拒絶
呆然としたまま婚約式等諸々が終わり、ジェレミーの荷物も行き場がないからとリベリアの家に早々に運び込まれた。
グロネフェルト家に抗議したものの、『婚約者の家に住めば良いからそうさせているだけ。その愚か者は、当家にいる資格なぞ一切、何もございません』と一刀両断されてしまい、ヴェルティ伯爵夫妻は顔面蒼白になってしまった。
どうして自分たちがこんな思いを、とジェレミーを睨んでみるも、ジェレミー本人が一番ショックを受けてしまっている。
「……チッ」
情けなさすぎる様子に、オルドーは忌々しげに舌打ちをしたが、そうしたところで何も状況は変わらない。
とはいえ、ヴェルティ家も後継者の問題がある。
レイラはそもそもグロネフェルト家に嫁入りすることになっていたから、当主教育などしてはいなかった。
リベリアのことはとても可愛がっていたが、病弱だから、と当主教育をさせるまでもない、と頭から決め付けていたから何もしていない。
「……ジェレミー君や」
硬い声で、オルドーはジェレミーを呼んだ。
「は、はい」
びくん、と大袈裟な程に身体を震わせたジェレミーは、オルドーの方を見る。
今までとても優しく視線をくれていたというのに、そんな優しさどこにも感じられないほどの冷たさしかなく、底冷えするような目でじぃ、と値踏みするようにしてジェレミーのことを上から下まで、ぎろりと見ていたのだ。
「あ、あの、義父上」
「……レイラを連れ戻したらどうにかなるかもしれんが、万が一のことがある。君は……優秀、なんだよなぁ?」
「っ、ぐ」
優秀ですか、と問われれば答えは『否』。
ジェレミーはレイラという存在あればこそ、グロネフェルト家で大切にされていたといっても過言ではない。
レイラを嫁に貰えるから、価値がある。同い年だと聞いてグレッタは大層喜んで、意気揚々と当時婚約を申し出たというのにこのざまである。
先読みできなかった己を責めてみても過去は変わらないし、どうしようも出来ない。
だから、グレッタはジェレミーそのものを捨てる決意をしたのだ。レイラも手に入れられないような我が子は、置いておくだけで食い扶持がかさんでいってしまう。
公爵家の公務になど、あまりに短慮すぎるからジェレミーを参加させられない。
ではどうするか。
ジェレミーを捨てれば良い。
幸いにも、リベリアと相思相愛だというのであれば、リベリアに押し付けてしまえばいい。
レイラに関しては、手に入らないものの良好な関係を築けているから、次は事業提携などを提案してもいいのかもしれない。
そこまで一気に考えたグロネフェルト夫妻の行動は、大変早かった。
だから、ジェレミーを放置してさっさと帰宅してしまったし、ジェレミーの荷物をここヴェルティ家に送り付けた。
「さ、どうなんだい?」
にこ、と微笑んでいるオルドーの迫力がとてつもないせいか、ジェレミーは座っていたソファーからがたん、とずり落ちてしまう。
「ちょ、ちょっとジェレミー様ったらぁ!」
「リベリア、お黙りなさい」
母であるグレースから出た声の冷たさなんか、リベリアは体験したことがない。
何だこれは、何がどうなっているんだ、とがたがた震えるだけのリベリアとジェレミーは、互いを支え合うようにして床に座り込んだまま、言葉を発しない。
「何だ、これくらいの覚悟はあったんだろう?」
「か、覚悟、って」
「そこのリベリアはな、体が弱いんだ」
「いやそれは知って……」
「当主教育なぞ、しておらんのだよ」
「……え?」
何を言っているんだ、と言わんばかりのジェレミーの反応を見たオルドーは、鼻で笑って言葉を続ける。
「何だ、色々と把握しておらんかったのか。わたしたちはな、リベリアが可愛くて仕方ない。だからこそレイラはグロネフェルト家との縁続き要員として、リベリアは婿を貰ってこの家に留めとこうと思っていたのだよ。何せリベリアは学校の勉強にもついていけていないから、そもそも当主教育をしたところでまた体調が……」
「お、お父さま何を言っているの!?」
「おや、どうしてそんなに驚くことがあるんだ。もしかしてお前……いやそんな……。まさかとは思うが、何も考えずにただ、ぼーっと今まで与えられる環境に身を置いたままでいたのか?」
「え……」
自分は愛されているから、レイラよりも大切にされているんだ。リベリアは、ずっとそう思っていた。
これは間違いではない。
だがしかし、どうして当主教育をしてこなかったのか。
今オルドーは、はっきり告げた。
頭が悪い、と。
「おと、おとうさ、ま?」
「お前の体が弱いのは、よーっく知っているよ。だから、わたしたちも何も言わなかったろう?でもそれはね、レイラがお前の面倒を見てくれていたからこそ成り立っていたことなんだ。分かるかな?」
