あなたの幸せをちょうだい
「ねぇ、ジェレミー様!あちらに参りませんか?」
「お前……出かける時だけは元気なんだな……」
「きちんとお薬を飲んでおりますから!」
フフン、と胸を張るリベリアだが、そんなことは幼児でも分かるほどに当たり前のこと。
体調が悪いなら薬を飲んで、早く治す。体調が悪いなら外出を控える。
しかし、リベリアのこれまでの日常は癇癪を起こせば家族が……もとい、リベリアに激甘だった父や母がたっぷり甘やかしてくれたから、体調が悪かろうがどうにかなってしまっていたのだ。
だが先日、レイラが家を出てしまったことにより、何もかもが一変した。
リベリアは、厳しい後継教育を受けなくてはならなくなったし、それに伴って薬も誤魔化さずに飲むよう指示された。
とはいえ、繰り返すがこれはごく一般的に当たり前のことである。
ジェレミーが駄目ならリベリアがやるしかない。親戚筋にはガイラルディアがあれこれ言いふらしたので、外から養子を取ることも出来なくなってしまっていた。
(レイラがいなくなって、……ううん、どうせ帰ってきてくれないだろうから……私が頑張らなきゃいけないのは理解してる。だからこそ、ジェレミー様を手放すわけにはいかないのよ!)
「薬を飲むのは当たり前のことだろう?……当たり前のことを誇らしげに言うんじゃない」
「わ、分かっておりますわ!」
「だが……レイラも同じ病にかかっていた、というのは本当なのか?」
「え?」
そんなことあっただろうか、とリベリアは少し考えて、主治医の言葉を必死に思い返す。
確かに、言われてみればレイラも風邪を引いて咳がどうとか……と言っていたような気もするが、あの頃はリベリアの症状がとてつもなく重く、両親はリベリアにかかりっきりだったのだ。
「……仮にかかっていたとして、自分で治した、だなんて……何だか嘘くさくありませんか?」
「まぁ……そうかもしれんが」
「そんなに天才なら、レイラは問答無用でジェレミー様と結婚させられて、今頃学園も飛び級で卒業したりして、働いていたと思います!」
「……それもそうか」
リベリアの言葉にすっかり納得してしまったジェレミーは、今更ながらいかにレイラが有能だったのかを思い知っているところだ。
もしも、の話をしたところでどうしようもないことは理解している。
だが、ジェレミーはここ最近、常に考えている。
(もしも……もしも、俺がレイラと結婚していたら、きっと今頃は……)
恐らく、ではあるがグロネフェルト家に居続けられたことだろう。
きっとレイラはジェレミーの妻として、粛々と務めを果たしてくれたに違いない。
(……ん?)
つまり、リベリアを第二夫人してしまえば、何も問題はなかったということだろうか、という考えに至ってしまう。
(まぁ……叶わない未来をいくら望んだところで、どうしようもないことくらい理解はしているつもりだ)
リベリアに気付かれないようにこっそりと溜め息を吐いていたが、不意に視界の端に見慣れた姿が横切ったような気がした。
「ん……?」
「ジェレミー様?」
べったりくっついているリベリアは気付いていなかったようだったが、ジェレミーの視線をすぐに追いかけ、見つけてしまったのだ。
「……なんで……」
レイラとリッドが楽しそうに笑いながら、二人で街中を歩いている。
実家にいた頃は見たこともないくらいの眩しい笑顔で、綺麗に着飾っているし、挙句の果てにはジェレミーとの婚約がなくなったというのに隣に当たり前のように存在しているリッド。
「……」
「……」
リベリアもジェレミーも、どちらも何も言えないまま、笑いながら本屋に入店したレイラたちを見送ってから、ただ、立ち尽くしていた。
「レイラ……だったよな」
「あの子、笑えたんですのね」
フン、と面倒そうに呟いたリベリアだったが、またもや悪い癖が出てきてしまった。
(…………また、交換したらいいんじゃない?)
