元家族の思い込み
レイラが幸せを感じまくっていたその頃、レイラの実家であるヴェルティ伯爵家では、誰に跡を継がせるのか、という問題が一気に浮上した。
リベリアに継がせることはできない。何故なら、色々なものが足りないから。
きちんと主治医の言いつけを聞いて、真面目に薬を飲んでいたら、ここまで咳病に関して引きずることはなかっただろう。
だが、今何をどう後悔しても、やり直したいと願ったとしても、時間は元に戻らない。
「あなたの甥っ子は?」
「……あぁ、ガイラルディアか」
「確か彼、とっても優秀な成績だとか……何とか」
「……そうだな」
とりあえず連絡を取らねば、と執事長を呼んでから妹の家に手紙を送る準備をする。
内容には『ガイラルディアを養子に迎えたい』という簡潔な内容。
勿論正式な当主として伯爵家を継がせることは確約するし、彼にとっても嬉しいことに違いない、という勝手な決めつけはあるが。
手紙を見たガイラルディと、彼の母は週末に行きます、と返事を送ってきて、その日がやってくると家族三人揃ってヴェルティ伯爵家までいそいそとやって来た。
「久しぶりだなガイラルディア!」
「おじさん、久しぶりだね!」
やってきたガイラルディアは、とても上機嫌で小走りにオルドーに近寄る。
そんな甥っ子を満面の笑顔で受け入れたオルドーは、肩をぽんぽん、と叩いてから応接室に向かうように促し、並んで歩き出した。
グレースも、ホッとしたように笑みを浮かべ、オルドーの妹であるアリーゼに頭を下げる。
「グレースお義姉様、ご無沙汰しておりますわ」
「アリーゼさん、お元気そうで何より」
ほほほ、と笑いながら、表面上は穏やかな会話が始まる。
だが、そんな四人が並んで歩いている様子を、リベリアはこっそりと見ていた。
(何で……どうしてガイラルディアが!?アイツが来たら、私がこの家を継げないじゃないの!)
そんなリベリアの気持ちはまるっと無視をされる形で、オルドー達はにこやかに談笑をしながら応接室に入る。
彼らの背中を見送ることしか出来ないリベリアは、慌てて部屋に入り、寝間着から着替えてジェレミー用の部屋として用意してもらった、かつてのレイラの部屋へと走ったのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「それで兄さん、ガイラルディアをこの家の跡取りに……って、どういうことなの?この前、リベリアの婚約者がお披露目された、って聞いてるから、てっきりそちらに……」
「そうだよ。俺、まさかリベリアと結婚するの?」
「ははは、違う違う!そうじゃないから安心しなさい!」
あっはっは、と朗らかに笑うオルドーはひらひらと手を振りながら妹の言葉を否定した。
「実はなぁ……レイラが家を出てしまったんだよ」
「……え?」
「……レイラ、が?」
アリーゼとガイラルディアは、さっと顔色を悪くして顔を見合せている。
もしかして、レイラが家を出たことは伝えない方が良かったのでは、とオルドーもグレースも若干の不安がよぎるが、事実は事実として伝えなければ、と更に言葉を続けた。
「ち、違うのよ!?仲違いをしたとか、そういうのじゃなくて!」
「そうそう!」
「いや、でも……」
「ねぇ……?」
アリーゼもガイラルディアも、困惑した表情で双方顔を見合わせる。
あの真面目なレイラは、家を捨てて出て行くだなんてそんなことするわけない、という認識だったらしい二人は、必死に言い訳をあれこれ連ねていく。
『レイラは家を捨てた、酷い娘だ』とか、『リベリアを見捨てて出て行くだなんて、育ててやった恩も忘れているんだ』とか。
あまりにもレイラのことを罵るものだから、聞かされている側は気分が悪くなってしまった。自分の娘をこれだけ罵って、その一方でリベリアのお世話係のように都合よく使っていたことを知っているだけに、アリーゼはそっとハンカチで口元を押さえた。
「兄さん……言っていることのおかしさ、って……理解しているの?」
「え?」
どこか媚びるような、人を不愉快にさせるような表情で、オルドーは己の妹を見る。
その目に込められているのは、侮蔑のみ。
「ア、アリーゼ? 一体どうしたって……」
「兄さん、気は確か?」
「は!?」
アリーゼからこんな風に問いかけられたことはない。
今までは兄さん、兄さん、と己を慕ってくれていた良い妹だとばかり思っていたのだが、そもそも自分のやっていたことに対してドン引きされていることに気が付いていないのだ。
「おじさん……レイラに次期当主の教育をしてたんじゃないの?」
「どうしてそう思うんだ? あいつはグロネフェルト公爵家に嫁入りを……」
「じゃあ誰にどうやってこの家継がせるつもりだったの!?」
「え?」
「それ、は」
言われてみれば、その通りだ。
レイラは何もなければグロネフェルト家に嫁ぐことになっていたのだから、レイラは跡取りになり得ない。
であれば、誰に?
