ニーナ姫
二日前に書いたものを少しだけ続きを足しました。
いい気分で肉を味わっていると、ほかの客からこんな会話が聞こえてきた。
『それは、本当か?』
『今朝の新聞に載ってた。隣の騎士の国との取り引きだ…』
騎士の国
イーゴリの出身国は、周辺諸国ではその様な通称で呼ばれている。
1ヶ月弱、ヴィンセント達の集落で暮らしていたせいでほとんど外部からの情報は入ってきていなかった。
イーゴリは男たちの会話を気にしていないふりをしながら、耳を傾けた。
この北の小国には、小さいながらも長年民を導いてきた王室がある。
王家は、北の蛮族と呼ばれる少数民族と昔から婚姻による同盟を築き関係を保っていた。
その王家に、一人の美しい姫がいる。
名前は、ニーナ。
『ニーナ様を差し出して、騎士の国の王太子と婚姻させるつもりなんだ』
男の一人が、荒々しく机を叩き怒りをぶちまけていた。
周りの客の大半もそれに同調した。
口々に『信じられねぇ!』『ニーナ様は人質じゃねぇよ!』と声を荒げている。
「ニーナ?呼ばれた?」
「……お前と同じ名前だな」
名前くらいは知っていたが、ニーナ姫の姿を見たことはない。
丸めた新聞を破り出した男達に、イーゴリはニーナ姫の姿を確認する事はできなかった。
(…17か。ミハイル殿下とは無理のない年齢の婚姻だ。取引きとなれば、考えられることは一つ)
ミハイルの冷徹だが美しい顔を思い浮かべた。
そして、一ヶ月前に自分が必死に崖から引き上げた男の処遇が分かった。
(…アルマンと引き換えに、ニーナ姫を殿下と結ばせるか。
こりゃあ、なかなかの奇策だ)
北の蛮族を束ねる知将を奇襲で追い詰めたのは、ほかでもないイーゴリだった。
アルマンは北の蛮族の独立の象徴だ。
捕らえた後に、戦争を終わらせるため処刑する事も考えていたが。
恐らく、処刑することで独立の炎が更に燃え上がることの懸念。
そして、この国の王家と北の蛮族との深い絆を感じた。
王家は、アルマンを見捨てなかった。
『ニーナ様を知らねぇのか?どこのもんだ、お前』
ほかの客の反応に同調しないイーゴリに、宿屋の主人がチクリと刺してきた。
先ほど、女将に対してイーゴリが意味ありげに微笑んだのを見逃してはいない。
食べ終わった皿を下げていたイーゴリは苦笑する。
『…ごちそうさま』
『ニーナはここだよ!』
自分のことだと思っている幼女が元気よく手を挙げた。
『あんたの子供、ニーナ様と同じ名前か?』
勘違いされていたが、否定するのも面倒なので適当に『偶然で』と補足した。
ニーナがついてきた経緯を話すのも億劫だった。
『わりとよくある名前なのか?』
『ニーナ様にあやかって付けるのは多いな。……美しい姫様だ』
主人は言うなり、店の奥の壁を指で示した。
王室の支持者なのか、そこには壁にいくつか王家の肖像画が綺麗な額に入れられて整然とかけられていた。
イーゴリの国でも、ミハイル王太子や国王、ポリーナ姫の肖像画は安価で売られている。
王室支持者はソレを恭しく飾っているものだが、この国でもその習わしはあるようだ。
薄暗い宿の食堂のせいで、肖像画は目立っていなかった。
イーゴリは、見知った顔の国王を見つめる。
今は老いて深い皺が顔に刻まれているが、若い頃は王家特有の銀髪と美しい顔立ちで北の至宝と呼ばれた。
ダリウス4世
アルマンは、国王とは遠縁の血筋である。
その傍らには、王妃。
そして、その隣は…
「……!」
美しいニーナ姫。
そう呼ばれる北の小国の美姫の顔に、イーゴリの顔が一瞬歪んだ。
ヴェーラと同じ銀髪、そして氷のような淡い碧い瞳。
恐ろしいほどに
ヴェーラに生き写しだった。




