相談するということを(ようやく)覚えた
レイラが職場見学に行った時のこと。
リーシェは、レイラのことを手招きして呼んでから、こう告げた。
「ねぇレイラ、何かあったらきちんと周りを頼りなさいね」
「え……」
今までもしっかりと相談しているつもりだった、とリーシェに伝えればめちゃくちゃ渋い顔をされた挙句『どこが?』と真顔で問い返されてしまった。
「……貴女の、どういう言動が、相談している、っていうのかしらぁ……?」
「……ひぇ」
あまりのリーシェの迫力に、レイラは思わず震え上がってしまったが、実際その通りなので反論もできない。
「……まぁ、貴女の性格を考えれば、相談したところでどうせリベリアを優先されるのだから意味が無い、とか考えてしまったんでしょうけど」
「あ、はい。その通りなんです」
「ダメでしょ」
「だ、だって今まではそうだったし、あの、我慢なら慣れて」
「慣れちゃダメよ、んもう」
めっ、と言いながらレイラの額に遠慮なくデコピンをお見舞いすれば、ばちん、とそこそこ大きな音がして、レイラが奇妙な声を上げながらしゃがみ込んでしまう。
なお、これはすべて魔術職員課にレイラが職場見学にやって来た時に行われていたので、他の職員の皆さまもしっかりと目撃&内容を聞いている。
とはいえ、他の職員の皆が注目しているのは何よりも、『リーシェがこれだけ目をかけているのだから、面白い子に違いない』という根拠のない興味とか諸々が関係していたりもするが、レイラとリーシェだけが気付いていない。
そして案の定面白い人物扱いをされてしまっているレイラだが、本人がなかなかいい味を出していることにも、気付いていないのだ。
人を惹きつける魅力、とでも言えば良いのだろうか。
家族以外にはとても好かれ、大切にされている。才能だってある、勉強もできる、人あたりだっていい。
色んな意味で非の打ち所がないのに、何もかも家族が彼女のことを全力で邪魔をしていた、というわけだ。
「貴女にはね、貴女が思っている以上に味方がいるの。今回試験を受けて王宮で働くことになるけど、皆が貴方を評価してる。それは、実力で勝ち取ったもので、レイラだけの宝物よ。私たちは貴女に頼ってもらいたい、助けになりたい。だから」
ここで区切って、リーシェはレイラの手をぎゅう、と握った。
「どんな小さなことでも、たとえレイラが迷惑かもしれない、って思ったことでもいいの。口に出して、想いを伝えて?」
「どんな、小さなことでも……?」
「そう。みーんな、貴女を助けたいんだから!」
助けたい、と言われても何を……と考えてしまったが、今となっては何となく理解できる。
リッドから、リッドの家族から、そしてチェスカやチェスカの家族。クラスメイトだって、レイラのことを気にかけてくれていて、守ってくれている。
(……とんでもない果報者ね、私)
ふ、と微笑んで王宮に向かう馬車の中、少しだけグシャグシャになってしまった手紙を改めてレイラは読む。
(ふざけた内容だこと)
離れてしまえば、いかにあの家族が……いいや、家族もどきが歪だったのか、とてもよく分かる。
中にいれば自分の感覚が麻痺してしまい、これが普通なんだろうな、と思い込んでしまっていた。だが、一度でも外に出て他を見てしまえば『おかしい』とはっきりと理解できるし、何かを要求されたとしても拒絶するという気持ちだって出てくるというもの。
レイラはレターセットに手を伸ばして、リーシェあてに手紙を書き始める。
明確に目的をもって、お伺いなどではなく『お願い』をしっかりと書き記した。
きっと今までのレイラではありえない程に、力強い文章だったのだろう。手紙を受け取って読んだリーシェは、にこりと笑って返事を書く。
――愚かな家族が決して入って来れないように、自身の宮にレイラを招待する準備も併せて行いながら。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「レイラ!」
「リーシェ様、大変失礼なお願いごとだったにも関わらず、ご快諾いただき……」
「ささ、早く!」
「……せめてご挨拶をですね」
「そんなものは後でいくらもできるでしょう!」
そういう問題ではないのでは……と思うレイラだったが、一応オルドーは王宮にも出入りできる身分なので、うっかり遭遇してしまう可能性はなくもない。
あのオルドーのことだから、レイラが王宮にいることを見てしまった場合には『何をしているんだ!』と大層怒りながら家まで無理やり連れ戻してしまうかもしれない。あくまで『もしかして』、だが。
「まぁその、ええと……はい?」
「よろしい」
ご満悦な様子で頷いたリーシェは、レイラの背後に回ってからぐいぐいと背中を押しながら邸内に入っていく。
