かくして其は奴隷となりけり 3
「私自ら、ギルド長のお屋敷でご説明させていただきますわ❤︎」
フロウの言葉に、驚きを隠せないゲラルド。
「それは……儂の屋敷に来ると――」
恐る恐る確認するゲラルドに、フロウは笑顔のまま「ええ」と答えた。
それを聞いた護衛の三人が、一斉に身を乗り出す。
「いけません!フロウ様!」
メギドは青い顔をしてフロウを止めに入る。
「そいつ、ぜぇぇぅっったい!エッチぃことするよ!」
マリーはフロウの腕を掴んで、バタバタと地団駄を踏んでいる。
「そうです。いますぐ、記憶を改ざんする禁呪を使いますので、お待ちを…」
ユーテスが杖を出し、ゲラルドに向かって詠唱を始める。
コイツだけ別の怖さがあるな。
「大丈夫よ、貴女たち。」
マリーの手をほどき、メギドの頭を撫で、ユーテスの杖を下げ、悠々とその女王は歩を進める。
「お話しをしてくるだけよ」
「きちんとお話すれば、全部誤解だってわかってくださるわ」
フフフッと笑みを浮かべるフロウ。
その後ろでゲラルドが頬を染め、恍惚の表情で待っている。
「そそそ、そうであるぞ。し、紳士である儂がそのような下品な行いをするはずがあるまい……」
「ただ…ただ、今後の事業の話になるでのぉ。帰りは遅くなると思うでのぉ」
はぁはぁと発情期の犬のような息づかいが、なんか嫌だな。
「…そういうわけだから」
フロウが膝を折って、俺様の視線に合わせる。
「アナタとの契約。破棄しないとね」
「…でも、しばらくはココにいてくれると助かるわ」
手を握って笑顔でそう言った。
慈愛の念が伝わる優しい笑顔だ。
だが―――
握った手は震えている。
表情も、恐怖の色が浮かんでいた。
「――これでよし。契約紋は解除したわ」
「好きに生きなさい」
胸を見る。
先ほどまで刻印されていた紋様が、今はすっかり消えていた。
フロウは微笑んだまま、ゲラルドの前に立つ。
「では参りましょうか…」
フロウの手を取ろうとゲラルドが手を伸ばすと、フロウの身体がビクッと跳ね、手を引いた。
「――今更、往生際の悪いことを…」
そう言うと、ゲラルドが無理矢理にフロウの手を掴んだ。
「なに、怖がる必要はありませんぞ。儂は紳士ですからのぉ。乱暴な事はせぬようにするで―――ハグッ!!」
手を引いて、部屋から出ようとしたゲラルドは、潰れたカエルの断末魔のような声を上げ、そのまま床に突っ伏した。
何があったかって?
「ぐぉぉっっ――き、貴様!何をする!!」
「何をって……」
俺様が、ゲラルドの股間を思いっきり蹴り上げたからだ。
うむ。嫌な感触が足に残ったな。
謝ってほしいものだ。
「人によく似たゴブリンが人攫いをしようとしていましたので」
「退治しようと思って蹴り上げてましたが、何か?」
そうだ。
何かに似ていると思ったら、発情したゴブリンだコイツ。
肌色は違うが容姿がよく似ている。
若い女を手にかけようとするその様も、まんまゴブリンだな。
よし、正義は我にありだ。
「これは…ヒュー…一体…どういう…ヒューこと…ヒューですかな」
股間を押さえながら、芋虫のようにグネグネと悶えるゲラルドはフロウを睨みつける。
目には涙が溢れていた。
「どうと…言われましても」
困惑するフロウが此方を見てくる。
思いもよらない所からの救済に面食らっているのだろう。
さて、どうしてだろうな。
昔から、意を決した女の特攻が泣きどころだとは言うまいよ。
「見れば、その子ども。其方の所有物であったのでないか!?」
「先ほどまで、契約紋が浮かんでいたのを覚えておるぞぉ」
取り巻きの覆面に支えられながら、怒声を上げるゲラルド。
腰の辺りをトントンされている。
痛いんだよなぁ…全く酷いことをする奴がいるもんだ。
「エンマーシュ商会が儂に、ギルドに弓を引いたということだぞ!」
「それ相応の覚悟ができておるのだろうなぁ!」
今にも食ってかかろうとする勢いのゲラルド。
「……なんだ小僧。今、儂はフロウと話を…」
「はじめまして。ギルド長殿」
恭しく、首を垂れてお辞儀してみせる。
「ボクはバルザック。此方の商会に身を寄せていた、ただの食客です」
「食客だと…」
「はい。――もっとも、先ほど契約を解除されましたので、現在は商会と何の関係もありませんが」
再び仰々しくお辞儀をして見せ、事のあらましを教えてやることにした。
「町で途方に暮れていたボクを、フロウさんが保護してくれました。先ほどまで、契約の内容と今後について話し合っていたところです
「そんな中、貴方がやってきて契約は破棄。また路上生活が始まるのかと思った矢先に、悪漢が、か弱い女性を手籠にしようとしていたのを見て、いてもたってもいられませんでした」
「貴様、さっきから儂をゴブリンとか…」
「女性の手を引き雄々しくリードするのはよろしいかと存じますが、嫌がる女性を無理に連れ去るのは紳士としていかがなものかと?」
何か言いたげなゲラルドを無視して、演説を続けると、この言葉にゲラルドの眉がピクリと跳ねた。
「儂は別に、そのような…」
勘所はこの辺りだと思うのだがな――どれ、これでどう出るかな?
