抱き続けているもの
「ねぇリッド」
「何」
お祝いを伝えた後のこと、リッドとチェスカは並んで歩きながら会話をしていた。
互いを見ることもなく、ただ真っ直ぐ前を向いて、ぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。
「あんたさ、いつ告白するの」
「……今じゃないと思うんだけど」
「それはそうかもしれないわね、でもさ」
ここでようやく、チェスカはリッドの方に視線をやった。
「あんた、ずーっとレイラのこと好きだったでしょう?」
「……」
「レイラだけ、特別です。って顔に書いてるんだもん、分かりやすいくらいにね」
「……そんなに?」
「呆れた、無自覚?」
やれやれ、と言わんばかりにチェスカは肩を竦め、そして遠慮なくリッドの腰をばしん、と叩いた。
「痛いんだけど!?」
「王宮での仕事が始まったりしたら、あの子可愛いから言い寄られちゃうわよ?」
「……それ、は」
もご、と口ごもってからリッドは名残惜しそうに背後の寮を見る。
あそこを避難先にしてくれていて良かったけれど、誰が来たとか、連絡があったとか、めちゃくちゃきっちりしているからこそ、迂闊に訪問もできない。
リベリアにいつどこで見られるかも分からないし、ジェレミーなんかは家の権力をフル活用して無理やりにレイラを連れ戻してしまうかもしれない。
「一応、言っておくけど」
思いがけないタイミングで話しかけられ、リッドはぎくりと身体を硬直させてしまった。
「リベリアは本当におバカさんだから、一人で考えて、寮に突撃なんてできないわ。あの子は悲劇のヒロインでい続けなくちゃいけないんだから、自分が動くことは有り得ないでしょうね」
「ねぇチェスカ」
「何よ?」
「君、探偵でも雇ってる?」
「雇ってません。見てたら分かるでしょうが!」
「あはは、外側だけ同じだけのすっからかんには興味がなくて」
うわぁ、とチェスカの顔が歪んだ。
リッドはこれでもか、というくらいにはリベリアのことを嫌っている。顔が同じなんだから、私とも仲良くして! と言ったリベリアに対して、めちゃくちゃ真顔で『……どこが同じ顔なんだい?』と問いかけて、リベリアが凍り付いたという過去があったりする。
「実際、リベリアは治るはずの病をそのまま放置しているじゃないか。医者にも治る方法を教えてもらっているというのにね……」
「ああ、そういえばそうだったわ」
「レイラは小さい頃に、偶然とはいえ自分で治しちゃったんだけどねぇ」
「たまたま、とはいえコツを掴んじゃった、っていうんだからとんでもない子なんだけど」
「レイラ自身はそれを鼻にかけないから、本当に良い子だよ」
にこにこと機嫌の良いリッドを見ていると、チェスカからは溜息しか出てこなかった。
「だから、さっさと婚約を取り付けちゃえば……」
「今は駄目だよ。ジェレミー様との婚約を解消している、ということが、今日の婚約式のおかげで貴族の間に一気に広まっていくだろう。そこでいきなり俺との婚約をしてしまえば、どうなると思う?」
「……あー……」
なるほどな、とチェスカは納得した。
もし仮に、勢いのままレイラに婚約してくれ、と迫ってしまえば、もしかしたら婚約はできるかもしれない。
しかし、婚約を解消したご令嬢が、次の婚約者をすぐに見つけてくるなんて……と、謂れのない噂話が広がっていくに違いない。
今回のレイラとジェレミーの婚約の件については、グロネフェルト家が『レイラを欲しているので、うちの子と婚約してくれ』とお願いしたから。
「タイミングの問題、っていうのは分かるんだけど……だったら、いつ婚約を」
「そもそも、レイラって俺のこと、男性として見てないでしょ……」
「…………そう、ねぇ」
これを言われてしまえば、さすがのチェスカも何も言えない。
「レイラって……物凄く鈍感、っていうか」
「他の人の気持ちはめちゃくちゃ察してくれるのに……ねぇ」
はあ、と二人揃って大きなため息を吐いた。レイラはとても良い子なのに、今まで蔑ろにされすぎていたからこそ、人から向けられる好意というものに一切慣れていないのだ。
