試験の一時中断と、聞き取り確認
まさかの一人目で魔力が暴走してしまうだなんて、と嘆いている試験官たちだったが、その中でたった一人だけ自分で自分を守り切ったレイラの存在は、とても浮いていた。
他の人たちは慌ててパニックを起こしている人も多い中、冷静に判断をして自分で自分をきっちりと守り切ったレイラは、よっこいせ、という気の抜けた声と共に土魔法を解除して出てくる。
「びっくりした……」
「レイラさん」
「!」
ふぃー、と気を抜いていたところに話しかけられ、レイラはびく、と肩を跳ねさせた。
一体何だろうか、と振り向いた先に居たのは試験官をしている職員で、にこにことレイラのことを見ているが、おまけにがっちりと手首を掴んできている。
「あ、あの……?」
「ちょっと、良いかしら」
「は、はい……」
何だ、何かまずいことをやったのか、とレイラが冷や汗を垂らしていると、その女性職員はにこにこと笑っているから、悪いことではなさそうだった。とはいえ、いきなりこうして呼ばれる(恐らくほぼ強制)であるのは、あまり良い気分にはなれないものだ。
だがしかし、先ほどの事件ともいえる出来事のおかげで、こちらにはさほど注意が向いていないのは好都合なのかもしれない、と判断したレイラはそっと試験官と共に部屋を後にした。
「先ほどの魔法操作、見事でした」
「あ、ありがとう、ございます!」
「ああいったことは何か訓練を?」
「いえ……そういうわけではございません」
実際、家で魔法の練習をしているとリベリアや両親から煙たがられてしまうことが多かった。
だから、リッドやチェスカに頼んで場所を借りたり、一緒に練習したりしていたのが良かったらしく、レイラはその時のことを思い出して表情を緩める。
「友人の協力あっての、ことなのです」
「まぁ」
とても嬉しそうに微笑んだレイラに、嘘の気配など微塵もなかった。
むしろ、彼女から感じるのは、その人の助けがあったからこそ自分がこうして立っていられる、と言わんばかりの信頼。
「素敵なご友人をお持ちでいらっしゃるのね」
「……はいっ!」
返事も、元気いっぱいに。
今までならば考えられないほどに前向きな対応をしているレイラに、試験官も嬉しくなってしまう。
前向きな人と話していると、こんな風に自分まで穏やかで前向きな気持ちになれてしまうものか、と笑みを浮かべながら、口を開いた。
「本題に入りましょうか。……貴女、試験の申し込みの段階で家名を書いていなかったわね」
「あ、はい」
バレたか、とかそういう思いも見せないまま、あっけらかんとレイラは頷いた。
何かやましいことがあったのでは……と少しだけ勘ぐった試験官だったが、あれ、と首を傾げる。
「え、ええと、どうして貴女、家名を書いていないの?」
「もしここに受かったら家を出ようと思っておりまして……あ、言葉通りというか、家には除籍をしてもらおうかな、って」
「は」
彼女のことは申し込み段階で、密かに有名になっていたから知っている。
リーシャが『あぁ……早く合格してくれないかしら!』とうっとりした顔で言いつつ、周りの同僚が『いやいや、そんな合格当たり前みたいな……』と宥めれば『受からない理由が見当たらないのよ……困ったわ』と、これまたあっけらかんと言う。
これを繰り返していたから、さぞかし有能な人物が受験をするのだろう、と思っていた。そしてそれは勿論ながらレイラのことで。
リーシャはコネを一切発動なんかせず、あくまでレイラの実力をもってして試験に挑め、というスタンスだから、本当に何も手は加えていないのだ。
「……ちなみに、その……受からなかった場合は……?」
「どうにかして一人で生きていくために冒険者とか、色々手段は考えています」
逞しすぎんかこの子、と内心ツッコミを入れた試験官の女性は、思わず頭を抱えてしまった。
並大抵の覚悟でないことは理解できるが、その覚悟の大きさがとんでもなさすぎて、少しだけ目眩すらするほどだ。
普通の貴族令嬢のように扱ってはいけない、というか試験を受けに来た平民、くらいの感覚でいた方が良さそうだ……と試験官の直感が告げてくる。
