かくして其は奴隷となりけり 2
「こんばんわ。ゲラルド商人ギルド長」
微笑むフロウ。
だが、いつもの余裕がないな。
「アポも取らずに突然お越しになられてわ、お茶の準備もできてませんことよ」
「それに、ウチは年端もいかない子どもが多いことはご存知でしょう?」
「それに。そんな無粋な殿方がおりますと、皆が怖がってしまいます」
ヒラヒラと手を振って、俺様の前に立つ。
目線を切ったか。
「定例会もまだ先だと記憶しておりますし、まだ業務も残っております」
「何か御用でしたら、日を設けますので、本日はご容赦を」
表情のすべてを読み取ることはできない。
だが、その目つきとまとう雰囲気には、はっきりと拒絶の色が浮かんでいた。
言葉選びは丁寧だが、要約すると、
「人のテリトリーにアポもなしに来るな」
「不気味な供を連れて、子どもたちを威嚇するな」
「とりあえず、サッサと帰れ」
だな。
小太りの男、ゲラルドは下卑た笑みを浮かべながらフロウに歩み寄る。
「フロウ殿、そう邪険にせんでほしいのぉ」
「今日は忠告と提案にきたのだからのぅ」
ゲラルドはギヒヒと下衆な笑い声を上げた。
どこかで、こんな生き物見たな――
なんだったか?
「忠告?」
フロウの眉間に皺ができる。
その表情の変化に、ゲラルドが左様と答える。
「フロウ殿。エンマーシュ商会に対するギルド所属の他商会をはじめ、顧客からの苦情が絶えないのだのぉ」
ねっとりとした言葉遣いで、嫌に耳に残る。
ゲラルドは控えている覆面の一人が差し出した書簡を受け取り、中を開く。
「え〜と。無理やりに販路を潰された、商品を横取りされた、興行を取り仕切っていたら憲兵が雪崩れ込み催しを台無しにされたなどなど…」
「商魂逞しいのは結構であるが、ある程度の節度を保ってもらわねばのぉ」
ギヒヒと笑うゲラルド。
だが、フロウは呆れた様子であった。
「苦情?ギルドを通さず、犯罪奴隷を他国に売ろうとしたのを買い手ごと潰したことですか?」
「それとも、ギルドで売買が禁止されている10歳以下の子どもを販路に載せた不届き者から、子どもを保護した件でしょうか?」
「はたまた、泡沫貴族が資金調達のため、闇オークションを開催する噂を耳にしたので、まとめて騎士団と憲兵隊に相談したら、色々と厄介な連中が逮捕された件ですかね?」
伝え方と捉え方は正確にしなければならないな。
どっちが悪者とかは気にせんが、少なくともフロウの方が共感できる。
「……ユーテスさん」
いまいち状況が読みきれないため、側近に聞こうと思った。
なんで、ユーテスだって?
だって、メギドは目が血走ってカンカンだし、マリーが説明できるとは思えない。
一番冷静そうな奴に聞くのが一番だろう。
「どうしたの?今ちょっと忙しいの…どうやったらバレないように人を消せるか考えてて」
ダメだ。
コイツもヤバかった。
「とりあえずそれは止めてください。あの派手でいやらしいオッサンは誰ですか?」
まだ、話ができそうだったので質問を続けると、俺様に視線を送る。
「あれ?あれは、この東の大国の商人ギルドのギルド長よ」
そんな偉い人なら、あれ呼ばわりはやめた方がいいのでは?