「これから慣れていけば、って思うけど……先は長そうだ」
苦笑いをしているリッドだが、瞳の奥にはとても優しい光がある。
幼い頃から、レイラとリベリアの違いを、恐らく一番近くで見ていたからこそ分かることだってあるし、一気に距離を詰めることはレイラにかぎってはあまりよろしくない。
「まぁでも、早めにしてね?」
「何を」
「レイラとの婚約よ」
あっけらかんと言われた内容に、リッドはぽかんと口を開けてチェスカを見た。
「え、……えぇ、と」
「私はね、レイラの味方であり続ける、って決めているのよ」
「それは俺もそうだけど……」
「勿論ながら、リッド。あなたの味方でもいよう、って思っているの」
「……ありがとう?」
「疑問形じゃなくていいわ」
こつん、こつん、とヒールを鳴らして歩きながら、少しだけ歩調を緩めてチェスカは言葉を続ける。
「……リベリアが、ジェレミー様を奪ってくれてありがとう、しか言えないし……グロネフェルト家の皆様方に、レイラがとても大切にされていたことも、ありがとう、なのよ。でもきっと、私が心からありがとう、とか良かった、って言えるのはね」
少しだけ小走りになったチェスカは、リッドの前に出てきて、びしり、と指を突きつけた。
「あなたとレイラ、二人同時に幸せになることよ。そうしたら、私は心からありがとうも、良かったも、ぜーんぶ言ってあげられるわ」
「……チェスカ……」
思わず胸が熱くなってしまったリッドだが、ふっと我に返ってへらりと微笑んでから口を開く。
「君がうっかりやらかさなかったら、問題ないはずだよ!!」
「………………それは、ごめん」
気持ちを伝えるタイミングは、今ではない。もう少し後で伝えなければ、レイラが人間不信になってしまいかねない。
だがチェスカは心からリッドとレイラが結ばれることを祈っているから、たまーにあれこれ暴走してしまうことがあるのが玉に瑕。
「まぁでも、大体大丈夫だよ。父も母も、他の家族もレイラのことが大好きだし」
「知ってるけど、やっぱり心配にはなるものよ?」
「むしろ、何でうちがレイラの婚約者に立候補しなかったんだ、って母さんは嘆いてるくらいだよ」
「あ、なら大丈夫そうね。安心したわ。というわけでさっさと告白しなさい」
「……いや、あの」
「……何よ」
珍しくモゴモゴと口ごもる友人に、チェスカは目を鋭くして遠慮なく睨みつける。
勘弁してくれ、と言わんばかりに両手を挙げるリッドだが、バツが悪そうな様子のままでポツリと呟いた。
「騎士団員の入団試験、受けたんだよ。それの合否が分かってから、その……告白しようかな、って」
「私知らないんだけど」
「クラスの皆にも話してない」
「受かりなさいよね」
「結果待ち」
受かってしまえ……!と、何やら念のようなものを送る仕草をしているチェスカを見て、リッドは少しだけ表情を柔らかくして微笑んだ。
「内緒にしててね、レイラにだけは」
「はいはい、分かったわ。卒業式の前に結果は来るの?」
「明後日、だったかな」
「んじゃ大丈夫ね。レイラは多分卒業式が終わったと同時に籍を抜いてもらうつもりだ、とか何とか計画してるらしいし、あのバカ親に何かされる前に対処しちゃいましょ」
「勿論、そのつもりだよ」
レイラが鈍感、だというがこの二人の過保護っぷりがあまりにヤバすぎるために、気づく間もなくおかしな人は排除されている、といっても過言ではない。
寮門のところに歩いていき、迎えの馬車がそれぞれ来ているのを確認してから、お互い馬車に乗り込んで、揺られつつチェスカはぼんやり外の景色を眺めていた。
「……一途過ぎるけど、あのジェレミーと比較したらいけないくらいの優良物件なんだもんねぇ……。さっさとレイラとくっついてもらって、結婚式のプロデュースさせてもらわなきゃ」
うきうきとした様子で一人呟くチェスカは、悪巧みをしている顔だったが、それを呟いた時刻、レイラとリッドが揃って『へっくし!』とくしゃみをしたとか、何とか。
嵐の前の静けさ。
「恋愛感情」と書いて「もの」と読ませたい私です。




