可愛いあの子を守るため
レイラのお願いを聞かない理由なんかない、とリーシェは張り切ってリッドに対して手紙を書いた。王族の権限をフル活用して王宮に呼び出してしまえば手っ取り早いのだが、そんなことをしてヴェルティ伯爵家に何かを感づかれても面倒だ。
(あの家に何かできるような気力が残っているとも思えないけど、万が一を考えないとね)
一番原始的かもしれないが、一番確実な方法を取る。
そして、レイラのことをしっかりと守り切ってみせる。初めて、レイラが自分の意思で助けてくれ、と言ってきたのだから、期待には応えてあげないといけない。
「ま、リッド卿のことだからすぐに来るでしょうね」
リーシェが呟き、ちょっと持って帰って来た仕事を片付けるためにデスクに向かう。そのついでにリッドへの手紙をとても簡潔に書いてから、専属のメイドに『送っておいてくれ』とお願いをすることも忘れない。
――そして、それを受け取ったリッドが顔面蒼白で王宮まで急いだことも、勿論言うまでもないことなのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……王女殿下、突然のお手紙は心臓に悪い、と申しますか……」
「あらぁ、レイラを守るためなんだから別に構わないじゃない?」
「それはまぁ、そうなんですが」
にこにこと笑っているリーシェと、顔が引きつっているリッド。
違うんだ、決してこれは浮気なんかじゃなくて、王族に強制的に呼び出しを食らったからであって、君以外の女の子なんて一切興味が無くて、と心の中で必死に言い訳をしているリッドを見たリーシェは、手ずからお茶を入れて彼に勧める。
「……どうも」
「まぁ、とりあえず飲んでちょうだい。それ、飲みながら話を聞いてくれる?」
「はい」
さすが王家御用達の茶葉だ、とリッドは感心する。
それにリーシェのお茶を淹れる技術も相当なものなのかもしれないな、と考えていると、リーシェが自分で淹れたお茶を飲んでから口を開いた。
「お茶ってね、基本を守ればとっても美味しく淹れられるの」
「……美味しいです、本当に」
「レイラだって上手よ」
「知ってます」
まるで対抗するかのように、唇を尖らせながら言ってくるリッドを見て、リーシェはとても楽しそうに笑う。
何が面白かったのだろうか、とリッドが首を傾げていると、リーシェがふっと真剣な表情になって言葉を続けた。
「だからこそ、今のあの子の表情を曇らせるわけにはいかないの」
「……」
「今のあの子は、この私にようやく助けを求められるようになったのよ? ねぇ、救わない馬鹿がどこにいると思う?」
「どこにもいませんね」
「そうでしょう?」
「それに……」
リッドがふっと表情を消し、言葉の温度も無くして続けていく。
「――大嫌いなんです、リベリアのこと」
「あら、まぁ」
それは知らなかった、とリーシェが驚きで目を丸くする中、リッドは遠慮なく言葉を紡いでいく。きっと、レイラには決して見せないような鋭い眼光を宿し、淡々と。
「きっと、あの女の、次のターゲットは俺でしょう」
「ふふ、察しが良いわね」
「彼女は、レイラのものばかり欲しがる。レイラが大事にしているものばかり欲しがって、強奪して笑顔も感情も奪って……そうして生きてきたんだから」
「あらあら、とっても詳しいのね」
「……見てきましたから」
そう、ずっとずっと見てきた。
レイラとリベリアの誕生日、二人とも同じものを贈られていたのにも関わらず『あっちが良い! レイラの持ってる方が可愛い!』と泣き叫んでみたり。
そうかと思えば、双方の好みを聞いて準備された誕生日ケーキだって『レイラの方が美味しそう!』と叫んでみたり。
まさか婚約者まで、とは思ったもののさすがに全てがリベリアの思い通りになんかいかなかった。
グロネフェルト家がレイラとジェレミーの婚約を押し進めた理由は、『レイラの才能が欲しかったから」なのだが、ジェレミーとリベリアが勘違いをしてくれていたおかげで、レイラは疫病神から解放されたというわけだ。
身内を疫病神と言ってはいけないのかもしれないが、あれは単なる疫病神そのもの。ジェレミーも表だけを見てリベリアに同情し、二人でレイラのことを嘲笑って、奈落の底にたたき落としたつもりになっている。
「今度は、あの馬鹿どもが地獄を見る番だ」