「キミが言った通り、ギルド長の立場を利用していやらしいことをしまくってるオッサンよ」
そこまでは言ってないんだが……
「法律で売買を禁じられているのは十歳以下。でも、フロウ様は成人となる十五歳までは絶対に手放さないの」
「そのうえで、買い手とは性奴隷にしないという契約を必ず交わしているの」
「だから、そうした客からは『もっと早く寄越せ』とせがまれているのよね」
「ギルドからも、ウチが子どもを専売にしているから、フロウ様に販路に載せろと色々と圧力をかけているの」
「でも、それをフロウ様は全部突っぱねているの」
「フロウ様はそうした輩たちからしたら、目の上のコブでしょうね」
どの時代にも、理解し難い趣味嗜好はあるものだな。
この男としては、ギルドの性質上客の要望に応えねばならぬということか。
フロウの矜持には合わないのだろう。
そして、その意地を通せるだけの地力と後ろ盾があるということか。
「で、アイツはあちら側ということですか?」
ユーテスは無言で頷いた。
「聡明なギルド長にあられましては、そのような奸計に踊らされず、粛々とギルド運営に精を出していただきたく存じます」
ゴミか虫を見るような目でゲラルドに帰れと促すフロウ。
美人の圧力は凄まじいものがある。
だが、そうした拒絶を向けられた側はというと、
「これは手痛いのぉ〜」
帽子と太鼓腹をポンと叩いて、少し困った様子を見せるゲラルド。
だが、言葉とは裏腹に、全く焦った様子はない。
むしろ―――
「儂とて、フロウ殿のギルドに対する日々の貢献もあるし、違法なことをしているとは思っておらぬよ――ただぁ?」
「ギルドとしては、苦情が寄せられれば、調査せねばならん立場であるからして―――」
「調査が終わるまで、エンマーシュ商会の業務は一切停止とせねばならん。規則であるからのぉ」
ゲラルドは申し訳なさそうに眉を下げた。
そのくせ、細められた目だけは愉悦に濡れている。
四人の顔が引き攣る。
なるほどな、意地が悪いが効果的だ。
「それは…些か横槍が過ぎると思いますが―――」
絞り出した声音は少し弱々しく、震えていた。
「ただぁ!儂とて鬼ではないのでなぁ?」
女当主の狼狽を見て、目を細めるゲラルドが殊更に大声で言った。
何を仕掛けてくるのか、身構えるフロウたち。
「代替案としてだのぉ、其方の『商品』をいくつか見繕ってもらえればぁ〜すぐに調査も終わるんだがのぉぉ〜?」
フロウの顔から血の気が引いていた。
メギドらも同じ表情だ。
なるほどな。
それが、『提案』か――
「色艶よし、器量よしの健康体。観賞用、人足用と事欠かない其方の『商品』大変人気であるからのぉ」
「最高の証拠となるは明白よぉ」
ゲラゲラと笑うゲラルド。
聞くに堪えない。
「私が…」
「その『提案』を承服するとでも?」
絞り出したその声音は、いつもの余裕に満ちたものではなかった。
それに気づいたゲラルドは口の端を目一杯に引いて笑顔を見せる。
「フロウ殿は聡明で慈悲深い方、と儂は思っているがな」
「フロウ殿。いかがしますかなぁ?」
嫌な笑顔だ。
実際のところ、条件を飲むより他にないだろう。
ここで護衛の3人をけしかけたとて、相手は腐ってもギルドの長。
いかに嫌な奴だとしても、今のところ要求に明確な違法性はない。
『商品』の要求も、あくまで提案。
強制ではなく、折衷案として述べているだけ。
これを承諾しないと商売そのものが頓挫する、
―――詰みだな。残念だが。
「…………」
顔を伏せ、肩を震わせるフロウ。
その様子をニヤニヤといやらしい笑顔で見つめているゲラルド。
「儂としては、早急に事を終わらせる方が良いと思うがのぉ。『商品』もよい方からお声がかかっているでのぉ」
下衆という言葉が似合う。
なぜ、コイツがギルドの長にまでなれたのか、調べたいものだ。
「―――下衆が」
ポツリと溢すフロウ。
次に一瞬目を閉じ、ゲラルドを真っ直ぐ見る。
「―――ギルド長。お心遣い感謝いたしますわ。ただ…」
ニッコリと、いつもの笑顔がそこにはあった。
「今、当方に控えておりますは、未だ未熟な者ばかり。ギルド長の御前にお出しするには、当方の沽券に関わることです」
「では?業務の停止を受け入れると?」
「そうは申しておりません。我が商会が潔白である証明なら…」
言葉を止めて、一瞬息を飲むフロウ。
そして―――
「私自ら、ギルド長のお屋敷でご説明させていただきますわ❤︎」
変わらない笑顔でそう言い放った。
女王の覚悟、か。
なるほど。
ならば最後まで見届けてやろう。
――この下衆が、その覚悟に値する男かどうかも含めてな。




