新しい婚約者にどうですか
「……で、どうするの」
ごくん、と夕食のチキンソテーをどうにか飲み込んだリッドは、母からの問い掛けに似た何かに、ぎくりと顔を強ばらせた。
「どう、って」
「レイラちゃんよ」
「あたし、レイラさんのこと早くお姉ちゃん、って呼びたいんだけど」
妹からも追撃を食らうが、姉からもじとりとした眼差しを向けられてしまった。
「はー……可愛い義妹欲しいわー……」
「あの、姉さん」
「そうよね姉さん!あたしも素敵な義姉ほしーい!」
この姉妹……!とリッドは思うけれど、自分だってレイラを婚約者として迎え入れたいのだ。その気持ちは誰よりも大きいものだと自負している。
幼い頃、どうしてジェレミーよりも先に自分が婚約者になれなかったんだ、と駄々を捏ねて両親をとてつもなく困らせたことも、未だに記憶しているくらいだ。
「でも、レイラはあの家から出る覚悟で……」
「だから?」
「その、ほら。彼女は身分とか気にするから……あの」
「どこぞの馬の骨に攫われても良いなら、その理由もう一回言いなさい、馬鹿リッド」
ずばりと姉に指摘されてしまい、リッドは口ごもってしまう。
「元、とつくだけでしょう。彼女は家族に愛されない運命だったのかもしれないけれど、わたくしたちは皆、彼女が大好きなの。分かるわね?」
「痛すぎるほどに理解してます、はい」
「……それに、彼女は王宮勤めが確定しているでしょう?」
「はい、合格していましたから」
「たとえ貴族籍を抜けたとて、血筋は立派な貴族なのだから、迎え入れない理由はどこにもなくてよ。大体、その理屈でいくなら没落してしまった貴族のご令嬢の結婚なんかどうなるの。親戚筋が引き取って……とか、色々あるでしょう?」
「没落してしまったとて貴族は貴族、として考える家もある程度は存在するわ。まぁ、大多数はそう考えてはくれないけど……うちが考えない方だ、なんて思っているの?」
姉や母に言われ、そうだ、とリッドは思った。
レイラはレイラだし、彼女がヴェルティ伯爵家の令嬢でなくなったとしても、リッドが愛してやまないのは『レイラ』という一人のおんなのこ。
うだうだ迷っている暇があるくらいなら、早々に婚約の申し入れをしなければならない。それも理解はしている。しているが、如何せんレイラの自己肯定感はまだまだ低い。
それに、あまりにも早い婚約の申し込みは、他の貴族の面々が面白がる材料を与えるだけにならないだろうか、とか。色々なことをつい考えてしまったのだ。
「……お兄様、慎重なのはいいけど……」
「慎重過ぎない?大丈夫?」
「……うぐ」
ぐさり、と言葉の釘が遠慮なく刺さってしまうが、仕方の無いこと。
リッドは苦笑いを浮かべながら、早いうちに行動しよう……と決意する。
もう、ジェレミーの時に味わったような思いを、大好きな人を手放して他の人の隣に立っている姿を、見たくなんてないから。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「レイラ、ちょっとだけ良い?」
「あらリッド、どうしたの?」
思い立ったが吉日……となって告白してしまえばいいのに、どうにもこうにも心の準備が出来なくて、結果的に一週間が経過していた。
チェスカとランチに行くところのレイラを呼び止めたものの、チェスカからは『邪魔すんなコラ』という無言のオーラを感じてしまう。
「…………」
「チェスカ、あの……ちょっとだけ、レイラを借りたくて……」
「私も同席していいなら、良いわよ」
まさか婚約の申し込みをするところを、もう一人の幼馴染兼悪友に見られるだなんて、誰が想像しただろうか。
「嫌なら放課後まで待ちなさい。私とレイラは今日、特製ランチを予約していて、これから二人で仲良く食べるんだから」
「え、あの数量限定のやつ?」
「うん!チェスカがお祝いだ、って」
ほわほわと可愛らしく微笑んでいるレイラは、以前よりも明らかに表情が明るくなっていた。
リベリアの面倒を見なくて良くなったことに加え、今は自分のペースで何もかも行える。それが彼女からストレス源を排除できていることになっているのだ。
「メニュー気になるから、一緒に行っていいかい?あと、どんなのか見てみたくて」
「……チッ」
明らかに舌打ちをされてしまったが、そこは譲らない。
何せ、一週間もの間、うだうだしていて家族からは大層叱られてしまったのだから。
「まぁいいわ、レイラ、何があっても私は貴女の親友だからね!」
「え?あ、うん?ありがとう?」
「どういたしまして!……仕方ないわね、リッドもいらっしゃいな」
「あ、はい」
一体何を見せつけられているんだ……?と思いながらも、リッドはばくばくと高鳴る胸を必死に抑え込みながら二人の後をついて行った。
特製ランチを予約している生徒は、食堂にある個室も予約できることになっている。