「ふふ、ヴェルティ家は今とぉっても大変らしいからレイラに助けを求めようとしたらしいわ。……リベリアがね」
「は!?」
「でもね、レイラは一蹴したんですって!」
レイラが。
あの、レイラが。
それを聞いたリッドは表情を明るくさせる。
何という進歩だろうか、と思った矢先に、リーシェが真顔で少しだけ追い打ちをかけた。
「まぁ、あの強欲な似非病弱女のことだから『レイラは私が強く言ったらどうせ言うこと聞いてくれるわよねー』くらいにしか思っていないところが厄介極まりないわ」
「そう、ですね」
「……で、貴方の出番よ」
にこ、と微笑んだリーシェは、テーブルに並んでいるスイーツの中からイチゴのケーキを選び、静かに控えていたメイドに切り分けてもらってから受け取る。
フォークを持って、ぐさり、とイチゴを突き刺してからぐぐぐ、とそのまま下まで刺し込んでから低く告げた。
「完膚なきまでに、あの馬鹿女を叩きのめして」
「物理的にですか?」
「精神的によ、いやねぇ」
今の眼力と声のトーンから考えるに、つまりは殺れということか、と思っていただけにそれを聞いたリーシェはケラケラと笑う。
「ごめんなさいね、そっちじゃないの。殺っちゃったら楽になるのは間違いないけど、」
「殺ります?」
「貴方、レイラ以外にとんでもなく手厳しかったりする?」
「いや。というか、レイラの敵ならば俺にとっては生きている価値すらないほどの存在ですので」
とんでもなく激重感情を向けられているが、レイラは仮にこの会話を聞いたとしても取り乱すものの冷静になったらリッドを窘めるくらいで終わるのだろう、とリーシェは思う。
そしてリッドも『誤解しないでね。君の敵は、俺の敵だ、っていう話なんだから』とレイラのことを丸め込んでしまうに違いない。
(……何だかんだでお似合いというか、この人の手綱はレイラ以外には握れないわねぇ)
やれやれ、と肩を竦めてから無惨な姿になってしまったケーキを食べつつ、リーシェは改めて、と言葉を続けていく。
「なら大丈夫ね。リベリアのこと、地獄に突き落として差し上げてくれる?」
「勿論」
にこ、と双方微笑み合うが話の内容はどこまでも不穏。
そして次にリーシェが呼び出さなくてはならないのは、グロネフェルト家だ。
「グロネフェルト家の皆様は……協力してくれるかしら」
「大丈夫ですよ、きっと」
「どうしてそう言い切れるのかしら?」
「俺の母と、グロネフェルト公爵夫人は親しい間柄ですし……何より、ある意味一番レイラのことを溺愛して、彼女の才能にいち早く気づき、表向きは『歳が近いから』という理由の元、『レイラをあの家から引き離すため』にちょうど良かったジェレミー様と婚約をさせるという手段を取られたお方の家ですから」
「へぇ……」
そんな理由があったのか、とリーシェは興味深そうに話を聞く。
大層気に入ったから、とは聞いていたし、魔法の才能がとも聞いていたけれど蓋を開けてみればレイラの保護、というとんでもなく大きな目的があったのか、と感心した。
「凄いわね、あの方」
「本当の家族以上に、レイラのことをとても大切にしていたから……だから、俺の母も『グロネフェルト家なら』ってレイラのことを見守ろうとしたんです。けど……」
「ジェレミー自身、私たちが思っていたより……遥かにダメなクソ男だった、っていうことよね」
「そうです」
本来ならば王女がそんな言葉遣いを、と窘めなければならないところではあるが、ここにはリッドとリーシェ、そして彼女専属の使用人しかいない。
それはそれはもう言いたい放題、というわけである。
「じゃあ、諸々の手筈は私とグロネフェルト家で整えますわね」
「こちらも、ご協力できることがありましたら何なりとお申し付けください」
「ありがとう。それと、またレイラも呼ぶから今度は三人でお茶会をしましょうね。……次は、楽しく……笑顔で」
「……はい」
最後は互いに微笑みあって、リッドは王城を後にした。
(さぁて、あとはおバカさんたちが転がり落ちていくだけ……ね)
ふ、と微笑んだリーシェは密偵を放つ。
ヴェルティ家が今どうなっているのか、リベリアやジェレミーはどうしているのか。事細かに探らせて、何らかの芽が出そうなら出る前に叩き潰さねばならない。
(タダで済むと思わない事ね、お馬鹿さんたち)