まるで幼子に言い聞かせるような、優しい言葉。
しかしそこに甘さはほとんど無く、あるのは残酷な現実と言葉の裏に潜んでいる容赦のない棘。
「い、今からでも私に当主教育を……!」
「……しかしなぁ、お前この前のテストの成績……悲惨なものだったじゃないか。レイラが面倒を見てくれなかった、と泣いていたが……補佐なしではあの程度しか無理だということだろう?」
「そそそ、それ、は」
「レイラはノートをきちんとまとめてくれていた、違うか?」
「ちが、わ、ない」
そう、違わない。
ただ今回は出題形式が普段とは異なっていた。でもそれは、教えてくれなかったレイラが悪くて……。
「だっ、て……レイラ、が」
「リベリア……出て行ってしまった大馬鹿者を頼っても仕方の無いことだ、とそろそろ理解しなさい」
「……っ」
本当のこと、である。
真実を突きつけられたとて、今までレイラは紛れもなくリベリア専用の便利な小間使いだったのだ。
「じゃあ……レ、レイラを連れ戻したら……」
「そうしたら、お前はジェレミー君と一体我が家で何をする気なんだ?」
突きつけられ続ける、リベリアにとってだけ都合の悪い真実たち。
奈落の底に落とされている、という感覚にいるリベリアは、何をどう反論しても父から突きつけられる事実に、黙ることしかできなかった。
それは、ジェレミーも同じだったようだ。
彼も、何も言えないままで黙りこくった状態で、呆然としている。
自分たちの引き起こした事態が、まさかここまでだとは思ってもいなかったようだ。
なお、オルドーとグレースは、レイラが出ていったあとで『この家を誰に継がせるのか』ということについて話し合っていたから、ここまで反論できているだけの話。
表面上はなんでもないフリをしているけれど、このままだと役たたずのジェレミーにこのヴェルティ家をどうにか継いでもらわないといけない、という事実に直面してしまい、彼に質問してみて現実が見えてしまった。
「……レイラは……とても頑張ってくれていた、のね……」
何かを懐かしむような口調で呟いたグレースだったが、両親揃ってレイラにとんでもない事を言った、あるいはとんでもない事をしでかした、という都合の悪い真実は見えなくなっているようだった。
「……レイラを連れ戻したら……良いのよね。私はジェレミー様に支えてもらいながら、レイラの補佐をしたら良いんじゃないかしら……?」
呟かれた内容に、まぁそれもありか、という顔をしたオルドーではあるものの、連れ戻せるのだろうか、と訝しげな顔をしている。
「リベリア、お前がレイラを連れ戻すのか?」
「やらないと、私とジェレミー様が大変なことになるじゃない!ひどいわレイラ!どこまでも私を虐め倒すんだから!」
「あぁ……、可哀想なリベリア!俺も一緒にレイラを連れ戻す手伝いをしよう!!」
二人は、ひし、と手を取り合い、頷き合う。
ヴェルティ夫妻はどうしたものか、と顔を見合わせるが、レイラを連れ戻してくれるならば……という淡い期待を抱いてしまったようだった。
善は急げ、と言わんばかりに行動しようとするリベリアをどうにか止めて、代わりに寮へ手紙を送るように提案した。
「どうして止めるのよ!!」
「今から行っても時間がないだろう。少し落ち着きなさい。あぁそれと」
「何よ!」
「お前……そろそろ咳病は治ってもいいはずだ、と医師から言われているな?」
「……ええ」
「治ったら、当たり前だがある程度の勉強はしっかりしてもらうぞ」
「……はぁい」
当たり前のことを言われているにも関わらず、リベリアはどこまでも不満そうだった。
リベリアの患っている咳病は、大体が大人になったら自然治癒するとされている。
たまたまレイラが魔力を運用させて、自身の力で咳病を治してしまった、ということなのだ。本来であれば、リベリアにも出来たはずの事ではあるが、リベリアは努力が何よりも嫌いだから、するはずもない。
「……見てなさいよ、レイラ……」
自分の部屋に戻ったリベリアは、大きく深呼吸をしてから、レイラ宛に手紙を書いて、送る手配をしてもらった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「何これ」
「レイラ宛に、だって。実家から?」
「……うん」
一体何だろう、と首を傾げたレイラは封蝋を確認し、一瞬だけ嫌そうな顔をしてから中身を確認していく。
そして、直ぐさま返事を書く。短く、ただ、ひと言だけ。
それが届けられたリベリアは、ビリビリと慌てて封を開け、中身を見た。
「……………………はぁ?」
戻ってきてほしい、レイラは私の大切なお姉ちゃんで家族なんだから。家を助けて!という内容に対してのレイラの返答は、リベリアからすれば驚くほど短かった。
『お断りします』