「(まぁ……この子なら本当にあっさり合格してしまうとは思うけれど……筆記試験もいい点数のようだったし)」
筆記試験に関しては、午前中に全て終了しているため、受験番号の順に採点が早々に行われている。
レイラの受験番号は申し込みが早かったこともあり、割と早めだったので採点が行われているらしいのだが、採点担当が首を傾げていた。良くも悪くもレイラの点数が良すぎたらしく、実技試験担当の試験官にもその話が少しだけ飛んできているのだ。
「ま、まあ……家名に関しては分かりました。ご両親も承知の上ね?」
「はい、それに今私は学校の寮におりますので何かあればそちらにご連絡くださいませ。きちんと対応させていただきます」
何かあればチェスカの家だったりリッドの家が総動員して対応してくれるのは、何だか心苦しいというか、そんなことまでしてくれなくても……と思うレイラに対して『今まで何の助けにもなれてないんだから!』と二人は譲らなかった。
リッドの家族は実は『婚約は解消された、って聞いてるし早くうちのリッドと結婚してくれないかしら……』とボヤいているのだが、これはさすがにリッドが口止めしている。
チェスカは反対なんかする理由がないので、何ならリッドに対して『さっさと婚約を申し込みなさいよ』とせっついているのだが、これもレイラにバレないようにしている。
クラスの皆は『もういっそバラせよ!』と叫んでいるのだが、これも同じくレイラにのみ対して箝口令が敷かれている。
何せレイラは自分の評価がゼロを突き抜けてマイナスなのだから、そう言ったところで『またまた』と笑い飛ばすのが目に見えてしまっているのだ。
そして今、試験官と対峙しているレイラは、勿論ながらそんなこと知るわけもないので、試験に対して遠慮なく全力を出している。
既に結果は見えているようなものだが、試験官として贔屓をする訳にもいかない。さっきの魔法の構築だったり、精度の高さだったり、他の受験生とは違う何かをもっているのは明白ではあるが、一旦、それはそれ、これはこれだ。
「家名の不記載に関して、答案用紙にのみ不記載だったから、気になってしまったの。ごめんなさいね」
「……あ」
言われてみれば、申し込みの段階では家名まできちんと書いていたから、試験の時に記入しないとツッコまれることまでは予想できていなかった、というか頭からすっぽ抜けていたのだ。
「うっかりしていた、ということにしておきましょうか。とはいえ名前が不記載ではなかったので、このまま試験は続行いたします。後に色々確認させてもらうかもしれないけれど、きちんと対応してくれれば問題はないわ」
「大変申し訳ございませんでした……」
「一応、筆跡鑑定もしているからこちらとしては問題ない、と判断したけれど本人確認もしておきたくて。ごめんなさいね、控え室で貴女の実技試験の順番を待っていてちょうだい。そろそろ試験も再開されるから」
「分かりました」
ありがとうございます、とお礼を言いながらレイラは深々と頭を下げた。
そして控え室に歩いていきながら、やらかしてしまった……と後悔するが、聞かれたことには全て答えるだけだ。
どのような理由で家を出るのか、あるいは家族関係がどうなっているのか、隠しておかなければならないことは、何も無い。
「……よし」
ぐっと拳を握って控え室に戻ったレイラは自分の順番を、じっと待つ。
皆がどんな魔法を披露しているのか、それは実況もされるわけはなく、ただ、己の順番を待つだけ。
控え室にいる人たちは、己の手のひらの上にとても小さな魔法を展開し、手順などの再確認を行っているようだ。
そして。
「次、レイラ・ヴェルティ。試験室に入りなさい」
「はい!」
名前を呼ばれたレイラは立ち上がり、試験室に案内される。
深呼吸をしながら、一歩ずつ。試験官の背中を見ながら歩いていった。
「……大丈夫、やれるわ」
とても小さな声で、レイラは己を奮い立たせた。やれることを、全力でやるだけなのだから。