「リベリア……?」
「いやいや何言ってるのさ! リベリアって体が弱いだけの令嬢だし、学園で最悪な評判しかないんですけど!?」
どこからツッコミを入れれば良いのか、とガイラルディアは半笑いであれこれ指摘していく。
「ガイラルディア、何を……」
「課題はやってこない、いっつもレイラに酷く当たってる、まるで女王様みたいな振る舞いしかしてない、でも病弱だからってテストから逃げる!」
「う、ぐ」
「そんな奴に継がせられるわけないでしょ!」
「これ、ガイラルディア。落ち着きなさい」
「落ち着けないってば! これ、今日父さんがいなくて正解だよ……」
「だ、だからお前を養子にもらって解決しようと、だな」
「はぁ!?」
ぎょっとしたガイラルディアは、座っていたソファーからがたん、と立ち上がった。
「待って、だとしたらリベリアどうすんの!?」
「それは……」
「おじさん、ごく潰しをここでずっと住まわせるの? てかリベリアってレイラの婚約者奪ったんでしょ?」
「ガイラルディア、人聞きが悪い!」
「事実でしょうに……。兄さん、本当にどうしちゃったの……? お義姉様も……」
「そ、れは」
色々と指摘され、ヴェルティ伯爵夫妻は押し黙ってしまう。
こうして第三者から聞いていると、リベリアばかりを可愛がっていて申し訳ない、という気持ちがこみ上げてくるのも事実だが、『だってレイラだから許してくれるだろうし、リベリアを大事にしなければ』という気持ちも大きい。
リベリアは体が弱いから……と言葉を続けようとした矢先、ガイラルディアがまた口を開く。
「てかさ、リベリアっていつになったら真面目に病気に向き合うの? 俺の学校でも同じ病気になってる子いたけど、ちゃんと治療薬飲んで、完治させてる子いるんだけど……」
「は!?」
「あなた、そういえば主治医の先生が……」
そうだ、主治医が呆れたように以前話していた。
そして、こうも言っていた。
レイラも同じ病気にかかっていたのに、と。
「……ぁ」
どこだ、どのタイミングでレイラはあの病を克服したんだ、とオルドーは必死に考えるが分からないし思い出せない。リベリアに構ってばかりだったから、そもそも幼い頃のレイラを構っていた記憶がほとんどないことに、今更ながら気が付いてしまった。
「レイラは……」
「おじさん達、覚えてないの? レイラだって辛そうにしてたけど……」
「そうよ兄さん! 私、あの子が小さい頃、背中を摩ってやったりしてたこと、覚えているもの!」
「そんな、こと……」
ない、と続けたかったが、微かに残っている記憶を辿れば、過去の自分がレイラに対して『構ってほしいからと咳ばかりするな!』と怒鳴りつけている場面を思い出してしまう。
もしかして、あれが本当に……と思っても遅すぎる。そして、これで何度目の後悔なのだろうか。
後悔しすぎても、足りないくらいだ。
オルドーとグレースが後悔している中、アリーゼがばっと立ち上がってガイラルディアの手首を掴む。
「帰りますよ」
「あ、はい」
「兄さんがこんなにも考え無しで、非道な人だなんて思ってもみなかったわ! あんなにリベリアを可愛がっていたから、リベリアを次期当主にするものだとばかり……。でも蓋を開ければ何も考えていなかっただなんて!」
妹からの遠慮のない指摘に、オルドーは顔を真っ赤にしたが、怒鳴ろうと口を開くもアリーゼの方が早く言葉の続きを叫んだ。
「大体、レイラの婚約者をリベリアに変更するだなんて……! 由緒正しきグロネフェルト家がそもそも許すはずがないじゃない! レイラだから良かったに決まっているでしょう!?」
グレッタにも、同じようなことを言われた。
だから、ジェレミーはグロネフェルト家に見放されて、ヴェルティ家に追いやられてきているし、グロネフェルト家に対しての関わりは現状、ほとんどないに等しくなっている。
「レイラを都合よく扱いすぎて、見捨てられてからようやく兄さんたちに現実が見えてきた、っていうところね。他の親戚にも伝えておくから、頑張ってリベリアに当主教育しなさいよね!!」
「……あ、それじゃあね、おじさん!」
帰るわよ! と叫んでからアリーゼはあっという間にガイラルディアを連れて、本当に帰ってしまった。
後に残ったのは、ここでようやく色々な事情を理解し始めたヴェルティ伯爵夫妻だけだったのである……。