リーシェの好みの家具で整えられている邸内は、いつ見てもさすが、という感想しか抱けない。
ほう、と感嘆の吐息を零しながらきょろきょろと視線を動かしつつ客間へと歩いていく。
「……レイラから、ようやく頼ってもらえた、っていうことで、私はとっても嬉しいの」
「……は、い」
「しかも」
客間に入ってリーシェはお気に入りのソファーに、レイラはリーシェの向かいに座る。
リーシェの専属メイドからお茶を用意してもらい、一口飲んだところで視線をしっかりと向かいに座っているリーシェへと向けてから、レイラは口を開いた。
「リーシェ様、お力をお貸しくださいませ」
「……」
「リベリアから、理解しがたい手紙が届きました」
「ええ、お手紙に書いてあったわね」
「私、もうそろそろ我慢の限界みたいです」
「……そう」
嬉しそうにリーシェは微笑み、手を伸ばして大好きなアップルパイを一口食べてから、話を続けて、とジェスチャーをした。
「もう……奪われるのなんて嫌なんです」
「そうね」
「今度は、リッドを寄越せと言わんばかりでしたので……ええと、ほんの少しだけ思い知っていただきたくて」
あらまぁ、とリーシェは少しだけ驚いた。
だがしかし、そんなもので良いのだろうか、とも思う。そう考えるとリーシェは自然と口を開いていた。
「ほんの少しだけ、で良いの?」
「……えっと」
「貴方が徹底的に排除しているつもりでも、リベリアはしっかりとまだまだ貴女にくらいついているじゃない」
「それは……」
事実だった。
優しさなのか、それとも仕返しの方法が分からないのか。きっとレイラについては後者に違いない。
だからこそ、リーシェはレイラに対して何でも相談してこい、と言っていたのだがそれがようやく実現した、というわけである。
「レイラ、私が貴女に手を貸すこと自体は全く問題が無いわ。何でか理解できていて?」
「ええ、と」
レイラは頭をフル回転させて必死に考え、そして、『あっ』と小さく声を出した。
「……同じ職場の、先輩後輩だから?」
「それもあるわ」
「?」
それだけでは……とレイラが結構本気で悩みつつ首を傾げると、リーシェは不満そうにむすりと頬を膨らませた後に口を開いた。
「お友達でしょうが、私たち」
「へ」
「お、と、も、だ、ち!!」
まさか一国の王女相手にそんな不敬な……と考えていたことも即座に見抜かれて、ずい、と体を乗り出しつつレイラの口に遠慮なくクッキーを突っ込んでからリーシェはフン!と大きく胸を張った。
「むぐ……」
王宮専属のパティシエが作ったクッキーが美味しくないわけがない。さくさくとした軽い歯ごたえながらも、しっかりとしたバターの風味が感じられて大変美味しい。
さくさく、ごくん、と飲み込んでから、レイラはおずおずと言葉を紡ぐ。
「お、……お友達、だなんて恐れ多いんですが……よろしいので、しょうか」
「駄目なら言ってないわ」
リーシェの人の好き嫌いは結構有名だが、その分懐に入れた人物に対しては大変甘い。甘すぎるくらいには甘い。
「というわけで、徹底的にやっちゃいましょうか!」
とんでもなく可愛い笑顔で言われた内容に、レイラは思わず硬直してしまう。
「徹底的に、ですか」
だがしかし、自分だってしっかりと……と思っていると、リーシェがお茶を一口飲んでから言葉を続けた。
「そう、言って駄目なら実力行使。勿論、貴女の婚約者の協力も必要になるし、……そうねぇ、グロネフェルト家にも協力してもらいましょう。レイラが仕事を始めると、恐らく研究内容的にグロネフェルト家とは切っても切れない関係になるんだから」
「あ、魔力運用の研究ですか」
「ええ」
満足気に頷いたリーシェは、少しだけ悪い顔になってからクッキーを一枚口に放り込んだ。
「大丈夫、彼らには自分のやってきたことがしっぺ返しされちゃうだけだから」
とんでもなく愉しそうに笑いながら、リーシェは他のスイーツに手を伸ばす。
レイラのやり方が間違っていたわけではないし、至極まっとうなやり方だったと思う。だが、それが通じないのであれば第三者も手を貸して徹底的にやり返す他ない。
(レイラは根っこが優しいから……。でもね、レイラがどれだけ宝物なのかを理解していないお馬鹿さんは、どこまでいってもあの子のことを舐めて、最終的には許してくれるんだ、って甘い考えしかしないのよ)
お茶も飲みつつ、リーシェはとても小さな声で呟いた。
「リッド卿……貴方も巻き込まれてくれるわよね、絶対に」
呟いた直後、リッドが思いきりくしゃみをしてアネモネとイザベルを驚かせてしまい、スイーツを奢らされてしまったものの、リーシェからの手紙を見て『徹底的にやり返してね』と姉妹から釘を刺されたのは、言うまでもない。