「ああ、まさか――以前から何度誘っても袖にされてきたからですか?」
わざとらしく大きな声を出してみる。
ビクッと身体を震わせるゲラルド。
表情も強張っているように見える。
ほぉ…ここか。
「それを理由に、社会的な優位を盾に商会を脅し、あまつさえ、嫌がる女性を無理やり屋敷へ連れ込もうとしたとか?」
俺様は、にっこりと笑った。
「まさか、大国の商人を束ねるギルド長ともあろうお方が、そのような非紳士的な行いをするはずがありませんよね?」
右手を差し出し、笑顔で追及する。
「も、もちろん!その様な私的なものでは決してないわい!公式の調査である!」
「えぇ…そうでしょう、そうでしょう…では」
公式ね――その言葉を待っていたぞ。
「ギルド規約に基づく正式な調査であれば、評議会の決議書か、商業監察官の署名が入った調査命令書をお持ちですよね?」
「は?…命令書?決議書だと?」
間抜けた顔で固まるゲラルドを笑顔のままに「ハイ」と答えてやる。
「ギルド長ともあるお方が、何の根拠もなしに、このような強行策に出られるはずはございませんものね?」
「あ、当たり前であろぉ?此度の調査はギルド長たる儂が直々に執り行っておるからして…」
「で!あれば…」
思わず笑みがこぼれそうになるのを、なんとか堪えた。
「領主様か国主様公認の調査許可状のような物の発布があると思いますが?…拝見しても、よろしいですか?」
「そ、そんなこと…」
あからさまに狼狽するゲラルド。
攻め所は今だな。
「ありませんか?」
「公式の調査なのに?」
「聡明なギルド長が?」
「まさか、口約束で一事業を営業停止に追い込むと?」
「しかも、ギルドに多大な貢献をしているエンマーシュ商会を?」
矢継ぎ早に攻め立てる俺様に、反論できずにいるゲラルド。
舌戦とは勢いが大事だ。
相手に思考のタイミングを与えないのも重要だ。
「―――こ、小僧。儂が出鱈目に、言いがかりをつけていると言いたいのか…」
だが、さすがは百戦錬磨の商人、態勢を立て直し、反論しようと試みる。
で、あるなら――
「困りましたねぇ…フロウさん。国主様や領主様に御目通りできる方は、お知り合いにいらっしゃいますか?」
『!!?』
フロウとゲラルド、二人の表情に衝撃が走る。
その意味はまるで違うと思うがな。
「……ええ。メラド侯爵家にホーンヘッズ伯爵家、他にも有力なお歴々にお話しできると思うけど、どうしてかしら?」
おそらく俺様の質問の意図を読んで、少しとぼけた感じで返答するフロウ。
役者な女だよ。
「いえね。ギルド長殿が嘘を仰るとは思えません。ただ公式の調査とのことでしたので、国の中枢におられる方からの依頼ではと思いまして…」
「あらぁ、それは大事じゃない」
「ですので、領主様か国主様に事の真偽を伺うのが筋だと思いますので、どうかお口添えをと思いまして……」
「――ならん!それはならんぞぉ!」
三文芝居をしている所にゲラルドが、大声で口を挟む。
「どうされました?ゲラルド商人ギルド長殿?」
「そ、そんなことで国主様らにご負担をかけるなど…」
負担とな?