一度は叶った婚約者の交代。
いいや、もはや強奪と言っても過言ではなかったかもしれないが、レイラの側は『要らないものを引き取ってくれてどうもありがとう』と思っているなんて、リベリアもジェレミーも知らない。
グロネフェルト家の皆様のことは大好きだし尊敬もしていたが、ジェレミーだけは別枠にしてしまっていたレイラは、今になってようやく穏やかに笑えるようになっているのだ。
そんなことを知らないリベリアは、ジェレミーにべったりとくっついたままで、にたりと笑う。
(また、お父様とお母様におねだりしたらいいんだわ。レイラを見つけた、って言ったら絶対に協力してくれるはずだもの!)
どこまでいっても、お馬鹿さんはお馬鹿さんのままである、ということに自分自身だけが気付かないまま、一旦はリベリアもジェレミーも、レイラのことは見なかった振りをして自分たちのお目当ての買い物を済ませたのであった。
だが、リベリアが気付いている=レイラだって気付いている、という思考回路になっていないのは、本当に残念なことだ、とお茶をしながらリッドは苦笑いを浮かべていた。
「……気付いていたよね?」
「えぇ」
笑って、レイラは頷く。
お気に入りのアップルティーを飲みながら、困ったように眉を下げてレイラは言葉を発した。
「あの子の考えそうなことだけど……多分、次はリッドに狙いを定めてくると思うの」
「えぇ?」
俺嫌だけど!と流れるように文句を言ったリッドだったが、レイラにまぁまぁ、と宥められては大人しくなるしかない。
姿勢を正してから、頼んでいたチョコレートケーキを食べて、コーヒーを飲んでから頭を抱えてしまった。
「俺ほんっっっっとうに嫌なんだけど」
「知ってる」
「リベリアのこと、心の底から嫌いなんだよ……」
「うん、それも知ってる」
「……知ってた?」
「うん。リッドが珍しく……何ていうのかな、お面?みたいな顔で淡々と話していた、っていうか」
「嫌いになりすぎると、そうなるんだ」
「一種の防衛反応かな?」
「多分ね」
恐らく実家の面々が見たら、こんなにもつらつらと話すのか、というくらいにはあれこれ話してくれるレイラに、リッドは少なからず優越感を覚えていた。
だからこそ、短絡的すぎる思考回路の持ち主のリベリアが大嫌いで、ありとあらゆる手段を用いて距離をとっていたのだ。
街中に出れば、きっといつかこうやって遭遇するかともあるだろう、とは思っていたが、想定よりだいぶ早かった。
「どうする?」
「……そうね……ちょっとだけ、リーシェ様に助けてもらおうかな、って思ってるの」
「え?」
「……私ね、今、多分すごく怒ってる。あ、リッドに、じゃないよ?」
「それは知ってる」
二人きりのお出かけがとても嬉しくて、二人揃って割と浮かれながら外出していたものの、まさかこんな偶然があるのだろうか、とこっそり話していたのだ。
あの二人が上手くいくなら、それはそれで何も問題はない。
だが、厄介なのはまたリベリアが『婚約者交換して』とか『レイラばっかり!』とか癇癪を引き起こして、今度は捨て身で突撃してくる可能性がある、ということ。
実家から何かしてくるかもしれない、とは思うものの、レイラは家を出る時に色々書類を纏めており、サインだって家長である父から直筆でもらっているなら何も問題はないはずなのだ。
「……私も、リベリアのことを甘やかしてきた自覚はあるけど……もうそろそろお子様でいられる時間は終わりにしないといけない、わよね」
「そうだね」
笑い合いながら、レイラは少しだけぬるくなったアップルティーをもう一口飲む。
「……どうしましょう、これで寮になにか手紙でも届いてしまったら……」
「駄目だよレイラ」
「?」
苦笑いをしたリッドは、小声でレイラに告げる。
「そういうの、言葉にしちゃうと現実になって、良くないから」
「……それもそうね」
つられるようにレイラも苦笑いを浮かべ、頷いたが、時既に遅し、だったのだ。
「何、これ」
休みが終わり、学校から寮の自室に戻ったレイラの元に届いていた、とある手紙。差出人はリベリア。
「嫌な予感的中…………って」
『ねぇレイラ、貴女の『幸せ』ごと、私に頂戴?』
たったこれだけ。
だが、これを書いたのは紛れもなくリベリアで、意味が分かったレイラはぐしゃり、と手紙を握り潰す。
「…………あげないわ、もう……何も、誰も」




