とある田舎町にて
イーゴリの生き抜く力…
イーゴリが行方不明になってから、約一ヶ月。
北方の小国にて命を取り留め、集落を出たイーゴリとオレグは麓の宿屋にて食事を囲んでいた。
一名の、予定外の少女を交えながら…。
「す…すごい!!初めて見た!!これが、プリン!?」
ニーナは感動していた。
ガラスの小皿にうやうやしく載せられた黄色い台形のお菓子は、頭が茶色く身体は黄色。
ツートンカラーのプルプルのデザートには、季節外れの砂糖漬けのサクランボまで付いている。
「…プリンだな」
「プリンですね」
田舎育ち…というより、世俗慣れしていないニーナの初めてのプリン。
珍しくもなんともない男2人は、一口食べた少女の瞳が星くずを集めたかのようにキラキラ瞬くさまを冷めた目で見つめる。
「お前、それ食ったらヴィンセントの所に帰れ」
「えーー!?」
「オレグが馬で送ってやる。何なんだよ、油断もすきもない」
まさか子どもが長い道のりを追いかけてくるとは、思いもしなかった。
頬を膨らませたニーナに、イーゴリは指でそれを挟んだ。
「俺たちは、ここからもっと遠い所へ帰るんだぞ?お前は連れて行けねぇ」
盗賊討伐から約2日後の事だった。
山深い山中の集落から降り、ようやく麓の田舎村へ着いたイーゴリとオレグは、ニーナという思いもよらないお荷物に、足止めを食らうこととなった。
むくれるニーナを前に腕を組むイーゴリ。
オレグは「とりあえず、無事を知らせて来ます」と、馬に飛び乗った。
今頃、ヴィンセント達は居なくなったニーナを血眼になっている探していることだろう。
宿屋のドアから手を振ると、オレグは慣れた馬さばきで一気に山へ駆けていく。
騎士の甲冑といい目立つオレグの精悍な横顔に、田舎の娘達が黄色い声をあげていた。
まだ16だが、あと二年もすれば少年らしも抜けてさらに女達が放っておかない気がした。
イーゴリは盛大に忌々しく舌打ちした。
(…俺も馬がほしいな。くそ、有り金はほとんどねぇし)
特注の甲冑も壊れて捨てて来てしまったうえ、着ている服はすべてヴィンセントのくたびれたお古である。
宿屋にたどり着くと、主人から上から下まで着ているボロを見られて「泊まるの?」と言われた屈辱はわすられない。
ジャケットがあるおかげ、かろうじて不審者ではないと認識されているようだった。
ニーナはプリンの乗った皿を舐め
「おかわり食べたい!」
と、叫んだが無視することにした。
※
宿屋の主人に地図を借りると、すぐに現在地を確認した。
イーゴリが北部の蛮族と戦闘した国境沿いから川でながされ、北の小国の外れの田舎町の名前がすぐに目につく。
慣れない異国の言葉で「国境は?」と聞くと、無言で主人が地図の端を指で押した。
『運が悪いな。近くは隣の国と交戦中で、閉鎖してるぜ』
ついこの間までその交戦中の最中にいた。
拙い異国の言葉で、敵国の騎士と悟られかねない。
イーゴリは無愛想な宿屋の主人が「ふん」と不満そうに鼻を鳴らし、プリンの皿を片付けたのを見届けた。
(…閉鎖、ねぇ。オレグは、それを超えてここにたどり着いたぞ。つまり、穴はある…ということだ)
地図を読み込むために深く集中しようとすると、ニーナが当たり前のように膝のうえに乗ってきた。
無邪気に見上げて微笑んでくる。
「イーゴリ!どこに行くの?ニーナも行く!」
「…………」
可愛いとは思うが、連れて行っても誰も得はしないのは分かっていた。
イーゴリは適当に頭を撫でて、ニーナの好きにさせた。
さっきから、視線を感じていた。
気づかないふりをしていたが――まあ、悪い気はしない。
ちらり、とイーゴリは顔を上げる。
宿屋の奥、カウンター越し。
腕を組んだ女将が、じっとこちらを見ていた。
(……ああ、そういう目か)
一瞬だけ、視線を合わせる。
それから、わざと興味なさげにふいっと逸らした。
まるで「その気はない」とでも言うように。
だが数拍置いて、再び顔を上げる。
今度は、しっかりと目を合わせて――
にやり、と口の端を歪めた。
「…………」
女将は一瞬固まったあと、ふんと鼻を鳴らして奥へ引っ込んだ。
そのやり取りを、ニーナは不思議そうに見ている。
「イーゴリ、今なにしたの?」
「なんでもねぇよ」
短く答えたところで、厨房の奥から音がする。
しばらくして――
どん、とテーブルに置かれたのは、湯気を立てる骨付き肉だった。
「食いな」
ぶっきらぼうに言いながらも、女将の動きはどこか落ち着かない。
皿を置いたあとも、無意味に布巾でテーブルを拭いたり、皿の位置を直したりしている。
ちらり、とイーゴリは視線を上げた。
女将は一瞬だけ目を逸らし――
耳のあたりが、わずかに赤い。
「すごい!!これも食べていいの!?」
ニーナの声をよそに、イーゴリは肉を手に取った。
かぶりつく。脂がじゅわりと滲む。
……うまい。
もぐもぐと咀嚼しながら、ふと視線を感じる。
顔を上げると――
カウンターの向こうで、女将がこちらを見ていた。
腕を組みながら、どこか満足げに。
にやにやと、隠しきれない笑みを浮かべている。
(……ああ、気分いいんだな)
もう一口、肉にかぶりつく。
わざと少しだけ美味そうに食ってやる。
女将の口元が、さらに緩んだ。
(……あの女将)
働き者らしい腕、年季の入った所作。
若くはないが、妙な色気がある。
(ギリ、抱けるな)
年齢的な意味で。
(……俺、こっちの才能もあるか?)
金はない。
だが――使えるものは、あるらしい。
一文無しなので、体が資本です笑




