幸せいっぱいの未来へのご報告
「……というわけで」
「婚約の申し入れ、お受けいたしました……」
照れ照れしている二人の報告を、リッドの母であるシルフィと、父であるジェイムスはとてつもなく笑顔で聞いていた。
ようやくこの瞬間が来たのか、とシルフィは涙をこらえながら聞いているのだが、ジェイムスはするりと一枚の書面を差し出す。
「んじゃ、まずこれを……」
「あなた……ムード、って知っておりまして?」
ばしん、と結構容赦なくツッコミを入れたシルフィの一撃に、ジェイムスは呻き声をあげている。
「……お、おじさま……おばさま……」
「母さん、父さんには容赦ないんだ」
苦笑いを浮かべている二人に気付いたのか、シルフィはハッとして笑顔を浮かべて咳ばらいをした。
「ごめんなさいね、この人、とっても現実主義というか何というか……」
「いやだって、レイラちゃんのことを連れ戻しに来るんじゃないかと思ったら……僕だって不安になるっていうか」
「分かりますけれども!! どういう経緯でうちのリッドが婚約を申し出たのか聞きたいでしょう!」
それって単なる野次馬根性では……?と冷静にレイラが考えていると、何やらどたばたと足音が近付いてくる。
それにリッドも気が付いたのか、小さな声で『来た……』とげんなりして呟いた、かと思えば。
「レイラさんと婚約したって本当!?」
「リッド、お姉ちゃんにどうして報告しないの!!」
ずばん!と扉が開かれる音と共に駆け込んできたアンダース侯爵家令嬢二人。
リッドの姉であるアネモネと、妹のイザベル。
「イザベルちゃん……それにアネモネ様」
「レイラちゃん!!やっと家族になれるのね!!」
「レイラおねえちゃーん!!」
どたばたと走ってくる二人を見て、すっとシルフィは手をかざして手に魔法の縄を出現させたかと思えば、早々に二人のことを捕獲して、ぶらりと吊るした。
「ちょっとお母さま!!」
「やーめーてー!」
じたばたと暴れている二人は、罠にかかった動物のようで。
呆気に取られているレイラは、一体何が何やら、という顔をしているし、リッドはいつものことか……と遠い目をしている。
なお、ジェイムスがこっそりとレイラに『騒がしくてごめんねぇ』と謝っている。
「……賑やか、ね」
「うるさい?」
「ううん、大丈夫。おばさまの捕獲術久しぶりに見たわ」
「……うん……そうだよね……」
リッドの母であるシルフィは、貴族令嬢でありながらかつて騎士団に勤務しており、街中をパトロールするという業務を行っていたので、犯罪者の捕獲はお手の物である。
なお、結婚するにあたって騎士団を退団し、侯爵家の女主人として公務を行っているのだが、子供たちを捕まえるのに重宝する、とにこにこしながら術を行使している。現在進行形で。
「ちょっとお母さま~……離してよぉ」
「そうよ、わたくしとベルはレイラちゃんをちょーっとハグしようかな、って」
「部屋に駆け込んできてから、唐突に何をしようとしているの、お馬鹿娘たちめ」
ぶらぶらとしているイザベルとアネモネの二人をしっかりと叱りつけながら、シルフィはレイラのところに行って、ぎゅう、と手を掴んだ。
「レイラちゃんごめんなさいね、驚かせちゃって」
「い、いえ……」
「驚いてるのは姉さんとベルのテンションの高さもそうだけど、母さんの行動にもびっくりしてると思うよ」
「そうかしら?」
「うん」
微笑ましいのか、そうでないのか分からないやりとりを聞きつつ、レイラは『自分がここに入っても良いのだろうか』という不安に襲われ始めた。
かつての家族から、まるで異物のように扱われていた身としては、こんなにも仲の良い家族の輪の中に加わって良いのか、とじくじくと心を蝕んでいく。
「レイラ」
考え込んでいると、リッドが彼女の名前を優しく呼んだ。
「あ……」
「良いんだよ、君の家族になるんだ。皆、君のことを歓迎してる」
戸惑っている様子も、今は顔に出るようになったレイラだから、リッドをはじめとしたアンダース侯爵家の皆が、優しく包み込むようにしてくれていることも、理解はできる。
だが、それでも怖いものは怖いのだ。
この人たちはそんなことはしない、と本能的に理解はできるが、それでもトラウマというものは簡単に払しょくできるわけではないのだから。
「レイラさんは、そのままで良いと思うの!」
「……イザベルちゃん……」
「そうよ。それに、お馬鹿さんたちには報いって必ずやってくる、って決まってるんだから!」