何せ競争率の高い特製ランチを、横から『一口ちょーだーい』と奪われたくない!と、ある時から生徒が学校側に懇願したことにより、個室の準備が出来たのだ。
そのため、更に希少性の上がってしまった特製ランチだが、値段も普通のランチに比べると遥かに高い。
普通のランチはあくまで普通、なので一週間連続で食べたところであまりお財布は痛くならない。
だがしかし、特製ランチは一食の値段で一週間分の普通のランチの金額に匹敵するのだ。
学校に通っている生徒の中には、やんごとなき身分の人も含まれていることから、まぁ良いだろう、と学校側がメニュー考案をしてくれたとか何とか。
チェスカの家はとんでもない富豪でもあることから、彼女は稀に食べていたのだが(個人の趣味でもあり、学校内に実家と取引をしている生徒がおり、その接待も兼ねてはいるらしい)、『大好きな親友のためよ!』と張り切って個室と特製ランチをゲットした、というわけである。
「こっちよ」
慣れた足取りで歩いていくチェスカは、少しだけ豪奢な作りになっている方を指差す。
言われてみれば、学食内にこういう個室あったなぁ……くらいの認識だったが、改めてこうして見てみると、何だか雰囲気そのものが異なっていることがよく分かった。
「こんにちは」
「こんにちは、ご予約されていらっしゃる生徒様ですね」
「ええ」
にこ、と微笑んでいるチェスカは、明らかに慣れている様子が見られた。
リッドとレイラが顔を見合せている中、てきぱきとチェスカは個室に入るための手続きを済ませてしまった。
というか、ここ本当に学校か、というくらいに豪奢な雰囲気を醸し出している。
そもそも、個室の方を見ることもあまりしなかったし、レイラたちにとっては言葉通り高嶺の花、という場所なのだ。
「……すごいね」
「うん……こんな風になってたんだ……」
「ドア一枚隔てたこっちが、こんな風になってるなんて、誰も思わないよ……」
「そもそも、頻繁に出入りする場所ではないじゃない、ここ」
こそこそと話しているレイラとリッドを見つつ、チェスカはにまりと微笑んでから二人の背後にいそいそと移動し、ぐっと二人の背中を押した。
「入るわよ!リッドの分は普通のランチ注文しておいたから、後で代金よろしくね!」
「え!?あ、うん。ありがとう……?」
「どういたしまして」
チェスカたち三人が入ってから、扉は閉められる。
一体どんな部屋なのか、とリッドとレイラが視線を移した先には、廊下がまだ続いており、五つのドアがあった。
「……限定五部屋、なんだね」
「まさか、一食につき一部屋……?」
金持ちって分からない……!と遠い目をしている二人に比べ、チェスカは首を傾げながら言う。
「やぁねぇ、のんびり食べたい時もあるじゃないの」
「それは、そうなんだけど」
「わ、私達にはあまりその、縁がないというか」
「いや、そもそも貴族なんだからもうすぐこういう対応していかなくちゃ、でしょ」
ごもっとも、と思いながらもまだまだ遠い世界だと思っていた二人には、チェスカが先に大人になっているような感覚すらあった。
案内されて個室に入り、整えられている部屋の中で、レイラとチェスカが並んで座り、向かいにリッドが座った。
「……あの、さ」
「うん」
自分に話しかけられている、と理解しているレイラは、笑顔で頷いた。
「単刀直入に言うね、レイラ。俺の婚約者になってほしい」
「……え」
「それと、これも伝えておく。家を出るからとか、そういうのは関係ないよ。俺は、レイラだからいいんだ。それから追加で、うちの家族は諸手を挙げて大歓迎だから」
「え……、あ……」
レイラは困ったようにチェスカを見るが、チェスカはにっこりと微笑んで口を開く。
「私は賛成よ?っていうか、大事なのはレイラの気持ち。どうしたい?」
「私……は」
嫌がっている素振りはない、恐らく急に言われて戸惑っているだけだ。
リッドは内心、必死で己にそう言い聞かせながら、とてつもなく煩い心臓の音を聞いていた。
あの、とか、えっと、とか聞こえてくるレイラの声には、戸惑いこそあれど、拒否の言葉は出てこない。
「……あのね、リッド」
「……うん」
「私、で……良い?」
「……君が良いんだよ」
二人とも真っ赤になって、ぽそぽそと呟き合う様子に、チェスカが真顔になったままで淡々と会話を聞いていたのは言うまでもなく。
ちょうどそこで会話が途切れ、タイミングよく各々の昼食が運ばれてきたことで、一旦婚約の話は止まったのだった。
レイラの中で、リッドが言ってくれた『君がいい』という言葉が、レイラ自身をとてつもなく救っていた、だなんて。まだこの時、言った本人含めてこの三人は誰もが気付いていなかったものの、穏やかな時間はゆっくりと流れていったのである。