自らの悪事が明白になるの間違いだろう。
「何がならんのでしょうか?事を明らかにするには最善かと思いますが?」
「そ、それはだなぁ……」
続く言葉を練り出せないゲラルド。
さて、そろそろかな…
「フロウさんは何も協力しないとは仰っていないんです」
「ただ、組織を預かる身として、こうした調査に至る正式な令状を示してもらえれば、幾らか強引でも説明がつくということです」
「……もしかして、お忘れでしたか?」
「!!?そう!そうなのじゃ」
俺様の助け舟に乗ったゲラルドの表情が、パァッと明るくなった。
腹をポンと叩き、笑顔をこぼすゲラルド。
「いやぁ、年は取りたくないのぉ〜」
「うっかり!そう、うっかり屋敷に令状を忘れてしもうたのじゃ」
そうだよな。
そういうしかないよな。
「なるほど。忘れてしまっては仕方ありませんね」
「そうじゃろう、そうじゃろう」
場に乾いた笑い声がこだまする。
すかさず、さらなる要求を差し込んでやろうか。
「では日を改めて、決議書をお持ちになっていただけますか?」
「そうだのぉ…って!わざわざ見せる必要あるまい。儂が正式な調査だと言うておるのだぞ?」
押し切れなかったか。
やはり本質は商人。
事の核心は外さんか。
「ですが、現物を確認しなければ」
「儂の言うことが信用ならんと、言うか小僧!」
「そうですか……書面を提示することはできない、と」
往生際の悪い男だ、全く。
チラリとフロウに視線を送る。
意図を察したであろうこの女主人が、一瞬嬉しそうな表情を浮かべたのは見逃してはいない。
「メギド、マリー、ユーテス。お得意様方にお願いの文書を」
後方に控える護衛たちに対し、静かな口調で下知を下す。
「は。内容は如何様に?」
三人は跪き、メギドがさらに指示を仰ぐ。
指先を顎につけ、少しばかり虚空を見上げ、思案するフロウ。
「そぉねぇ……『私の箱庭にギルドが夜分に押しかけて、公式な調査として令状もなく子どもたちを寄越せと言って来ますが、ご存知ありませんか?』と」
悪戯っぽく妖艶な笑みを浮かべてさらなる下知を飛ばすフロウ。
「あと、この一文は朱書きでお願いね『領主様におかれましては、くれぐれもよしなに』ってね❤︎」
楽しげで何よりだよ。
『承りました』
「待て!待て待て!」
即答する三人に思わず口を挟むゲラルド。
だが、咄嗟のことだったのだろう、続く言葉が出てこない。
「いかが致しましたか、ギルド長」
沈黙するゲラルドにフロウが優しく声をかける。
…目は笑っていないがな。
「……あぁ!!しまったわぃ」
声を上げるゲラルド。
頭を抱えて、身を捩ってみせる。
「儂としたことが、今夜は大事なお客様をお迎えすることを、すぅっかり忘れておったわ!あは、はははは!」
それはそれは…いささか苦しくないか…
「それは大変ですね!急いで帰りませんと」
苦し紛れの言い訳に、ニッコリと微笑んで返すフロウ。
一気に形勢逆転したな。
あれほど分かりやすく狼狽されると罠を疑うぞ。
「そ、そういうことで…」
踵を返して部屋を出ようとするゲラルドに俺様が回り込む。
大事な話が残っているぞ?
「では、フロウさんが同行しなくても構わない、ということでよろしいですか?」
言質は取らんとな、こういった商人上がりの男には特に。
「ぐぬっっ………構わん!日を改めさせてもらう!」
キッと俺様を睨みつける。
おいおい。怖いじゃないか、こんないたいけな少年をそんな目で威嚇するもんじゃないぞ?
「――小僧。名は、なんだったかのぉ…」
おや?俺様に興味があると?
見どころがあるじゃないか、いいだろう―――
「はい、バルザックと申します」
「……バルザック…覚えておこう」
「行くぞ」と取り巻きの覆面と共に部屋を出るゲラルド。
なんとか凌げたな。
口八丁の舌戦はこれっきりにしたいものだ。
「やったー!」
一息つく俺様の視界が黄色と桃色に染まる。
まだ一波乱あるということか。