「……アネモネ様」
良いことを言っているのだが、何せ二人はまだ解放されていない。
相変わらずぶらぶらしているけれど、それでもレイラのことを気遣って、大事にしたいんだという気持ちを精いっぱい示してくれていることは、理解できた。
「お馬鹿さんたちが何か言ってきても、わたくしたちが守りますからね」
「そうそう、レイラちゃんは安心してお仕事をすればいい。頑張って、掴んだ未来なんだから」
「おじさま……おばさまも……」
じん、と胸が温かくなるのを感じ、レイラはリッドに視線を移す。
「実は、俺も王宮勤め決定してて」
「え」
「騎士団に勤務っていう感じで……」
「聞いてない……」
ぽかんとしているレイラの言葉を聞いて、ようやくシルフィの捕縛魔法から逃れたらしいイザベルとアネモネもやって来た。
「レイラちゃんと一緒に居たいから、って必死だったみたいよ~?」
「姉さん!」
「え……」
自分と一緒に、という言葉にレイラはぽかんとするが、リッドの顔が赤くなっていることや耳までも赤くなっていることに気付いて、顔を覗き込むようにして声をかける。
「リッド、本当?」
「……うん」
もごもごと口ごもりながらも、頷いているリッドを見て、レイラまでくすぐったいような感情に襲われてしまうが、どうしようもなく嬉しくも思った。
「……じゃあ、一緒にお仕事に行けるのかしら?」
「遅番とか早番とか、あるみたいだから……そういう時、以外は」
何とも微笑ましい様子の二人を見て、アンダース侯爵家の面々もほっこりとしている。
「ついでに、レイラちゃんはうちに住んで、うちから通えば良いと思うわ。リッドがこの家を継ぐかどうかは、正直まだ確定ではないし……」
「あ、それは問題なさそうよ。わたくしの婚約者がこっちに婿入りしてくれそうだから」
「まぁ!」
「えーと、それじゃあ俺たちは……?」
「生活の基盤が安定するまではうちに居て、ある程度目途がついたら二人の仕事にちょうどいいところに家を購入するなりなんなりなさい」
「……」
「……」
そんなに恵まれていて良いのだろうか、とレイラも、リッドも驚いてしまうが、シルフィとジェイムスが顔を見合わせ、二人に視線をやってから口を開く。
「レイラちゃんに、『家族』ってこういうものなのよ、って教えてあげたい気持ちが皆あるの。あの家の状況が当たり前だった、っていうままにリッドと二人で暮らしても、気持ちがズレちゃうかもしれないでしょう?」
「え、ええと……」
「レイラちゃんの自己肯定感を目一杯高めてあげたいし……」
「姉妹のふれあいも、ちゃーんとしましょうね!」
とんでもなくパワフルな義母、そして義姉の言葉に、レイラのメンタルがいっぱいいっぱいになりそうな感覚にはなってしまうが、確かにレイラ自身は『普通の家庭』というものを知らない。
ちらりとリッドを見れば、『良いんじゃないかな』と言ってくれているような視線を向けてくれている。
こんなにも幸せを貰って良いのか、と何度目か分からない問いかけを己にしつつも、こくん、と自然にレイラは頷いていた。
侯爵夫妻はどこかホッとしたように笑みを浮かべ、アネモネとイザベルも『やったぁ!』と喜んでいる。
もしも、このまま卒業と同時に結婚をしたとして、レイラはきっと『頑張らなければ』と無意識のうちに自分を追い込んでしまうことだろう。
であれば、支えてあげる人を増やして、困ったときには家族で支え合うこともして良いんだ、一方的に搾取されるだけなんておかしいんだ、と考えられるようになってもらわないといけない、と皆が思っている。
「と、いうわけで」
「?」
にこ、と微笑んだシルフィは、ぱちん、と手を鳴らす。
「レイラちゃん、卒業と同時に荷物をまとめてうちにいらっしゃいね!」
「今からでも良いんだけどねぇ……」
ジェイムスはそう言いながら、オルドーのことを思い出して言葉を続けた。
「オルドーのことだ、途中で寮を出たら『折角寮費を払ってやったのに』と怒るだろうからね。卒業までは申し訳ないが寮にいた方が良いだろう、って思ったんだ。もう少しだけ我慢してくれるかな?」
「我慢だなんて、そんな!」
レイラはぶんぶんと手を振る。
実家から出たことでめちゃくちゃ自由になったのに、それを不自由だなんて言っては罰が当たってしまう。
それに、もうとんでもなく幸せなのに、これ以上幸せを感じることがあって良いのだろうか、と本日何度目か分からない問いかけを、レイラは己自身にしていたのだった。




