的にグロネフェルト家のためにもなっておりますでしょう?」
貴族としての婚約の意味を理解せず、ただ享楽にふけってしまうなど、由緒正しき公爵家の人間だとは到底思えない。
だからこそ、今回の件については異物とでも言えるようなジェレミーを排除してしまえる、ちょうどいい機会だったのだから。
「仮に、レイラと婚約していなくてもきっとこうなったに違いありません。だってジェレミーったら、どこまでいっても他力本願な上に他責にしてしまえる、ある意味稀有な存在なんですもの」
ジェレミーやリベリアが知ろうとしないだけで、彼らを待ち受けている未来は結局のところ『破滅』だけなのだ。
そう言い合って笑い合いながら、グレッタとリーシェは余計なものが居なくなったお茶会を心から楽しんだのであった。




